1話 始まりの転生魔法
「完成したぞ!」
静寂に包まれた森の中。平屋建ての門をくぐり、息を切らした男の声が響く。
中には見目麗しい女性が一人、優雅にお茶を楽しんでいた。
男は続ける。
「この転生魔法には大きな欠点がある。本人の魂の器と成り得る個体がこの地に産み落とされない限り、転生することができない。つまり、二人同時に転生したとしても、産まれる年代にズレが生じる可能性が高い。……一緒に来てくれるか? アンジェ」
アンジェと呼ばれた女性。名を、アンジェリカ・フィル・マルティネスという。
優美な所作で紅茶に口を付け、そしてゆっくりと口を開く。
「矢継ぎ早ですね、エリク。あなたらしくない。十年かかると私に告げたあの日から三年。逸る気持ちも理解できますが、そう焦る必要もないのでは?」
アンジェリカにそう言われ、バツの悪そうな顔をした男。
優秀な魔法使いではあるのだが、間抜けな一面も持ち合わせているのがこのエリクトルなのである。
「実はな。その転生魔法……もう発動しててな」
「――何ぃ!? それを先に言わんか!」
貴族令嬢と見紛うほどの、気品に満ちた立ち居振る舞いもどこへやら。
そう、彼女もまたポンコツなのである。
「発動までの猶予は一分あるかどうか。直ぐに来てくれ!」
「分かった。洞窟だな?」
コクリと頷くエリクトルを抱え、外へと飛び出すアンジェリカ。
彼女は二十歳そこそこで帝国騎士団副長へと上り詰めた実力者。剣の腕もさることながら、身体強化もお手の物。
ものの数秒で洞窟へと辿り着く。
「私は何をすればいい?」
魔法陣の手前でエリクトルを降ろし、問い掛ける。
「陣の中に入って魔力を注いでくれ。後はこちらで処理する」
魔法陣の中央には拳大ほどの魔力石が鎮座しており、エリクトルがそれに触れる。
「こんな形になってすまない。私の予想では恐らく十年……。いや、もしかすると、それ以上に生まれ落ちる時が異なるかもしれない。それでも待っていて欲しい。必ず迎えに行く」
「足の遅いエリクよりも、私が迎えに行った方が早いのではないか?」
憎まれ口を叩くアンジェリカだが、その頬は少し赤い。彼女なりの精一杯の照れ隠しであった。
「……こんな時くらい格好を付けさせてくれ」
呆れたように顔を背け、溜息交じりに俯くエリクトル。
しかし彼もまた、歯の浮くような台詞を言ってしまった事から気恥ずかしくなったため、好都合ではあったのだが……。
それでも今生の別れになるかも知れないこの状況下では、四の五の言っていられないのもまた事実。
意を決したエリクトルは、彼女の手を引き抱き寄せる。
「愛している、アンジェリカ――」
返答を待たずして唇を重ねる。心臓の鼓動さえも遠ざかっていくような静寂。
そして眩い光に包まれ、二人の意識は途絶える。