呪いの実態 2
コミカライズ本日より連載開始です!
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昨日のうちに下ごしらえは済ませていたから、朝食の準備が調うのに時間はかからなかった。
大ぶりのプレートにそれぞれ目玉焼きとサラダ、手早く焼いたパンケーキを盛り合わせる。
「お二人は、ベーコンとソーセージのどっちがいいですか?」
「……ソーセージ」
「僕、両方ねー」
「わあ、リクエストがこの場で聞ける! 最高です! すぐ焼きますので!」
釈然としない様子で、それでも返事をしてくれるシリルに猛烈に感動すると、ますます黙りこくられてしまった。
素直に口に出しすぎたかと反省するが、嬉しくて頬が緩むのまでは抑えられない。
うきうき気分で食事の支度をするローラの後ろでは、シリルがこの場から逃げ出さないように目を配りながら、フレディがカトラリーを並べている。
そのフレディが、仏頂面で壁に寄りかかり腕を組むシリルに朗らかに声を掛ける。
「それで、シリル。結局ローラにはどこまで話したんだ?」
「なにも。お前が口を滑らせたことが全部だ」
「は?」
シリルの返事に、フレディは持っていたフォークを取り落とす。
「じゃあ、呪いで姿が変わっているってことを知らずに、ローラは『若様』とお前が同一人物って見抜いたわけ?」
「あ、さっき呪いって聞こえたの空耳じゃなかった……実際にあるんですね。私、呪いをかけられた方に初めてお会いしました。ところでトマトは生のままでよかったですか? 今から焼きます?」
「そのままでいいよ――っていうか、呪いのこと聞いてもローラが全然動じてないんだけど」
「すみません、正直、お仕事のフィードバックをもらえたことが嬉しすぎて、あんまり頭に入ってないかも」
出来上がった朝食を運びながら会話に加わると、二人揃って呆れられてしまった。
でも、だって仕方ないと思う。ローラはここで働き始めた最初の頃からずっと、シリルから食事の感想やリクエストをもらいたいと願っていたのだから。
当事者たちには申し訳ないが、ようやく叶った嬉しさに押されて呪いや魔女のことはどうしても二の次になってしまう。
「それはそうと。侯爵様もフレディさんも昨日まですっごく忙しそうでしたけど、もう済んだのですか?」
「あー、ちょっと面倒な虚偽申告を見つけてね。まあでも、そっちはどうにか一段落……って、そうじゃなくて」
「あ、用意できましたので、温かいうちに召し上がってください」
「……そうしようか。なんかローラに全部持ってかれてる気がする。ほら、シリルもこっちに来い」
「どうぞごゆっくり。では、私は向こうの調理台で――」
「なに言ってんの。食べながら説明するし、ローラからも説明してもらうんだから、ここに座る」
シリルが渋ったり、ローラが遠慮を思い出したりして少しごたついたものの、ようやく朝食が始まった。
こんな時だが、どれも美味しく作れていた。警戒しているらしく最初は戸惑い気味だったシリルがぱくぱくと食べ進めてくれる様子に、よし、とテーブルの下で両手を握る。
(あー、やっぱり嬉しい……食べてくれる人がいてこそだよね)
作ることも好きだが、美味しいと言ってもらえるのはもっと好きだ。
相手がいる仕事だから、こうして反応を直接見られることはなによりモチベーションに繋がる。
「侯爵様。これまで作った中に、もう一度食べたいものってありましたか?」
「……いや、別に」
「あー、シリル、チェリーパイ好きなんだよね」
「おいフレディ、勝手に――」
「はい、それは今日作ります! ほかには!」
暴露されてばつが悪そうにしたシリルだが、睨まれてもどこ吹く風のフレディと、テンションが上がりっぱなしのローラの二人を相手に分が悪そうだ。
「あはは、シリル、素直に『なんでもおいしい』って言ってやれよ」
「フレディ、余計なことを――」
「わあ、嬉しいです! じゃあ、これからも今まで通りに作りますけれど、リクエストは常時募集していますので!」
「……わかった」
深い溜め息を吐いたシリルにほくほく顔で礼を言いながら、そういえば、とローラは思い出す。
「三人で食べるの、初めてですね」
「違うよ、二回目」
さらりと訂正されるが、記憶にない。ぱちくりと瞬きをすると、フレディが「ほら」と指を立てる。
「ローラがここで初めて料理をした日」
「初めて……ヴィトック産のベーコン?」
「そう。あの日、ローラの料理を食べたのは誰だっけ」
ローラの未来を決定づけたあの晩を忘れるわけはない。けれど。
(んん? 侯爵様はいなかったよ? ここにいたのは――)
「私とフレディさんと……ワンちゃん……」
銀に近い灰色の毛をした、狼と見まごうほど凜々しくて綺麗な犬だった。あの子もローラが作ったごはんをいっぱい食べてくれた。
……もしかして。
ハッとして顔を上げ、視線の合わないシリルを見つめる。
あの犬の毛の色は、目の前のシリルの髪とよく似ていて――丸くなった目がどんどん大きくなっていくローラに、フレディがうんうんと頷く。
「その犬もシリルだったんだよ」
「え、えええ!? だって、動物ですよ! 本当ですか!?」
「あーよかった。ようやく普通の反応がきた」
大きな声を上げてしまったローラに、フレディはほっとした様子だ。
『姿が変わる呪い』と聞いて、昨夜の少年と今のシリルが同一人物ということは察した。察したが、大人から子どもに変わるだけだと思っていたのだ。
まさか動物にまでなってしまうとは想像を超えている。
「呪いって、そんなことまでできるんですか……」
「魔女の呪いは規格外だからねえ」
「でも、それなら人と同じ食べ物で大丈夫ですね、納得しました!」
「ここまで聞いても、ローラが気にするのはそこなんだ?」
自分たちと同じ味付けの食べ物を与えてしまって、本当に大丈夫だったのか実は今でも心配だったのだ。
それが杞憂だったと分かってローラは盛大にほっとしたのだが、逆にフレディは額を押さえてしまった。ポーズは「困った」だが、口角は面白そうに上向いている。
「どうする、シリル。お前の呪いがどんどん軽い扱いになっていくぞ。僕としては嬉しい誤算だけど」
「知るか」
フレディは肩の荷を下ろしたような顔をするが、シリルの表情は冴えない。もしかして、ローラが真面目に受け取っていないと思われたのだろうか。
「あっ、すみません。私、ふざけているわけではないのですが、その――」
「いや別に、それは分かるから別にいいんだけど。怖がらないんだなって、ちょっとじゃなく意外なだけで。ちゃんと伝わっている? だって『呪い』だよ」
「どうして怖がる必要があります? 侯爵様やフレディさんが、その呪いを使って私になにかするわけじゃないのに」
きょとんとするローラに二人が瞠目した。