呪いの実態 5
どんなに嘆こうが喚こうが、呪われた事実は覆らない。ならば、せめてなにかの役に立てねば、気持ちの持って行き場がなかった。
そこでシリルが思いついたのが、変身した姿を利用しての調査活動である。
ダンフォード侯爵は社交に参加しない。だが、他家や市場の動向に疎くては、貴族としての役目も果たせないばかりか、領地経営にも悪影響が出る。
特に、若くして侯爵家を継いだシリルには後見となる身内もおらず、安心して相談できる年長の相手も持てなかった。
隙を見せれば、一瞬で足を掬われるのが貴族の世界だ。
侯爵家が呪い以外の理由で没落したり、立ち行かなくなるのは御免なのだと、シリルは無表情で言う。
(それはそうだよね……領民もいるし、侯爵の責任は重いもの)
ダンフォード侯爵家の領地はリドル男爵領とは違い、多くの人が住んでいる。彼らの生活を守るのも、領主としての大事な仕事だ。
呪いを受けてからは、領地の管理は信頼できる家臣――王都のこちらでの執事職を引退したフレディの祖父――を在住させて、任せているという。
祖父と父を相次いで亡くした若き当主が、足場固めのために王都に居続けることは珍しくない。
領民たちは戻ってこないシリルに対して寂しく思いつつも、まさか呪いが原因だとは夢にも思っていない。
出られなくなった社交を補うために始めた調査活動だったが、動物や別人の姿での情報収集は予想以上にうまくいった。
次第にシリルは「表には出てこないが、なんでも知っている油断ならない人物」として高位貴族たちから一目置かれるようになり、さらに内偵の能力を買われて、今では王太子から極秘で任務を請け負うまでになっている。
そうして人嫌いの当主ながら、今日まで侯爵家を維持しているのだ。
はあ、と感心とも溜め息ともつかない声が出る。
「すごいですね……!」
「まあ、家としては助かったが、おかげで後ろ暗いところばかり見る羽目になって、色々辟易している」
「シリルにご執心の清楚系ご令嬢が、実はとんでもない性格してたりとかねえ。いや、あれは僕も引いたわ」
「……聞かないでおきます」
領地経営や王宮政治に必要な情報を得るには、見たくもない裏話をさんざん見なければならなかったりもするのだろう。
思い出してどんよりとした表情を浮かべる二人に、ローラは何もいえず同情した。
それにしても、もし呪われたのがリドル家だったら、伯父や伯母はシリルみたいにできただろうか。
(無理だろうな……きっと呪われたことだって、私のせいにするだろうし)
ならば、もし自分が呪われた当事者だったとして、シリルと同じようになにかできることを探せるかと聞かれたら返事に困る。そうありたいとは思うが、実際には難しいだろう。
シリルの祖父がどんな状況で魔女に遭遇して、どういういきさつで呪われたのかは分からない。
けれど、シリルに原因があったはずがない。それでも、受けてしまった呪いにただ悲観するのではなく、少しでもやり返そうとする気概は、なかなか持てるものではない。
「侯爵様は立派だと思います」
そんな言い方しかできない自分の頼りない語彙が情けない。
シリルはつまらなそうに返すが、フレディは満足そうに頷いてくれた。
「当然だけど、侯爵家を調べようと侵入してくる奴らもいるんだ。犬になったシリルが夜中の庭で見つけて捕まえたことも一度や二度じゃないし」
「なるほど」
朗らかに笑うフレディに引きつった笑顔で答えるが、それで裏庭に罠がある理由が分かった。上級貴族の殺伐とした一面を見た気がする。
末端貴族であり、小細工は得意だが自らが動いて乗り込む胆力はない伯父のリドル家では縁遠かったあれこれだ。
だが、こうして呪いを活用できるようになったのは、シリルに呪いが移ってからだそう。
シリルの父は動物に変身すると人としての意識がまったく消えてしまい、動物そのものになってしまったのだという。
変身していた間に自分がしていたことも覚えていない。
「父は獅子になることが多かった。だから夜には窓のない部屋にいくつも鍵を掛けて閉じこもって、頑丈な鉄製の柱に自分を鎖で繋いでいた」
「え……」
「猛獣になって暴れたら物を壊すだけでなく、人間に襲いかかるから」
鳥に変身して窓を割ってどこか遠くへ飛んで行き、帰れなくなることも考えられた。それを防ぐには自分自身を監禁するしかなかったという。
暴れる鎖の音と獣の咆哮が一晩中響いていたこともあったという。理不尽な呪いに、ローラの表情が曇る。
祖父が呪いをかけられるまでは、仲のよい家族だったそうだ。
不運にも魔女と出会ってしまったことで、祖父と母、そして父親も早くに亡くなった。
「変身中に意識が残っている分、俺は父よりはマシだが、不条理で気まぐれな魔女の呪いだ。この先どうなるかは分からない」
「そうなのですね……」
「だから、出ていきたいのであれば構わない」
「えっ?」
「おい、シリル?」
聞き間違えたかと思ってシリルを見るが、感情の読めない紫の瞳はただまっすぐにローラを映しているだけだ。
焦ったようなフレディの声も、ローラの耳を滑っていく。
「紹介状でも、偽の身分証明書でも用意してやるから、早くここから出ていけ」
「シリル、待てよ」
「実家やホイストン卿から逃れても、呪いなんかに捕まったら意味がないだろう」
(侯爵様、その言い方は――)
まるで、ローラを「危険にさらしたくない」と言っているように聞こえる。
そんなわけはなく、単に呪いの事実を知ってしまった以上、もうここには置けないという意味だと分かってはいるが。
ローラを産んで母は亡くなり、父は名前も生死も分からない。
誰にも生を望まれなかったローラの前にいるシリルは、呪いで家族の枠組みは壊されてしまったが、侯爵家の嫡子として両親と祖父に愛されたに違いない。
正反対の環境なのに、なぜかシリルの心に触れられるほど近く思えた。
「呪いは解けないが、引き継がせないことはできる」
「おい、シリル」
「俺の代で終わりにすればいいだけだ。なんならいくらでも早めていい」
「お前、言っていいことと悪いことがあるぞ!」
あっさり言い切るシリルにフレディが憤るが、まったく意に介していない。
その、生きることを諦めているようなシリルの言い方が、どうしようもなく胸にわだかまる。
(行きずりの私のことは、気に掛けてくれるのに)
自然と頬に手を当てる。
小さいシリルは、伯母に叩かれたローラの頬を見て心配してくれた。自分だって攫われて怖い思いをしたところだったのに。
雷を怖がるローラに呆れて、それでも一緒にいてくれた。
本当は「人嫌いの侯爵」なんて嫌に違いない。祖父を、母を、父を失ってどれだけ悲しかっただろう。
(でも……)
前言を撤回しそうにないシリルに、フレディもこめかみを押さえて渋い顔をしている。自分がここに残りたいということは、シリルにとって負担なのだということも分かる。
睨み合う二人を眺めて、ローラはシリルに向かって声を掛けた。
「……では。出て行く前に、侯爵様にご相談があるのですが」
「言ってみろ」
スッと椅子から立ち上がり、一度深く頭を下げる。
シリルの望みなら、出て行けというなら出ていく。でもその前に、ローラにはやることがある。
「侯爵様の呪いを解く方法を探させてください」
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