デートのお誘い
ダリアの元に手紙が届いた。
その手紙の送り主を見た途端、ダリアは走り出し、母アルスの元へと駆け込んでいた。
「おっ、お母様っ!」
ノックもなしに大きな音を立てて部屋に飛び込んできたダリアに驚き、アルスは読んでいた本をドサリと落とした。
「ビックリするじゃない。ノックぐらいしてちょうだい」
落ち着きながらも咎めるようなアルスの声にダリアは我に返った。
「ご、ごめんなさい」
「で? どうしたの?」
ジェラスから手紙が届いたことを伝えると、アルスは呆れた顔をした。
「それで慌てて駆けてきたというわけ? ダリア、あなたには落ち着きってものがないのかしら? 貴族としての嗜みは? 一体これまで何を学んできたのかしら?」
母の物言いに反省の色を浮かべた顔をしているダリアを見て、アルスはフッと笑った。
「それで? 手紙にはなんと?」
「……開けてないわ」
「開けずにきたってこと? あなたって子は……」
呆れた顔をしてダリアを見るアルス。
「だって、初めて手紙をいただいたから、驚いてしまって……」
アルスは小さくため息を吐いた。
元々ダリアは寂しがり屋で大人しい性格の子供だった。
親戚の集まりでは遠縁の子供達に目の色が変だとからかわれることが多く、男の子を苦手としていたし、言い返すこともできずに一人で泣くような子供だった。
だけど、ダリアの瞳は母アルス譲りで、本人は母と同じ瞳を嬉しく思っていたため、どんなに馬鹿にされてもそのことを悲観するようなことはなかった。
しかし、ジェラスと出会い、ダリアは変わった。
元々内に秘めていたものが顕になっただけなのかもしれないが、アルスも驚くほど活発になり、ジェラスへの想いを素直に表し、明るくなってくれた。
そのことでアルスはジェラスに感謝すら感じていた。
その一方で、ダリアの恋心がジェラスにとって迷惑であるということは二人を見ていてわかっていたため、ダリアの幸せを思うと諦めさせたほうがよいのではないかと、何度も夫婦で話し合っていた。
事故とはいえ、愛娘の顔を殴ったジェラスのことが許せなかったし、これでダリアも目が覚めて他を見てくれるのではないかとも思ったものだった。
しかし、提案した婚約解消に待ったをかけたのが他ならぬジェラスであり、その後、ダリアには見せなかったが、何度となく謝罪の手紙が届いていたことをアルスは知っている。
「定型文のように同じ言葉ばかりが並んでいるよ」
ディーノはそう言っていたが、そうだとしても謝罪したい気持ちは本当だろうとアルスは感じていた。
ダリアが入学したことで少しでも二人の関係に変化があり、ダリアの顔に笑顔が増えればと思っていたところにこの手紙である。
「まずは手紙の内容を確認してから私の元へくるべきではなくて? まぁ、いいわ、貸しなさい。封を切ってあげるから」
おずおずと渡された手紙は、余程慌ててきたのか、握り締めらてシワだらけになっていた。
封を切り手渡そうとすると、ダリアは受け取ることを躊躇っている。
「どうしたの? 中を確認しないの?」
「……だって、怖い」
これがあの猪突猛進だった娘なのだろうか? と思うほど、ダリアは昔の、少し臆病なあの頃に戻っているように感じ、アルスの胸が少し痛んだ。
「謝罪の手紙かもしれないでしょ? おかしなことが書いてあれば抗議してあげるから、開けて内容を確認なさい」
アルスの言葉を受け、ダリアはゆっくりと手紙を開いた。
手紙の内容を確認すると、それまでの不安の色は消え去り、今度は困惑の色が窺える。
「何が書いてあったの?」
そうアルスが問いかけると、ダリアは信じられないといった顔をしながら口を開いた。
「デ、デ、デ」
「デ?」
「デ、デートに誘われたわ!」
「まぁ、よかったじゃないの」
「お母様! デートよ?! 夢かしら? 私の見間違いかしら?」
それまでとはうってかわり、顔を紅潮させながらも慌てふためく様子のダリアに、アルスは柔らかな笑みを浮かべた。
「確認してあげるから、手紙を寄越しなさい」
ダリアから手紙を受け取ると、中身は本当にデートの誘いであり、アルスは二人の関係が少しは進展し始めているのだと安堵した。
「次のお休みは三日後ね。ダリアは何か予定があるの?」
「ない! ないわ! あるはずがないわ!」
慌てふためくダリアを見てアルスは堪えきれずにクスクスと笑いだした。
「ようやく元のあなたに戻ったわね。うちの娘はこのくらい元気でなければ面白くないわね、やっぱり」
「お母様?! それはどういう意味?」
「そのままの意味よ。落ち込んで、塞ぎ込んで、変に物分りのいい顔をしているあなたより、今みたいに感情豊かに賑やかにしているほうがあなたらしいと言ったのよ」
そう言うとダリアは恥ずかしそうに微笑んだ。
「さぁ、お誘いを受けるのならば了承のお手紙を出さなければいけないわよ? それから、デートに着ていく服も選ばなければいけないし、学業も疎かにはできないわ。あなた、やることが山積みなのではないかしら?」
アルスがそう言うと、ダリアはまた顔色を変えた。
「そうだった! お母様、私、何を着ていけばいいのかしら?! ジェラス様はどんな服が好みかしら?! どうしたらいい?」
二人の初デートの場所は、最近流行りのカフェだったため、いかにも貴族然とした格好では浮いてしまうかもしれない。
カフェは市井の者達も利用するため、あまり華美な服装では悪目立ちしてしまうだろう。
「一緒に選んであげるから、少しは落ち着きなさい」
呆れたようにそう言ったアルスだったが、顔は嬉しそうだった。




