05; ↘ 一顧傾城 ←
超絶美少女高校生がこの教室の中に入ってきた。白い肌で、整った顔。背中の真ん中までくらい伸びた艷やかで美しい黒髪はポニーテールにしている。背も随分高くて凛々しく見える。170センチくらいあるだろう。ボクよりずっと高い。着ているセーラー服の制服もめっちゃ似合っていて、彼女の魅力をもっと強調してしまう。そしてその服の下に小さめでちょうどいいくらいの膨らみ。
何これ、このボク好みの美少女は! つい見惚れてしまうじゃないか。
いやいや、ボクとしてはそうだけど、私としての感情もちょっと混ざっているようだ。今『何この女、こんな美貌はチートすぎる。きっと男からチヤホヤされる。羨ましい』っていう嫉妬気味な感情が混ざっている……。
でも今体は男だから、もちろん彼女を見て快感の方がずっと大きい。何せボクはつい彼女に惚れてしまったかも。
その瞬間『男ってちょろいね。あんなチート美少女は絶対怪しい』という私の心からの文句も聞こえてきたボクは無視しちゃった。何これ? 今の状況って本当に変な気分だ。まるで頭の中で2つの人格が対立しているような……。どっちも自分なのに。
仕方ないでしょう。確かに可愛い子を見てすぐ惚れてしまうのは男というものだよ。ってことは……やっぱりボクの他にも男子生徒の視線はほとんどみんな彼女に向かっている。何を考えているか大体わかる。同じこと考えたらここは戦場になりそうだ。これから奪い合いが始まるという予感が湧いてきた。きっとライバルはいっぱいになりそうだ。
そしてああなってしまったらボクなんか絶対勝ち目はないよね。彼女より背が低いし……。悲しいことに、自分と彼女は全然釣り合わないという自覚がある。
いやいや、私から見ればボクも魅力的だよ……という私からのツッコミも入ってきたけど、今の自分のことだからなんか微妙な感じだよ。大体あれは私がショタコンだからだ……とボクだってわかっているから、結局あまり慰めにならない。
それより、そんな美少女は今なぜかこっちに視線を向けているようだ……。そして彼女の視線はどうやらボクの目の前に止まっている。
まさか彼女がボクを見つめているの? この女は私と同じショタコンだとか? いやいや、誰がショタだ? 別にボクはもうショタじゃないし! なんか今もまた自分の中の私とボクはぶつかり合ってしまっている。なんか疲れた……。
現実を見ろよ。どう考えても彼女がボクのことに興味を持つなんてそんなことあり得ないよね。ただボクの自意識過剰だよ。
と思いながら、今ボクはつい彼女と目が合ってしまった。
「……っ!」
そして当然、緊張してしまったボクは反射的にすぐ目を逸らしてしまった。なんかボクにとって彼女の存在は眩しすぎるようだ。
とりあえず、気にしないで、無視しておこう。しばらく意識しないようにするよ。
……と思っていたけど、やっぱり無理だ。なぜか彼女が座った後も、何度もボクの方に視線を向けてきて、微妙な顔をした。
クラスの担任先生が入ってきて、短いホームルームが始まった後でもまだ時々何度も彼女の視線を感じていた。視線が合ったらボクの方から目を逸らしてしまったから、具体的にボクのどんなところが見られたか、何秒くらい見られたか、よくわからない。でも確かに彼女はボクを見ていた。気の所為なんかじゃない。
とは言っても、その視線は別に笑顔や恋する乙女みたいな感じではない。むしろ怪しい人を見るような目でボクを睨んで警戒しているようだ。
それはそうだよね。あんな美少女が自分に思いを寄せるとか、自惚れも程々にしてよ。
でもなぜボクが彼女に警戒されているの? ボクは全然彼女に見覚えはないよ。全然記憶にない。
そもそもあんな美少女がこの町に存在していたら、一度くらい見かけてしまうと忘れるはずがないよね? もしかして彼女は人間界に初めて舞い降りてきた天女かな? いや、そんなの大袈裟だよな。でも確かに元々この辺りの子ではないという可能性が高い。ならボクとの知り合いではないはずだ。ならもしかしてボクは無意識に何か嫌われそうなことをやらかしてしまったのか?
まさか今彼女の頭の中で『何このちび、わたくしと同じクラスにいるなんて身の程知らず百年早いですわ』とか? いや、ああいう『悪役令嬢』みたいな考え方は彼女には絶対似合わないよね。気品があるとは思うだけど、お嬢様っぽいというほどの感じでもない。
その後はみんな体育館に行ってあっちで入学式が行われた。そしてどうやら入学式の途中でも、彼女は時々ボクを眺めていた。美少女にそこまで注目されるのは嬉しいことかもしれないけど、その視線は絶対いい感情を込めて見ているのではないよ。
結局今でもボクの頭の中で彼女のこといっぱいだ。朝から私の記憶が混ざってずっと混乱の所為で変になってしまっていたけど、今もう彼女のことの方が気になっている。『私』の存在はどんどん頭から消えていくような気がする。
そして体育館のイベントが終わった後、生徒みんなはもう一度教室に戻ってきた。
次はやっと自己紹介の時間だ。これも出席番号の順で行われるらしい。ボクの出席番号は後ろから2番目だから、ボクの番になるまではしばらく時間がかかる。
だけど彼女は2番目のようだ。1番目の粟崎さんの自己紹介はすぐ終わって、次は彼女の番だ。そろそろ彼女の名前もわかってしまうと思ったらちょっとドキドキする。
「岩倉栄子です」
彼女は席から立ち上がって自己紹介を始めた。やっぱり声がすごく可愛い。立っている姿も気高そう。どこから来たお姫様なの?
その質問の答えは彼女の次の言葉で判明した。
「ワタシは愛知県からこの辺りに引っ越ししてきたばかりです」
やっぱり、県外から来た人だ。同じ中部地方にあって距離的には遠いというほどではないけど、愛知県とここ北陸地方の石川県とは反対側の海だよね。しかも山脈で隔てている。きっとあっちの方はこっちより都会だろうね。なんでここに引っ越ししてきたの? ここは別にド田舎というほどではないけど、金沢みたいな中核市でもないよね。
でもそんなことより、『引っ越ししてきた』ということは、つまりここで元から彼女……岩倉さんの知り合いは一人もいないよね。なら見覚えがないのも当たり前のことだ。
それにしても、名字はなんか似ているね。『わ』の前に『い』が付いただけで出席番号は逆になってしまう。でもそのおかげで今ボクの席がこんなに彼女から離れている。それはむしろ助かったかも。近くにいたらきっと一段とまずい空気になるだろう。
その後しばらく経ったらようやくボクの番が訪れた。
「和倉惇未です……っ!」
ボクが立ち上がって自分の名前を口に出したらものすごく冷たい視線を感じる。あの子……岩倉さんからだ。
自己紹介しているから今ボクが見られるのは当然だと思うけど、彼女の今の視線はなんというか……まるで何かボクに不満や疑問を抱いているような感じだ。『あなたみたいな愚民なんかなんでわたくしと一緒のクラスにいますの?』と言わんばかりだ。
ちなみに彼女のこんな態度はボクにだけ向けているようだ。他の男子生徒が自己紹介した時に彼女は別に特に興味を示したわけではない。
理由はよくわからないけれど、どうやら初日からボクは美少女から敵視(?)されてしまっているようだ。これからの高校生活は心配だ……。
ちなみに名字の由来ですが、実は『和倉』は石川県にある地名で、『岩倉』は愛知県にある地名です。