縮まらない距離
「待ってください!」
止める私を不思議そうな顔で見たお父様は、ニコリと微笑むと「心配しなくていい」と仰った。
「ダリアの気持ちは分かっている。ジェラス君も今回の件では責任を感じているようだ。だから悪いようにはならない。何も心配はいらないよ?」
「違うのです! 私、もうジェラス様を解放してさしあげたいのです!」
「なっ!? 何を言うんだ、ダリア!? お前はジェラス君を好いているのではないのか!? だからあんなに甲斐甲斐しくひたむきにジェラス君に好かれようと頑張っていたのだろう?」
そう、私は頑張っていた。ジェラス様に好かれたいが為に必死だった。
私とジェラス様の婚約が決まったのは五年前、私達が十二歳の頃だった。
*
オルティニア家は、鉱物資源が豊富に採れる鉱山を有する山岳地帯を領地に持つ伯爵家である。
鉱山の採掘や、鉱山で採れた鉱石の加工等で栄える領地であり、鉱山を有する領地は栄えるという見本のように潤った家門である。
が、ダリアとジェラスが十歳の頃に、オルティニア家が有する鉱山で大規模な崩落事故が起こり、様々な状況が変わってしまった。
金銭面での保障は問題なく行われたのだが、更なる崩落の可能性を考えると鉱山を閉鎖しなければならなくなる。
しかし、そうなるとオルティニア伯爵家は、今後鉱山収入以外の方法でこれまで同様の領地収入を得なければなくなる。
そこで白羽の矢が立ったのが、ダリアの父親であるディーノだった。
ディーノはムスリカ伯爵当主であるが、道楽と陰口を言われながらも地質や地層等の研究に重きを置く男であり、その知識量は学者ですら舌を巻く程であった為、オルティニア伯爵に助力を請われたのだ。
ディーノは崩落の危険がないとは言い切れない鉱山へと自ら足を運び様々な助言をし、鉱山は一部封鎖となったものの安全な鉱路を新たに開拓。
崩落の危険のありそうな箇所は事前にディーノが報告を上げる事で、その危険性を最小限まで抑える事が出来るようになり、オルティニア伯爵家はディーノに多大な恩義を感じる事となったのだが、ディーノにとっては好きな研究の一環であり、自分の知識を発揮出来る喜びの時間であった為、ほとんど報酬は受け取らなかった。
それでは、と提案されたのが、同じ歳に生まれた子供達の婚約話であり、ディーノは当初難色を示していたのだが、顔合わせをした際にダリアがジェラスを大層気に入ってしまった為結ばれる事となった婚約だった。
だが、ジェラスを気に入ったダリアとは対照的に、ジェラスはダリアを受け入れようとはしなかった。
二年後のジェラスの十四歳の誕生パーティーの場で、ディーノとダリアはその理由を知る事となった。
実はジェラスには幼い頃より将来は結婚するであろうと思われていた令嬢がいたのだ。
へミリー・グリンス子爵令嬢。
領地が隣同士であり、幼い頃より幼馴染として育った二人は大変仲が良く、へミリーは金髪にチェリーピンクの瞳のとても愛らしい少女でもあった為、ジェラスがへミリーに恋心を抱くようになるのは当然の流れだった。
しかし、恋心を抱かれていたへミリーは特段ジェラスにそういった感情は抱いておらず、婚約が決まった事も自分の事のように喜んでいた。
そんなへミリーの姿にショックを受けたジェラスが、拗らせるように頑なにダリアを受け入れようとしなくなったのだが、そんな事を知らないダリアは十四歳になったジェラスにプレゼントを渡そうとした際に運悪く仲睦まじくするジェラスとへミリーの姿を目撃する事となり、余りの親密さに疑問を持ったディーノが二人の事を聞き出した結果、ダリアが二人の仲を引き裂いたような形になってしまったのだと知ったのだ。
引き裂かれたと思っているのはジェラスだけなのだが、そんな事を知るはずもないダリアはとてもショックを受けた。
ディーノも、自分の娘が幼い恋を知らぬ間に引き裂いていたのかと婚約を解消しようと考えたのだが、どうやら片思いだと知ると、娘の恋を応援しようという親心の方が勝ってしまい、婚約は継続される事となった。
ジェラスとへミリーの仲睦まじい様子にショックを受けたダリアだったが、外出した際に偶然会ってしまったへミリーより「お話ししてみたいと思っていたんです!」と声を掛けられ、へミリーにはジェラスを想う気持ちが全くないと知り、最後には「お似合いだと思います」等と言われた為に諦めるなんて気持ちは消え去り、好きになってもらう為に頑張る方向へとシフトチェンジする事になった。
それからのダリアの行動力は凄まじいものがあり、毎日毎日ジェラスに会いに行き、迷惑がられようが嫌な顔をされようがめげる事なく突撃する日々が続いていた。
自分には一切向けられない笑顔に優しい声、視線にも全くめげる事なく、ほぼ毎日ジェラスを追い掛けるダリアは、オルティニア伯爵家の者達の目には実にいじらしく映っていたが、ジェラスにとってみては実に鬱陶しく忌々しい存在でしかなかった。
一向に縮まる事のない距離。
それでもめげずに突撃出来たのは、偏にダリアの猪突猛進な恋心故だった。