表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/11

入学前日

「はぁ...…何で三年間コースにしなかったんだろ、私」


 ダリアは掛けられた制服を見て重々しい溜息を吐いていた。



 明日からダリアは『マシェリア学院』へと通う事が決まっている。


 この世界では男子は十五歳から十八歳までの三年間、女子は十六歳から十八歳までの二年間、何れかの学校へと通う事が決められている。


 男子の学びと女子の学びは異なっており、女子の方が期間が短めになっている。


 女子の二年間コースは主に結婚後に役立つ淑女としてのマナーや社交の場での立ち居振る舞い方、夫となる男性のサポートが出来るようになる等の内助の功部分への教育が主立っており、ジェラスと結婚すると思っていたダリアは迷わず二年間コースを選んだのだが、今となっては後悔である。


 ダリアが冒頭で呟いた三年間コースは二年間コースとは異なり職業訓練校のような役割を担っていて教育内容が全く異なっている。


 二年間コースは男子と模擬社交の授業等で一緒になる機会が多いのだが、三年間コースではそういった関わりはない。


 婚約を白紙に戻す前であればジェラスと更なる関わりが持てると嬉しかったのだが、白紙に戻った(と思っている)今では会うのが怖いのだ。


 前世の記憶を思い出したとしても恋をしていた記憶が無くなる事はない。積み重ねてきた想いは深く強く残り続けている。


 ただ、以前のダリアのように押し付けるだけの恋心ではなくなっただけで、その想いは消えてはいない。


 本当は毎日でも会いに行きたいし、ジェラスが何をしているのか気になる。


 自分を睨む顔も、他者と笑い合う顔も、声も、仕草も見たいという気持ちは強くある。


 だけど婚約者ではなくなった今、もう他人となってしまった関係でそんな事出来るはずもない。


「はぁ...…会いたいけど..….会いたくない」


 壁に掛けられている制服をキラキラした目で見ていた頃が懐かしい。


 丸襟の白いブラウスに紺色で脛丈のAラインのシンプルなワンピース。ブラウスの襟元には細い赤いリボンが結ばれている。


 上に着るジャケットは男女共用のグレー。


 ジェラス様とお揃いだわと喜んでいたが、今となっては別の学校を選ぶべきだったと本気で思っている。


 ダリアが選択出来る学校は三校あった。


 マシェリア学院とシシリナ女学院、聖レックベリー学園。


 マシェリア学院は門戸が広く、貴族だけではなく平民(但しある程度の財力は必要)も通う事の出来る学校で、貴賎問わない自由な学風が人気の学校で、ジェラスは迷わずこの学院を選んだのでダリアも当然マシェリア学院一択だったが、ディーノは当初シシリナ女学院に通わせたいと考えていた。


 シシリナ女学院は男子禁制の女学院で淑女教育が徹底して行われており、卒業生には歴代の王女達が名を連ねる歴史ある女学院である。


 少々素行に問題のある(落ち着きがなさすぎる)ダリアの為にディーノはシシリナ女学院へと入れたかったのだがダリアは拒んでしまった。


 聖レックベリー学園は少々宗教色の強い学園で、教会や学園に寄付を多くする者を特別待遇するという金持ち至上主義な面もある為最初から選択肢に含まれてはいなかった。


 明日が入学式なのだから今更シシリナ女学院へ変更してもらうなんて我儘は言えるはずがない。


 明日からの学院生活を考えると溜息しか出なくなるダリアだった。



 ジェラスは着慣れた制服を見上げて考えていた。


「私も来年からジェラス様と同じ学院ですわ! お揃いですわね!」


 去年の今頃ダリアが嬉しそうに言っていた時は鬱陶しいと相手にしなかったのだが、会えない今、会うのが嬉しいような怖いような、会いたくない気持ちの方が圧倒的に大きいとは思うが会わなければいけないし...…と複雑な気持ちだった。


 結局詫びも出来ないまま時間だけが過ぎていった。


 遅くなり過ぎて今更感が否めず、蔑みの目を向けられるかもしれないと思うと勇気も出ず、相変わらず謝罪の手紙は受け入れて貰えないままだったのも重なり動けなかった。


 だが、明日からは同じ学院に通うのだから嫌でも顔を合わせる機会が増えてくる。


 婚約者が同じ学院にいる者は模擬社交の授業では必ずペアが組まれる事になるし、刺した刺繍等は当然のように婚約者の元へと届けられるシステムになっている。


「きちんと謝罪出来るだろうか...…」


 ダリアはジェラスの事を過剰評価し正義感が強く真面目で優しいと思っているが、実際のジェラスは少々意地っ張りな面と意気地のない面を持ち合わせた至って普通の男子である。


 そういう自分を変えたい、変えなければとは思っているがいざとなると腰が引けるし、そういった性格を変えるべく剣術や体術を通して性格面も鍛えてはいるがまだまだであった。


 両親からダリアの怪我は見た目では分からない程に回復したとは聞いているが、骨のヒビは表面上は治ったように見えてもちょっとした衝撃で痛んだりするものだし、長引くと聞いている。


 痣が消えても痛みは残っているのだろうと考えると自分が許せないのに、謝罪すらまともに出来ていない現状はどうにも心苦しいし気まずい。


 ダリアであれば笑って「気にしないでくださいませ!」と言ってくれるかもしれないが、今まで通りの態度ではいけない事は分かっている。


 婚約の白紙を申し出られたのを拒否したのはジェラスだ。


 自分で婚約の続行を希望したのだから、今までのようにダリアを邪険にするなんて許されるはずがない。


 因みにジェラスの想い人へミリーは聖レックベリー学園へと入学する。


 過激派であるへミリーの父は王家に何かと反発する事の多い教会との繋がりが強い為に必然的に聖レックベリー学園へと入学が決められてしまっていた。


「私もマシェリア学院が良かったなぁ」


 聖レックベリー学園への入学が決められた当初へミリーがそう呟いた言葉にジェラスは内心で激しく同意していたものだった。


 以前であればへミリーの事を考える時間が多かったが、最近はダリアの事ばかり考えている事にジェラスは気付いていない。


 距離を置かれている現状が何だか落ち着かず、毎日の突進がなくなった事が寂しいと感じるようになった自分の変化に全く気付いていない。


「明日、もしも会えたなら、絶対に謝罪しよう...…」


 謝罪の為に用意していたダリアに似合いそうなブローチを手にジェラスは決意の籠った目をしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