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5・乙女心とロランの本音


「………………ジルベルト?」

「はい。俺です。こいつです」


 ジルベルト兼セレスティーヌはロランのペンダントを指差した。


「セレスティーヌ姫がジルベルト……? そんなまさか。ジルベルトがこんなかわいらしい女の子のはずがないわ」

「女言葉になってる!」


 セレスティーヌの指摘に、ロランがはっと口元を手で覆う。そのしぐさが女だった。ロランは長身のたくましい青年であり、腹にずんとくる低い声の持ち主だから、違和感が半端ない。自覚があったのか、ロランの女性化はその一瞬だけで終わった。


「あなたもあの少年の姿をした神に」

「会いました。生まれる前に」

「…………」

「…………」


 ジルベルト兼セレスティーヌは、ロラン兼ルクレツィアとしばらくの間無言で見つめ合った。


「ルクレツィア姫……いえ、ロラン様」


 まず口を切ったのはジルベルト兼セレスティーヌである。


「はい」

「俺、結婚できます。普通の……えっと、白くないやつ」

「白く、ない……」


 ロランが噛みしめるように繰り返す。

 白くない結婚。つまり、性交渉ありの結婚。


「一生純潔でいたいというお話は」

「ロラン様がルクレツィア姫なら、そこにこだわりはなくて……あっ、でも」


 あることに思い至り、セレスティーヌは真顔になった。


「セレスティーヌなんか嫌ですよね。ロラン様はかっこいいから。不釣り合いですね」


「は?」


「普通の結婚だなんて余計なことを言いました。ロラン様がお好きなのはジルベルトですもんね。別世界に来てもジルベルトの肖像画を身に着けてくださって。えへへ、こっちの世界では、ろくに自分に向き合ってこなかったから、俺……わたし、よくわかってないんですよ、セレスティーヌのこと。すみません、白くない結婚は忘れてください」

「あの、セレスティーヌ様」

「こちらの世界でもジルベルトを好きでいてくれて、最高にうれしいです!」


 ジルベルト兼セレスティーヌはにこっと笑った。

 最高にうれしいのに、なぜか心に隙間風が吹く。このさみしさはなんなのだろうとジルベルトは不思議に思った。このさみしさはジルベルトではなくセレスティーヌの心なのだろうか。セレスティーヌだって自分の片割れなのに、気持ちがよくわからない。


(セレスティーヌでいる間も俺、ほとんどジルベルトのまま生きてたから……)


 この混乱は、セレスティーヌをないがしろにしたツケなのか。


「あっ、わたしもルクレツィア姫が大好きです! ジルベルトもセレスティーヌも、ルクレツィア姫が大す――」


 ロランの大きな手に細い肩をそっとつかまれた。ロランの美しく整った顔が、セレスティーヌを正面から覗き込む。なんだかこのムードは覚えがあると思ったら、ロランが人差し指を差し出し、セレスティーヌの上唇に触れた。


 これは、キスの約束だ。あちらの世界でも交わし合った、キス以前のキス。



「結婚しましょう。セレスティーヌ様」



 ロランが低音の美声で静かに言った。こちらを見つめる青い瞳が細められ、思わず吸い込まれそうになる。


「え。あ……はい」


 ロランの指を上唇にのせたまま、セレスティーヌは答えた。


「私はあなたのことが好きです、セレスティーヌ様。嫌だなんてとんでもない。あなたが失った時間を取り戻そうと日々努力なさっていることは聞いておりましたし、機転が利いて、勇気と行動力がおありになることも知りました。今日、窓から脱出する勇ましいお姿を見て、あなたに恋してしまいそうで恐ろしくなりました。メイヤー伯爵を追い詰めたあなたの気迫、私も見てみたかった――」

