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殴られて思い出す

 私には大好きな婚約者がいる。


 ジェラス・オルティニア伯爵令息。十六歳。


 それが私の婚約者。


 艶やかな濡れ羽色のような黒い髪も、知的でありながら優しい、だけど私にだけ凍りついたような色を湛える青い目も、私にだけ歪めて他の人には優しげに笑みを浮かべる唇も、剣術や体術で鍛え上げられて細身に見えて実はしっかりと筋肉のついた美しい体も、剣術により意外とゴツゴツと男らしい大きな手も、私にだけ発せられる冷気溢れる低い声も、ご友人の方々と楽しげに会話する弾んだ声も、優しいが故に大嫌いな私を本当の意味で拒みきれない性格も、ジェラス様を構成する全てが大好きで、彼に嫌われているのだと知っていても好きになって欲しくてひたすらに突撃してきた日々。


 まさかこんな形で前世を思い出すなんて思ってもみなかった。



 その日、私ダリア・ムスリカ(十六歳・伯爵家次女)は、いつものように愛する婚約者であるジェラス様に会いに彼の家へと突撃していた。


 この日のジェラス様のスケジュールはしっかりと頭に入っている。


 今日の朝、ジェラス様は剣術と体術の稽古をなさる。


 私はその稽古を見学し、終わったらすかさず清潔なタオルと疲れた体に優しいドリンクを差し出す予定だ。


 私がいるだけで不機嫌さを増すジェラス様の為には私がいない方が本当はいいという事は百も承知しているが、会わなければ好きになってもらうチャンスすらなくなってしまう。


 だから突進するのみなのだ。


 そういう訳で、私を見た瞬間に心底嫌そうに顔を歪めたジェラス様に最上級の笑みを浮かべて「好きです!」全開オーラを出して稽古を眺めていた。


 剣舞かと思う程に美しく靱やかな動きを見せるジェラス様を心ゆくまで堪能し、汗を飛び散らせてキラキラと輝きながらも体術の稽古に励むジェラス様の勇姿を心の中でキャーキャー叫びながらも声には出さず、一瞬でも見逃すものかと目をかっぴらいて見つめた結果目が乾燥して血走り、勝手に涙が零れるなんて異常過ぎる事になっているのもお構いなしにジェラス様を堪能した。


「終了! 今日の訓練はここまで!」


 お師匠である元王国第二騎士団団長ユラム様の声に彼が「ありがとうございました!」と答えたのを合図に、私は立ち上がりジェラス様へと駆け寄った。


 が、ジェラス様へとあと一歩で突進という時、目の前を私よりも先に蜂がジェラス様へと突進していき、それを払おうとした彼の拳が疾風の如く勢いで私の右頬に綺麗に届き、私の体は横に吹っ飛び意識を失った。


 そして、その拳を頬に受けた瞬間に衝撃と共に前世を思い出したのだ。


 意識を手放す瞬間の、ジェラス様のギョッとした顔だけが脳裏に焼き付き、その顔すらも「素敵♡」と思う自分は末期だなと思いながらも、目の前は真っ暗になった。



 私はこの世界に生まれる前はこことは全く違う世界で双子の妹として生きていた。


 明るくて人気者の同じ顔をした姉と、そんな姉と同じ顔をしているのに引っ込み思案で内向的な妹の私は、常に比べられては「残念な方」と言われてきた。


 双子だからなのか好みも丸かぶりする事が多く、私が気に入って買った服は姉も気に入り、最終的には姉の物になるなんて事はよくある話で、好きになるタイプも似ていた為に、気付いたら私の好きな人が姉の隣に並んでいるなんて事をただ見ているしか出来なかった。


 何をしても比べられるのが苦しくなって高校は別々の学校を選んだ。


 そこで出会った彼と恋に落ち、初めて彼氏が出来た時は夢かと思った。


 でも姉に紹介すると奪われるのではないかと思って家族にすら秘密にしていた。


 彼とはその後も順調に付き合い続け、お互いに同じ大学へ行き、卒業と同時にプロポーズされた時は号泣した。


「俺と結婚して欲しい」

「はいっ!」


 二つ返事でOKした私は、その後に家族に彼を紹介しなければならない事を失念していたのだと思う。


 プロポーズまでしてくれたのだからきっと大丈夫だと慢心していたのかもしれない。


 彼が結婚の許しを貰いに我が家に来た日、姉の目の色が変わった事に気付いていたのに、私は見なかった事にした。


 それがいけなかったのだろうか?

 結婚式まであと一ヶ月という時に私は姉と彼の浮気……いや本気だったのだと思う……そんな姿を目撃する事となり、彼の「君と先に出会えていたら」と切なさと愛おしさを含んだ声を聞いてその場を逃げ出し、泣きながら走っている最中に車に撥ねられて命を終えた。


 そして気付いたら今である。


 ダリア・ムスリカとして十六年生きてきた記憶はきちんとある。自分がダリアではないなんて疑問もない。


 目を覚ましたら三日経っていて、頬というか顔には仰々しい程に包帯が巻かれていた。


 ジェラス様の拳を受けて私の頬骨はヒビが入り、それに伴い吹っ飛ばされた際にあちこち打ち付けてしまったようで色んな所が痛かった。


 目を覚ました私に抱きついてきたお父様とお母様。この二人を両親なのだとすんなりと受け入れられるのも、前世の記憶があるとしても、今の自分がダリアなのだという証なのだと思う。


「ダリアを傷物にしたのだ! ジェラス君にはもう何がなんでもダリアを貰ってもらわねばならんっ!」


お父様は鼻息荒くそう言ったのだが「待ってください!」と私が止めた。

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