2話 天国?異世界?
目が覚めるとそこは……とても柔らかな感触だった。
何を言っているのか解らないと思うが、俺にも解らない。
ならば考えるのは野暮というもの。今、この時、この瞬間を大切にしようと思う。
産まれた当初は何がなんだか解らず、体が思うように動かない、声を出そうとしても奇声を上げる、頭もうまく回らないといった感じで大変だった。首が座ってないという意味ではなく。
特に最悪なのは、下半身周りの気持ち悪い感触に耐える日々だった。
いや、なんというか……大人の倫理観としてな? 下の世話くらい、しっかりとして欲しいもんだ。三分間も待てないぞ。
それでも必死にこの状況を理解し、栄えある異世界生活のスタートダッシュを切るべく考える。
まずは転生前のことを思い出すところから始める。が、どうも記憶があやふやだ。
転生前の世界では魔法なんてなかったはずなんだが、確信が持てない。
それくらい記憶が混濁していた。
何はともあれ現代知識無双をするためにも、幼児期健忘に打ち勝たなければならない。
思い出せる知識は全て思い出し、頭の中で何度も復唱する。
それと並行して言語学習。
結果的に、言語学習は思ったよりも苦戦しなかった。文法が日本語に似ているから、だろうか。
幼児期健忘に対して勝利を確信した頃、俺は動き出す。まずは情報収集だ。この世界のことを知らなければならない。
なので、この世界の両親に色々と疑問を投げかける。
「なんでおとうさんは、あんなにあしがはやいの?」
「なんでおかあさんは、まほうがつかえるの?」
標準的な三歳児の誕生である。
色んな事に興味を持ち、なんでなんでと親を困らせるあれだ。我ながら巧く擬態できていると自画自賛したい。
そんな息子と真摯に向き合い、懇切丁寧に説明する父キースと、母アメリー。この優しい二人の息子で良かったと、心の底からそう思った。
二人は元冒険者だったため、ファンタジー世界的なことを知りたかった俺にはとても参考になった。
どういう系統の魔法があるのか。どんなモンスターがこの世界には居るのか。時には訊いてもいない冒険者はつらいよ的なものを、子守唄代わりに聞かされた。
正直、呪詛かと思った。三歳児に言い聞かせる内容かこれ? 普通なら夜泣きしてるぞ。
とまあ母との出会いから、冒険者生活での紆余曲折を経て俺を身籠りキースの産まれ故郷へと帰ってきた……という、冒険譚という名の惚気話まで聞かされた。
親の生々しい話を子供に聞かせるのはNGって教わらなかったのか? キースよ……。
ちなみにこの惚気話が完結する頃には、俺は四歳になっていた。
そして知識を蓄えることに躍起になっていた俺は、水面下で進行する"ある事件"に気付くことができないでいた。