08; ↘ 打ち明け ←
「岩倉さん、今『僕』って言った? まさか……」
目の前で涙目になっている岩倉栄子という美少女の正体についてやっと見当がついた。だからボクは……いや、私は今の会話の内容から導かれた結論を口に出して彼女に確認してみる。
「あなたは惇未……和倉惇未だよね? 本物の……」
この結論が間違いなければ、彼女こそ私の弟……惇未だ。いや、もっと正確に言うと元の惇未の人格が入っている人だな。私の人格が惇未の体に入っているのと同じように。
「その言い方って、つまりあなたは僕の偽物ってこと?」
「いや、それは……」
確かにボクは惇未だけど私の弟である惇未ではない。本物の私の弟である惇未は今目の前にいるから。だからって『偽物』って呼ばれてもいいの?
それにしても、やっぱり惇未は、これが私だと全然気づいていない。恐らく『誰か』が自分の体を乗っ取っているとわかっただけで、その正体は私だとまではわからない。それは無理もないかもね。だって、自分の姉が自分の体に乗っ取るなんてとこは思いがけないことだろうな。私だって、自分の弟が美少女の体に乗っ取るなんてこと、あまり信じたくない。
とりあえず、これが私だと伝えないとね。別に正体を隠す必要もないし。
「私だよ」
「え? 『私』って? 誰のこと?」
今『私』だけ言ってもやっぱりわからないか。
「私、惇子だよ」
今こんな体で自分は惇子だと主張しても、信じてもらえるかどうかわからないけど、とにかく言ってみる。
「惇子……お姉ちゃん……なの?」
「うん、やっとまた会えたね。惇未……私の弟」
「そんなわけない。嘘だろう?」
どうやらまだあまり信じてくれないようだ。まあ、こんな突拍子もない話だからすぐ納得できないのもおかしくないよね。
「嘘じゃない。本当に私……惇子だよ」
「じゃ、お姉ちゃんに関する質問をする」
尋問が必要か!? あんなに疑り深い? 仕方ないね。
「いいよ。訊いてみて」
そして尋問が始まった。個人情報がたくさん入っているから、詳しい内容は略する。
「これで信じてくれたか?」
「本当に本当?」
しばらく尋問された後、惇未はまだちょっと警戒しているようだけど、さっきより信じてくれるようになったようだ。
「そうだよ。信じないのか? じゃ、誰だと思っていたの?」
「本物の岩倉栄子じゃないの?」
なるほど、惇未はこれが『入れ替わり』だと思っていたみたいだね。つまり今自分の体になっているのは本来の岩倉栄子だと推測していた。だから最初は『自分のこと知らないか』みたいな変な質問をしたか? 自分自身だったら自分のことを知っているはずだから。
でも残念、実は私だったんだ。期待に応えられなくてごめんね。
「いや、違うよ。私は岩倉栄子のことを全然知らない」
「なんでお姉ちゃんは僕の体に?」
「いや、それはこっちも訊きたい。なんで惇未は岩倉栄子なの?」
惇未は、こっちなら事情を知っていると期待しているようだけど、残念ながら私もさっぱりだ。そして惇未の方も何も知らないようだね。
「じゃ、岩倉栄子はどこなの?」
「さあね……。私も全然わからない。本当に彼女のことは全然何も知らないんだから」
これはいい質問だ。私が惇未になって、惇未が岩倉栄子になって、なら岩倉栄子はどこ? さて、答えは? そんなこと知ったら苦労しないよ!
でも確かに『3人で入れ替わり』っていうわけではないはずだよね? 少なくとも岩倉栄子は『私』になっているわけではないようだ。だってここで和倉惇子という女の子はとっくに死んでもうこの世にいない人だということになっているから。
だったらもしかして逆に、あっちの世界では岩倉栄子が存在しないと言うの? それとも私の代わりに子供の頃から死んでいるということに? そんなの絶対もったいないよ! 世界の損失だよ。こんな美少女が死ぬくらいなら私みたいな平凡な女の子が代わりに死んだ方がましだ! だからきっとこっちの世界の方が正しいかもしれないよね? いや、そんな言い方だと結局私は自分で自分の存在を否定するっていうことになるんじゃないか。これはなんか悲しいよ。でも実際に私と岩倉栄子は全然レベルは違うよね。同じ女の子であるはずなのに、何よこのチート美少女? そう考えたらなんかムカつく!
