2.問題児たちの邂逅
「くそっ、これで98連敗だ」
『紅蓮の鬣』の面接後、ハンター協会に向かう道で、リュドはそう呟いた。
「上位100位のギルドを片っ端から受けて、残るは2つか……どうしたものか……」
はぁとため息をつき、手に持った履歴書に目を落とす。
「この備考のせいなんだろうな……」
備考の一節、【最低条件:ギルドリーダーでの採用】が原因であることは、リュドも気づいていた。しかし。
「この部分は譲れん。俺が認めていない者の下に就くくらいなら、落選もやむなしだ」
強情なまでのプライドが、この一節の削除を拒んでいたのだった。
「さて……」
ハンター協会に着くと、彼は真っ先にクエスト掲示板に向かった。
ハンター協会は、登録されたハンター、ギルドの管理、依頼の管理、斡旋を行う組織である。ミーグルはハンターのためのような都市であり、協会の本部もここに置かれている。そのため、他の協会支部で扱いきれない高難度の依頼含め、多くのクエスト依頼がここに届く。
「ソロで受けられるクエストは……今日はゼロか、くそっ」
プライドの高いリュドが、プライドを捨て……切れてはないないながらも渋々入団試験を受けている理由は、ソロでのクエストの受注が困難なことにあった。
「こっちは50位以内のギルドから四人以上で、こっちはギルド所属が最低条件として八人から……か」
近年、世界中でモンスターが急速に強力かつ狂暴になってきており、ソロハンターのクエスト失敗が増えてしまった。
そのため最初は人数制限を付けた依頼が増えたのだが、今度は連携不足による失敗が増えてしまい、そんな中でもモンスターの強力化は留まるところを知らず……。依頼の失敗やハンターの相次ぐ死亡に依頼者側も協会側も慎重な姿勢を見せ始め、気づけばギルド所属であることを前提としたクエストばかりの状況が出来上がっていたのだった。
「ったく、やってられないぜ。俺はソロでもしくじらねぇっての」
「あ、リュドさん!」
頭をかきむしりながらぼやくリュドに、協会の受付が声をかけた。
「ん? どうした?」
「『金色の翼』から書類審査の結果が届きましたよ」
「お、やっとか!」
そういうと受付嬢は、一通の封筒を手渡してきた。
『金色の大鷲』、ギルドランキング一位のギルドであり、審査が甘い方である『紅蓮の鬣』とは対照的に、団員数10人ほどと、トップギルドでは珍しい少数精鋭のギルドである。面接前に書類審査を設けているのは『金色の大鷲』ならではだ。
(『金色の翼』は、俺が唯一あの備考を書かず、希望も中、後衛に書き換えたギルドだ。流石に書類審査は通っているはず……)
自信と、少しの不安を胸に、ドキドキしながら封筒を開けると、そこには……。
「不採……用」
不採用の文字に、リュド以上の強化魔法の使い手が所属していること、支援としての強化魔法を使う経験が不足していることなど、不採用の理由が丁寧に添えられていた。
「……よし、今日は飲み明かそう!」
良いことなしの日に、ダメ押しの不採用を受け、リュドは現実逃避の酒盛りをすることとしたのだった。
「あれ、リュドさん、酒場に行かれるんですか?」
すると、受付嬢がリュドにまた声をかけてきた。
「ん? ああ、そのつもりだ」
「そうですか……。あのー……、今酒場がすごい混んでて、相席になっちゃうんですけど大丈夫ですか?」
「……まじか」
この期に及んで落ち着いて飲むこともできず、リュドはがっくりと首を落とした。
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(しかもなんだこの相席相手は……)
飲まねばやってられないリュドは、甘んじて相席を受け入れ、四人掛けのテーブルに案内された。
しかし、向かいに座る男は号泣しながらスルメをちゅぱちゅぱとしゃぶっており、右に座る女は履歴書を見つめぶつぶつと独り言をつぶやいている。斜め右の席の女は無言でひたすらがぶがぶと酒を流し込んでいる。ジョッキがテーブルいっぱいどころか、上にも積みあがってしまっている始末だ。周りのテーブルのハンターもドン引きしている。
想像以上に落ち着けない環境だ。
(こいつら……やばいやつばっかりじゃねえか。……スルメは美味いよな)
などと思いながら、僅かに空いたテーブルの端に置いた酒を煽った。
「ぷは……はぁ」
酒から口を話すと、気の抜けたため息が出てしまう。
(『金色の大鷲』、入りたかったな。どんな形であれ、ニルさんに貢献したかった)
『金色の大鷲』のリーダー、ニルは、ソロランク一位であり、リュドは幼いころに彼に命を救ってもらったことがあった。プライドを捨ててまで入団を望んだのは、そのためであった。
(本当はソロでニルさんに並び立つ予定だったんだがな……こんな息苦しい世の中になっちまって……)
ふと周りを見ると、前の男はスルメをぶちぶちと嚙みちぎり始め、隣の女は激しく貧乏ゆすりをし、斜め前の女はジョッキを置く勢いが激しくなってきている。
(みんなイライラしてるみたいだな。……そうだよな)
周りの様子に感化されたのか、リュドまでイライラが募ってきた。
(そもそも、なんだってギルドに入らなきゃいけないんだ。ソロでできるやつだって山ほどいる! 身の程をわきまえず高難易度のクエストに挑むほど愚かでもない! 俺より戦えない奴らにどうして遅れを取らないといけないんだ!!)
グングンとここ一か月の不満が怒りとなって湧き上がってきて、それはあっという間に爆発した。
「「「「あー―――!! くそっ!!!!」」」」
腹の底からでた叫びは何の偶然か、相席していた三人と重なり、彼らは思わず目を合わせた。