呪いの実態 4
今現在、呪いのことを知っているのは、シリルとフレディ、それに前の執事であるフレディの祖父だけだという。
使用人の数を減らし、これ以上は減らせないとなったところにローラが加わったのだ。
広い領地を持ち、大勢の領民を抱え、王宮でも重要な職に就いているダンフォード侯爵家が「呪われている」などと知られたら、一体どれだけの影響があるだろう。
軽々しく扱えない秘密だということは、政治に疎いローラにさえ分かる。魔女の呪いを知られることに比べたら、人嫌いの悪評のほうがはるかにマシなのだ。
(私がリドル家で受けていた仕打ちなんかより、よっぽどつらかっただろうな……)
比べるものではないし、不幸自慢をするつもりもない。
けれどローラには下町とそこに住む人という、逃げ込む場所と味方がいた。だがシリルの場合は、警戒して憎むべき敵は自分の中にある「呪い」なのだ。どこまでいっても逃げられない。
それはどれだけの苦痛だろうと思う。
少し黙り込んだローラに、フレディから視線で促されたシリルが口を開く。
「……魔女に呪われたのは、俺の祖父だ。その日のうちに、祖父と、俺の母は呪いのために命を落とした」
それで終わりではなかった。
シリルの祖父が掛けられた呪いは、親から子へ、そして孫へと代々続くものだったのだ。
「亡くなった時のことは、ちょっと込み入っているから今は詳しく言えないけど」
「大丈夫です、そこまで図々しくありません」
言葉少なに話すシリルをフレディが補足する。フレディのマーカム家は代々ダンフォード侯爵家に仕えており、シリルの祖父が呪いによって命を落としたその場にも居合わせたという。
「祖父から呪いを引き継いだ父も五年前に亡くなった。それ以来、俺に呪いがかかっている」
「……呪いの内容は、夜になると姿が変わるというものですよね」
「ああ。人間も動物もお構いなしだ」
人間だった場合も、子供だったり逆に老人だったり、年齢も性別も人種も関係ない。たださすがに、魚や昆虫などに変わったことはないそうだ。
「変身は基本ランダムなんだけど、それなりに傾向があるみたいでさ。ここ一、二年は昨夜みたいな子ども姿と、ローラも見た犬が多いな」
「へえ……」
「ほかは、鹿とか鷹とか。あとなんだっけ」
「いちいち覚えているなよ」
思い出しつつ指を折るフレディと、分かりやすく嫌そうな顔をするシリルをまじまじと見つめてしまう。
(鹿とか鷹とか……って、もしかして夜になると裏庭に感じた動物の気配は、変身した侯爵様だったのかも?)
と、そこまで思って、ローラはハッとする。
最初にあった夜と、昨夜。自分は「坊ちゃま」に、なにを言って、なにをした?
――抱き上げて、頬にキス、を――
(~~~? ま、待って待って! えっ、わ、私……!)
さあぁ、と血の気が下がり、そして逆流する。頬だけでなく頭のてっぺんまでが熱を持つ。
キスは、怖い目に遭ったときのおまじないだ。それだけで本当に他意はなかった。けれど相手が成人男性だったら?
絶対にしていない。できるわけがない。
焦る気持ちを隠してシリルに探りを入れる。
「あ、あの、変身しているときって、意識とかは普段の侯爵様のままなんですか? 昨夜のお坊ちゃまとは普通に会話ができましたけど……」
「ある程度だな。自我は残っているが、変化した姿のほうに引っ張られて、昼間の自分そのものとは言えない場合が多い」
「な、なるほど。変身している間は侯爵様であって、侯爵様ではないんですね。では、変身しているときに、その、話したこととか、されたことなんかは、覚えて……」
「……覚えている」
「いやあ!? た、たいへん失礼を!!」
かなり言いにくそうに返されてローラは文字通り椅子から飛び上がった。なんてことだ。
(うわー、ど、どうしよう! 子守唄も歌っちゃってるし!)
ふいと顔を背けたシリルだが、耳の先がほんのり染まっている。真っ赤になった顔を隠すように頭を下げ続けたローラには見えなかったが。
「事情を知らなかったのだし、お互い様だ」
「そ、そう言っていただけると……ううぅ、すみません……」
「まあまあ。まだ話は途中だから、ローラは座って」
全力で逃げ出したいが、どこにも行きようがない。頭を下げても両手で顔を隠しても、なにも隠せていない気がする。
フレディが揶揄いたそうな空気を全力でスルーしつつ、促されてどうにか椅子に戻った。
「シリルはねえ、老人になったときは目や足が悪かったり、犬のときは鼻が利いたりするんだよ」
「あー……だからフレディさんが料理するキッチンには近付かなかったんですね」
「ふふ、ローラ。なにか言った?」
「なんでもありません!」
(……そうすると「坊ちゃま」が私の言うことをきいてくれたのは、子どもの心が強かったからなんだな)
今、目の前にいる大人のシリルだったらローラのベッドで眠ってくれないだろうし、逆に眠られたらローラが困る。
盛大に湧く羞恥心を押し込めていると、フレディが話を続ける。
「ここ数年、シリルの変身はバリエーションがそれなりに落ち着いているから、悪いことばかりでもないんだ」
「そうなんですか?」
「犬も鳥も子どもも、まず警戒されないからね」
「警戒?」
フレディの言葉にシリルは面白くなさそうに頷いた。