「お姉ちゃん、どうしたの? こっちをジロジロ……」
「あ、いや……」
今つい惇未の……いや、彼女の体を見ながら長い考え事をしてしまった。駄目だよね。あんなに女の子の体をジロジロ見るなんて。でも今は別に嫌らしい目で見たわけじゃないよ。確かに今まではそうだったかもしれないけど、今これが惇未だとわかったからもう……。そうだよ。彼女は……いや、彼(?)は私の弟だ。私の大切な家族だ。
てか、今『お姉ちゃん』と呼んでくれたね。やっと信じてくれたようだね。よかった。
「でもね、今の姿で『お姉ちゃん』と言われてもなんかね……」
奇妙な気分だよ。大体お互いの性別が逆になっているし。
「まあ、そうだよね。僕の体だから、やっぱり違和感ある」
「まあ」
これはなんか私が弟の体を奪ってしまったみたいじゃないか? なんか最悪感が……。でも別にわざとじゃないよ。確かに私は『惇未になりたいよ……』とか考えたことがあるけど……。あ、これってまさか本当にその所為? でも全然そのつもりじゃないよ。本来ならあり得ないことであるはずだから。今のはなんか神様は勝手に……。神様よ、何ってことをやってくれたの!? いや、でも神様の所為にしていいのかな? 大体神様って実在するの? 確かにアニメならよくあるかもね。アニメでは神様はトラブルメーカーでわざと主人公たちに迷惑をかけて楽しむということさえある。でも現実は……。
「おい、お姉ちゃん!」
「あ、ごめん……」
つい考え事で夢中になってしまった。これは昔から私の悪い癖だよ。
「やっぱりお姉ちゃんだな。こんな風に考えことしたら周りを忘れるところはそのまま」
「うっ……」
よく言われていた。ご尤もだ。さすが我が弟。
「とりあえず、これでよかったね。お姉ちゃん!」
そう言って、惇未は私に抱きついてきた。これはなんか姉弟の再会の感動シーンみたいだね。……って、ちょっと待って!
「なんで姉ちゃんは固まってるの? いつもならお姉ちゃんの方から抱くことが多いのに」
抱きつかれて緊張しすぎて動かなくなった私を見て惇未は不思議な顔をした。
「あんた、今自分の体を見ろよ!」
「体? あ、そうか」
今惇未は美少女の体になっているのだ。その一方私は男の体になっている。こうやって抱きつかれると当然こうなるよね。
「……まさかお姉ちゃん、今興奮した?」
「うっ……」
中身は女だけど、今体は男だ。生理現象は逆らえない。そもそも中身で考えても異性であるということは変わらないからね。
でも何となくわかってきた。なんで男の人はあんなに美少女に惹かれてすぐ理性を失うのかって、確かに実感した。男なんてちょろすぎるよね、って私はいつも考えているけど、まさか自分自身があんな男になるとは思わなかった。
でも今こうやって抱かれて本当に気持ちいいよね。柔らかい体で、しかもなんかいい匂いがする。服越しだけど、胸も当たっている。美少女の……。控えめだけど、少なくとも私(惇子)みたいなぺったんこではない。膨らみの存在を主張している。
「って、いつまで抱いているつもりなの?」
「もう少しでいいかな?」
このやり取りはなんかデジャヴュだ。なぜなら今私の言った台詞は昨日私に抱きつかれた惇未に言われたのと同じだ。今逆になっていない? どうしてこんなことに?
「って、ここは家じゃないんだから、この辺にしなさいよ!」
周りの人に見られている。今私たちは道路を歩いている途中だから。この辺りに人は少ないとはいえ、誰もいないわけではない。
「あ、ごめん。僕は嬉しすぎて、つい……」
「いや、まあ大丈夫だ」
実は抱かれて嬉しくてまた抱いてもらいたいとか考えてしまったけど、言わない方がいいかもね。それに男の体って、興奮するとあれだよね。不本意だ……。
「てか、何これ、お姉ちゃんの反応が意外と面白い。あはは」
「……」
惇未はこんな私を見てニヤニヤ笑っている。なんか今私の方がからかわれているようだ。いつもなら逆なのに。
「とにかく、今家に行くんだよね? 早く行こうよ。詳しい話はその後でいいじゃないか」
「そうだね。わかった」
そして私たちは家へ向かって歩き続ける。その間、惇未は自分に起きたことについて語ってくれた。
その物語のタイトルは『あさおん』だった。