多忙で平和?なメイド生活 2
かぼちゃのポタージュは、おいしくできた。ほっくりとしたかぼちゃに人参と玉ねぎを加えて、スープストックで甘みを引き出すようにゆっくり茹でたら、丁寧に裏ごしをする。
さらりとした生クリームで溶きのばしたポタージュは滑らかで、お腹にストンと収まる仕上がりだ。
(胡椒を控えれば、子どもが好きな味だよね)
親戚づきあいもないリドル家では小さな子を客として迎えたことはなかったから、実際にふるまったことはないが、絶対に好きだろう。
カリカリに焼いたクルトンを載せたらもっと喜びそうだし、自分が子どもなら、大皿で食べたいと思ったはずだ。
(あのお坊ちゃんが今夜いたらよかったのに。食べさせてみたかったなぁ)
人攫いに連れて行かれるところだった「若様」を思い出す。
このかぼちゃスープを出したら、頬を赤くしてパクパク食べてくれるだろうか。
自分が作る側にばかりいたせいかもしれないが、ローラは誰かがおいしそうに食べるのを見るのが好きだ。
(リドル家ではどんなに腕によりを掛けて作っても、最初の一言は必ず文句だったし)
作りがいがないったらない。
このダンフォード家に来てからはフレディが反応を返してくれるのがとても嬉しいが、どこか違うところで別々に食べることも多いので、毎回その場にいることはできないのが残念である。
今日の食事も、各自で済ませた。
シリルがいないのはいつものことだが、フレディもなにか不備が見つかったとかで、昨日から休む暇なく働いている。
「大丈夫かな……」
思わずぽつりと呟く。
野菜の滋養もたっぷり入ったスープを、目の下に黒々とした隈を作ったフレディが受け取ってふらふらとキッチンを出て行った。
フレディがあの様子なら、きっとシリルも忙しいだろう。ちょっと心配になる。
あと少しだ、と呪文のようにぶつぶつ呟いていたから、明日は一緒に食べられるかもしれないが。
疲労がたまった時の食事はどういうものがいいのだろう。
力が湧きそうなガッツリ肉系か、胃腸に優しい味か、それともいつも通りでデザート的にフルーツを足してみようかなど、パントリーを眺めながらローラは長いこと考え込む。
そんなふうにあれこれしていたせいで、後片付けと明日の仕込みを終えたらいつもより遅い時間になっていた。
午後遅くに降りだした雨は、止むどころかますます強くなっている。
窓に当たった水滴が何本も流れ落ちる様を見ながら、ローラは困ったように眉を寄せた。
普段は自分の部屋に戻るのには外階段を使う。しかし横殴りの雨が降る中、四階まで上がるのは結構な試練だ。
(濡れた外階段は滑るから雨の日は使うなって、フレディさんからも言われたな)
僕は大丈夫だけどローラはねぇ、と言外に「鈍くさい」と言われて軽く腹を立てたが、階段掃除をしながらまさに転びそうになったところだったので強く否定はできなかった。
今夜のように、雨も風も強い晩は余計に危ないだろう。
「仕方ない。中を行きますか!」
立ち入りが禁止されている二階には絶対に足を踏み入れないよう、シリルの執務室から一番遠いエリアにある階段を通って使用人部屋に戻ることにする。
目当ての階段は建物の端にあるので、まずはそこまで行かなくてはならない。ものものしい雰囲気たっぷりの歴史ある建物を、小さな手持ち灯だけでローラは進んで行く。
「やだなぁ、雷まで鳴り始めた」
怪談や肝試しを怖いと思ったことはないローラだが、雷だけは苦手だ。早く部屋に行って毛布を被りたい。
自分を励ましつつ、エントランスホールを通り抜け、窓に雨が打ち付ける音だけが響く長い廊下をさらに歩く。
手に持った細い明かりの輪を外れた先は触れそうに濃い暗闇で、コツコツという自分の足音がやけに大きく聞こえた。
広い館の間取りはかなり頭に入ったが、慣れたわけではない。
廊下に並ぶ甲冑は今にも動き出しそうだし、壁に掛かる肖像画はローラを見つめている気がしてしまう。
ゴロゴロと雷の重い響きが鼓膜を震わせる。今の時季にこんなふうに空が荒れることは珍しい。
天気に文句を言っても意味がないと分かっていても、愚痴のひとつくらい言いたくなるというものだ。
「だって、怖いものは怖いし……ひゃあっ!?」
真っ暗な廊下が突然閃光に照らされる。熱のない眩しい光が消えると同時に、ドンと腹の底を破るほどの大きな衝撃音が起こった。
(か、雷! 落ちた! 近い!)
あまりのことにしゃがみ込んでしまった。手持ち灯を投げ出さなかったのは褒められていいと思う。
外はいったん静かになったが、次の落雷に備えている気配でいっぱいだ。
「うわあん、怖い……っ」
雷も、大きい音も苦手だ。でも近くに落ちたようだから、被害がないかも気になる。
この屋敷は使用人が少ないから、なにかあっても見過ごされやすい。念のため、自分の目が届く範囲だけでも確認しておいたほうがいいはずだ。
地鳴りのように低音を響かせている空にハラハラしつつ窓辺に近寄ったところ、今度は連続して稲妻が瞬く。
「~~~!」
追いかけるように轟いた雷鳴に驚いて瞑りかけた目の端、ローラの進行方向に飾ってある甲冑の陰に、なにかが――人の姿が見えた。
(いやあ! 待って待って、今のなに!? っていうか、誰ー!?)
ドキドキと破れそうに激しく鳴る心の中で盛大に叫びつつ、窓枠に縋り付いた手をどうにか外して目を擦る。
飾られている甲冑は、歴代のダンフォード侯爵や係累の貴族が実際に使用した物で、それなりに大きさがある。
雷の光は一瞬だったし、甲冑の影を見間違えただけかもしれない。
「わ、わたし知ってる。こういうのって大抵、見間違いに決まってるんだ……!」
回れ右して走り去りたい衝動に駆られるが、戻ったところで誰もいないし膝がガクガクして動けそうにない。
フレディはどこにいるかわからないし、確実に人がいる二階は立ち入り禁止だ。そして一番安心できるであろうローラの小さな使用人室は、この先にある階段を上がった先――ならば、嫌でもこのまま進むしかない。
(どうせ、なんにもなくて「なんだあ」って言う! うん、絶対!)
エプロンの胸元をぎゅっと握ると、ローラは自分に言い聞かせる。
「だ、誰かいるの……いないよね?」