04; ↘ 彼女と彼 ←
学校に着いた後、まずボクは自分のクラスを確認してみた。
「1年A組か」
自分の名前が見つかった。ついでに他の人の名前もちょっと調べてみた。中学からの友達は数人いるね。この高校には同じ中学校から来た人は少なくないようだ。もちろん、それは私……和倉惇子の友達ではなく、ボク……和倉惇未の友達のことだ。だから当然同性……つまり男の子の方が多い。女友達もいるけど、ボクは特に仲がいいと言えるほどの女友達がいるわけではないね。
異性の友達はやっぱり作りにくいものだよね。そういえば、私も特に仲のいい男友達なんていないよね。私としては2年間ずっと女子高生をやっていたが、異性との恋愛経験はまだゼロだ。でも『弟さえいればいい』と考えていたから、別に彼氏なんて欲しいわけではない……と思う。多分。
それより、今の体は男だから、『彼氏』なんて想像するだけでなんか頭おかしい。確かに私の記憶の中で自分がショタコンで、可愛い男の子を見たらドキドキしてしまう……ということは覚えているけど、今はあまり実感がないよね。
もちろん、男のボクとしては普通に女の子が好きで、彼女が欲しいよ。男の子と付き合うことなんてまずは絶対にない。たとえ女の私の記憶が入ってきたとしても、身体は男だから今精神もほぼ男だ。まあ、もし私は腐女子だったらそんなのもありかもしれないけど、実際に私は全然そうではないよね。
でも結局私という存在の位置づけはどうなの? 今のところその存在はただ記憶の中で……つまり単なる情報しかないのか? いや、情報だけじゃなく、あの時の感情も覚えているよね。今体は違うからちょっと実感しがたいかもしれないけど、確かに女の子としての気持ちや思考は頭の中に残っている。女の子のあれこれのこともよく知っている。
女の子だから体力が弱くて常に周りの男たちに警戒心を持っていることとか、女の子は毎月アレが来て体の調子が悪くなることとか、トイレで用を足す時はいろいろ面倒くさくて男の子より大変であることとか。どんなことをされたら喜んだり満足したり興奮したりすることとかもね……。
いやいや、そんなのは変だ! 今は男なのに、あんなことまで理解できたり想像できたりするなんてやばくない? なんかちょっとやばい気がする……。こんなことを知っても絶対人に言ってはならないんだよね。白い目で見られちゃいそうだから。
もしかして私は……ボクはこのままではやばい男になってしまうのではないかな?
でも……ちょっと待ってよ。そんなことはないはずだよね。むしろその逆じゃないかな? だって、女の子の感情や生き甲斐をよく理解しているってことは、つまり女の子を傷つけるはずがない、優しくて気の利く紳士になれるよね。そう考えてみたら、今ボクは私の思い描いていた理想的な男になってしまうんじゃないか。確かに楽観的に考えてみればそうだろうね。そうなんだよな。今こそ理想的な男の子が存在すると証明する時だ。目指そう! 我乍らこんな……。
「……」
いや、待って待って待って! 自分でそう考えてもただの自惚れやナルシシストしかないよね。アニメではあんな男キャラは確かにモテるよりも、周りの人から呆れられて避けられるタイプの方が多いし。なんか今自分の考えていたことは恥ずかしい。今すぐ頭を壁にぶつけて記憶を消したいくらいだ。でも今ここでこんなことしたら不審者や問題児だと思われるよね。入学式から周りの生徒に悪い印象を与えてしまうのはよくない。ああなってしまったらむしろ女友達から遠ざかって、彼女を作ることもただの夢……。
って、実際に今ボクが廊下の壁に頭をくっついているらしい。いつの間にか? 実際にぶつかったのではなくただ縋っているだけだが、生徒は入学式寸前に学校の廊下の壁で何をするつもり? ……とか変に思われちゃいそうだ。
「君、大丈夫?」
「……っ!」
誰かの声が聞こえてきた。中年の男性だ。多分この学校の教師だろうね。見つけられたのは生徒同士ではなくてよかった。
「はい、えーと、ちょっと具合が悪くて」
「頭痛か目眩か? 保健室に行くかい?」
今先生に心配かけてしまったよね。ごめんなさい。
「いいえ、もう大丈夫ですから。ありがとうございます」
「君は新入生だよね? 自分のクラスを調べたのか? 早く教室に行きなよ」
「はい、わかりました」
幸い、ただ具合が悪いという口実は通用してよかったね。別に嘘ではないよ? 実際に今頭の中はぐちゃぐちゃになっているのだからね。
自分は今勝手にいろいろ妄想してしまったね。そんなことより、早く教室に行かないとね。あ、あっちだ。やっと自分のクラスの教室に着いたか。次は中に入って自分の席を探す。
今日は朝からいろいろあって、結局かなり遅く学校に着いたから、ボクが教室に入ってきた時にはすでにいっぱい生徒が入っている。
クラスの中に男子も女子も同じくらいいるね。女子はほとんどボクより背が低いようだけど、ボクより高い人もやっぱりいる。男子は……やっぱりボクより低いのはいなさそう。なんか悲しい。身長のことを気にする男の子の気持ちは今の私でも実感できてしまった。弟にこんなことでからかうのはもうやめよう。っていうか、その弟って今のボク自身だけどね。やっと私の好み通り低身長な男の子になれたのに、今なんか複雑な心境だよね。
それにしても席は出席番号の順で並んでいるか。自分の名字は『わ』だからいつも最後だよね。名字を変えたくなるよ。でもそんなの難しいよね。女だったら結婚したらすぐ変えられるけど、今は男だし。いやいや、そもそも学校のことだから結婚とか考えても意味がないよ。
幸い、このクラスでボクの番号は最後ではないようだ。後ろに『渡部』っていう男子生徒がいるから助かったな。
ボクは席に着いた。やっぱり窓際で一番後ろから二番目か。これはアニメだったら主人公がよく座る席だよね。ならこれから始まるのはラブコメか? それとも異能バトルとか? ボクとしてはただの普通にありふれたほのぼの日常だけでいいと思うんだけどね。
でも考えてみれば今日の朝から今までボクの境遇はもうすでにアニメっぽいよね。これから何かとんでもないものが出現してきたとしても、もうおかしくないかも。そう考えたらやっぱりいろいろ覚悟しておかなければならなさそうだ。
「あ、よかった。黒板よく見えそう」
と、ボクの後ろの席の男子……確かに渡部って名字……は、ボクを見た途端そう言った。今の台詞はボクがちっちゃいから視界の邪魔をしないと言いたいようだよね! 初対面ではまず挨拶や自己紹介の方が先でしょう?
ボクは席に座ってから、教室の中で周りを見渡してみた。生徒はほとんど揃っているようだ。時間はもうすぐだからね。
その時ちょうどギリギリの時間で教室に入ってきた女の子が現れて、ボクの目を奪ってしまった。
ボクの視線は彼女の方に行ってそのまま止まっている。彼女から目が離せない。別に彼女は何かおかしいわけではない。会ったことがある知り合いと似ているわけでもない。
ただ彼女は……今まで見たことないくらい頗る付きの美少女だから。
まさかこれって巷で噂の一目惚れってやつ?