「ロラン様……」

「見ていたら完全に恋してしまったでしょう。そして悩んだはずだ。男の体だから女性を求めるのかと。いつかジルベルトを裏切ってしまうのだろうかと。でも」


 ロランがふわりと笑う。顔立ちはまるで違うのに、笑顔がルクレツィア姫に似ているとセレスティーヌは思った。


「よかった……。あなたに惹かれるのは、何もおかしいことではなかったのです」

「うそ……。だってわたしなんてこんな。ルクレツィア姫みたいに綺麗じゃなくて、全然」

「セレスティーヌ様は綺麗です」

「ルクレツィア姫みたいに鼻も高くないし睫毛も長くないし童顔だし、髪もルクレツィア姫みたいに華やかな金髪じゃなくて地味な亜麻色だし、ルクレツィア姫みたいに足が長くないし体の凹凸も足りないし――」

「なぜルクレツィアが基準なのです?」

「えっ。好きだから。すごく」

「あなたは綺麗でかわいらしいです。とても」

「うそ。ロラン様みたいな美男子がそんなこと言うわけないです」

「……ジルベルトにそんな乙女心があるなんて」

「お、乙女心?」


「かわいらしいです」


 ロランがセレスティーヌの上唇から人差し指を外し、顔を近づけてくる。

 キス! この流れでは本物のキスになってしまう!


「待って! 待ってくださいロラン様!」


 セレスティーヌは咄嗟に顔をそむけた。


「ロランでは駄目ですか。ルクレツィアでなければ……」

「だめではないです、だめではないんですけど、俺、わたし、セレスティーヌがよくわかってない! セレスティーヌの心も体もわからない! 幽閉されて外と断絶していたのをいいことに、ほとんどジルベルトのままセレスティーヌをやってたんです。子供のころはセレスティーヌでもあったはずなのに、忘れてしまったんです。ロラン様の愛だって、身も心もジルベルトでいたほうが受け入れられるというか」

「身も心もジルベルトでいたほうがって。……それはそれで魅惑的ですが」

「全然いけます。って何言ってるんだ俺……? うわあすみませんこれ忘れて!」

「落ち着いてください、セレスティーヌ様」

「もうわけがわからなくなってきた~~~」


 セレスティーヌは頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまった。


 何分間そうしていただろう。

 ロランの手が、やさしく頭をなでてくれる感触があった。

 そっと顔をあげると、ロランが慈愛に満ちた聖女の顔でこちらを見ていた。


(ルクレツィア姫だ……)


 氷雪の騎士の顔に、愛しい聖女の面影が重なる。


「ルクレツィア姫……」

「混乱させてしまいましたね。だいじょうぶ、私たちにはじゅうぶんな時間があるのですから。ここは日を置いて、お互い落ち着くまで待つのがいいと思います。――お部屋まで送りましょう、セレスティーヌ様」


 ロランが立ち上がろうとした。

 セレスティーヌは咄嗟に、席を離れようとするロランの手をつかんでしまった。心細かったのだ。


「セレスティーヌ様?」

「お願い。もう少しそばにいてください」


「今は駄目です」


「ど、どうして!?」


 まさか拒否されるとは思わず、セレスティーヌはがばっと身を起こした。


「ここでの私は、ルクレツィアではなくロランだからです。本心を言えば私は今、あなたを部屋に返したくない。だから、駄目です」

「どういうことですか……?」

「我々の明日は、今日の続きとは限らない。目覚めたら、私は奔放な真似など決してすることのない、生真面目な王族の聖女かもしれない。でも――ロランは違うのです」


 そう言って甘く細められた青い瞳には、ルクレツィアではない人物が宿っていた。ロランという、ジルベルトが恋い慕っている姫君とは違う、別の人物が。


「……ロラン様」

「セレスティーヌ様、愛しています。あなたは神がお決めになった運命の人だ。あなたもそう思ってくれますか?」

「はい。もちろん」


「ロランは愛する運命の人を目の前にして――」


 ロランの手が伸ばされ、セレスティーヌの頬に触れる。見つめる青い瞳に熱が籠る。



「おとなしくしていられる男ではないようです」



 ロランの瞳に籠った熱を何と呼ぶか、セレスティーヌは誰に教えられずとも知っている気がした。



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