ローラ・リドルというメイド 1
「……は?」
聞き間違えたかと思って、シリルは瞬きをして目の前のローラを見た。
晴れやかな笑みを浮かべた彼女はトンと握りこぶしを胸に当て、もう一度同じ言葉を繰り返す。
「私も一緒に、侯爵様の呪いを解く方法を探させてください」
「なにを――」
「っ、ははっ! そうきたか!」
言われたシリルより、フレディのほうが我に返るのが早かった。パンと音を鳴らして膝を打つ。
「少しでも侯爵様のお役に立ってからでないと、出て行けません」
ローラは自分がなにを言っているかは理解しているようだ。
だが、それがどれほど荒唐無稽なことかは分かっていないのだろう。
「俺たちが解呪の方法を探さなかったと思うのか?」
「いいえ。それこそ、血眼になって探したと思います」
「ああ、そうだ。探したが、方法は見つからなかった」
「その時は、ですよね。分かりませんよー、落とし物だって見る目が変わるとひょっこり見つかったりするじゃないですか。実際、伯母が失くしたブローチは、部屋ではなく庭で、しかもカラスが見つけてくれましたし」
「呪いと落とし物を一緒にされてもな」
シリルは頭を抱えた。小手先の工夫で解呪法が見つかるなら、十年以上も呪われたままでいないし、誰も死ななくて済んだはずだ。
だが、フレディまでローラの肩を持つ。
「いや、シリル。もしかしたら僕たちが見落としていることで、ローラが気づけることがあるかもしれないぞ」
「なにがあるって言うんだ。王宮魔術師長にだって匙を投げられたのに」
「王宮魔術師長?」
「うん……ああ、僕たちのほかに呪いのことを知っている人がもう一人いたね。呪いの解呪に協力してもらえるよう、極秘で頼んだんだ」
外部の誰かに協力を要請した後だったということは、予想していなかったようだ。
詳しく聞きたそうにしたローラに、オルグレン卿を呼んだ顛末をフレディが話し始める。
王宮魔術師長であるエドガー・オルグレン魔術伯は、過去に類を見ないほど圧倒的な魔力を持つ人物である。
魔術に関する知識量も国内どころか近隣諸国随一であり、彼からならば呪いについて助言を得られると思ったのだ。
「へえ……! そんなすごい方がいらっしゃるんですね」
「あれ、知らない? 結構有名な人だと思うけど」
「リドル家は王宮とは縁遠かったので……それに伯母が魔術を嫌っていて、話題にするのもタブーだったというか」
「あー、偏見は根深いからねえ。ローラは平気なの?」
「魔術師の方ですか? 会ったことないですが、嫌う理由はないですよ」
魔術師と魔女を同一視して、嫌悪感を持つ者は珍しくない。ローラの伯母の感覚は一般的でさえあり、むしろ、きょとんと首を傾げているローラのほうが少数派だろう。
(こいつは、直接加害されなければ、誰に対しても「平気」とか言いそうだな)
博愛主義などではない。単に、警戒心が薄いのだろう。
義両親から満足な庇護を受けてこなかった反動なのか、元々の性格なのかは分からないが、思い返せば最初からおかしな娘だった。
いくら誘拐現場に居合わせたからといって、人攫いに向かってレモンを投げつけるメイドなどありえない。
(だからこそ、このダンフォード侯爵家でも働こうなどと思ったんだろうが)
聞こえないよう静かにため息を吐くシリルの前で、ローラはフレディの説明をふんふんと聞いている。
王宮魔術師は、魔術関連――魔力や魔道具に関するエキスパートであり、それらに関連する問題の解決者でもある。
犯罪に関係しない限り、個人から相談で得た情報を第三者に漏らさないという誓約もしている。
さらに魔術師は、悪しき風評の元である魔女を憎んでいる者が多く、中でもエドガーはその傾向が一段と強い。
魔女に対して嫌悪以上の感情を持っている、いわゆる同志の彼になら、ダンフォードの呪いを打ち明けても比較的安全だと判断したのだ。
しかし、懸念もあった。
エドガーの抜きん出た魔術の能力は、攻撃性が高い。彼と争い、再起不能になった魔術師も一人や二人ではない。史上最年少で魔術師長の座に就くまでにも、かなり強引な手を使ったと噂されている。
それゆえ、魔女と並び称され忌避されがちな魔術師の中にあって、同じ魔術師からも恐れられている。
つまり、警戒すべき人物であることは間違いない。
シリルの人嫌いはフリだが、エドガーは芝居ではなく生粋の人嫌いである。
いくら金銭を積んでも滅多に個人の招聘を受けない。派閥に属さず、王族にもおもねらないため、いくら王太子と接点があるシリルでも繋ぎを取るのに苦労した。
シリルの変身を利用してエドガーの情報を探っても、たいしたものは出てこない。私生活も不明で、何を対価に申し出るかはかなり頭を悩ませた。
結局、ダンフォード侯爵家秘蔵の魔術関連書籍を譲渡するという名目でなんとか呼び出すことに成功した。
それでも代理人が寄越される可能性もあり、本人が来てくれるかどうかは賭けだった。
本人が来訪し、短時間ながら話もできた。
そういう意味での賭けには勝ったが、解呪の方法は見つからなかった。
「ようやく面会できたのは、それこそローラがここに馬車代を借りに来た日だったかな」
「へえ、そうだったんですか! それで、魔術師長様はなんと?」
「呪った魔女を連れて来て本人に解かせろ、だってさ」
それができたら苦労はない。
エドガーは聞いていた通りの気難しそうな人物で、挨拶もそこそこに核心に迫られた。
呪いと聞いても顔色も変えず同情もされないのは助かったが、回答も端的すぎて、血の通った人間ではなく良くできた人形と会話をしているような気分にさせられた。
落胆に終わった会談の後、フレディはそれでもなにか方法があるはずと言い張っていたが、いまだにその糸口さえ摑めていない。
――フレディから、エドガーに相談するよう進言されたとき。
どうせ無理だろうと思いつつ、傑出した実力者である彼に僅かでも望みを期待しなかったと言ったら嘘になる。
(それがどうだ。結局、駄目だったじゃないか)
期待するから失望する。始めから分かりきっていたことだったのに。
シリルほど諦めてはいないが、ただ信じるだけではいられないことはフレディも理解しているはず。
苦々しい思いを抱えるシリルの耳に、ローラの声が響く。
「魔女を連れてきて……そうですか。偉い方がそうおっしゃるなら、名前では解けないタイプの呪いなんでしょうか。あっ、それとも名前の手がかりが全然ないとか?」
「名前?」
「魔女の名前ですけど?」
お読みいただきありがとうございます!
更新お休みしまして申し訳ありません……何話かご用意できましたので、連載を短期で再開します。水曜と土曜の21時に更新予定です。よろしくお願いします。
(火曜と金曜は『入れ替わりの花嫁はお家に帰りたい』を更新しています。侯爵令嬢と入れ替わっちゃった見習いシスターのお話です)
本日配信のコミックライドアイビーvol.14には、夏チヨ子先生の『呪われ侯爵様の訳ありメイド』コミカライズ第2話が掲載されています。下記リンクからぜひ!