03; ↘ 考え込み ←
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
ボクは家から出て、学校に向かって道を歩いていく。
高校は家から歩ける距離だから、徒歩で通学する。これからボクは毎日この道を通るだろう。
でも実は私はずっと2年前から毎日通っていたよね。もう高校3年生だから。
やっぱり、今でもまた私の記憶が重なってきた。いろいろ考えてみたけど、結局あれはきっとただの夢ではないよ。
朝からこの記憶は全然自分の頭から消せない。というより、絶対に消してはいけないような気がする。ただの妄想だと認めて忘れてしまったら私の存在が本当に消えてしまうかもしれないから。
「私……和倉惇子は実在するよ。私は幻なんかじゃない……」
と、口に出して呟いたけど、当然これは私の声ではなく、ボクの声だな。
それにしても、やっぱりこの道って実際に私は毎日歩いていた……そう感じている。いろいろ私の記憶の中とは一致している。この十字路を通ったら右側に美味しいパン屋と駄菓子屋が並んでいることとか、左側はあまり関わりたくない酔っぱらいおっさんの家であることとか……。ほら、今日あのおっさんも家の前で倒れている。酒臭い。いつもみたいに無視しよう。
こんな風に私の記憶にある情報の通りそのままだ。だからこの記憶は絶対にただの妄想なんかじゃないよね。少なくともボクの記憶だけではこの通学路についてそこまで詳しく知るはずがない。
まだ漠然としてはっきり事情が掴めていないけれど、今のところ私とボクの知っていることをひとまず纏めてみておこう。
まず、自分の中に2つの記憶が混在している。
一つはボク……和倉惇未としての記憶だ。これは間違いなく今現実と完全に一致している。
しかしもう一つは姉の私……和倉惇子の記憶だ。これも現実に近いけど、いろいろ外れている。
具体的にどこが噛み合わないのか、ここでも一つずつ考えて纏めてみよう。
第一、私の記憶の中で、自分が惇未ではなく、惇未の姉である惇子だ。でも実際に今私……ではなく、ボクは惇未だ。しかも『惇子』という姉の存在さえ今までボクは知らなかった。
第二、私(惇子)は今まで普通に生きているということ。でもさっきのお母さんとの会話によると、今の現実では『惇子という姉が16年前から死んでいる』って。
第三、私たちは3人で暮らしている。しかし今の家を調べると、実際に2人しかいない。私の寝室であるはずの部屋もただの物置になっている。
第四、本来なら今日私と惇未2人で一緒に学校へ歩くはずだった。でも実際に今ボク1人だけ歩いている。しかもボクもお母さんもそれが当たり前だと思っている。
第五、私は2年前からずっとこの道を歩いて高校に通っていた。だからこの道をよく知って馴染んでいる。でもボクは違う。今自分が本来ボクなら知るはずのない情報をいっぱい知っている。学校のことだって……。
いや、ただ学校のことだけでなく、よく考えてみると余計なことまで様々なことだ。例えば女の子としての生活のこととか、そんなことも全部私の記憶にある。もしただ普通の男の子で、しかも姉がいないボクならこんなの絶対知るはずがない。知ったらやばいよね?
だからきっと私は本当に存在している……。いや、『存在していた』という方が正しいか? とりあえずこの記憶は絶対に出鱈目なんかではない。これだけは断言できる。
さっきからずっと考察していた結果として、考えられる一つの可能性は『平行世界』……『パラレルワールド』というものだ。つまり、もう一つの世界線……『私(惇子)がまだ生きている』という世界線が存在している。そして何かの原因で自分が……それとも自分の記憶だけは、元の世界線からこっちの世界線へ飛び渡ってきた。
「いや、でもそれは違うかも」
確かにこんなことはSFアニメや映画でよくある話だけど、現実ではあり得るかどうかはまだ不明だよね。むしろファンタジーと同じくらい非現実的なものだ。
ましてや、もし本当に平行世界だとしたら、なんであっちの世界で自分はボク(惇未)ではなく、私(惇子)なの? これも説明できない。あっちの方の記憶は全部私としての記憶だ。和倉惇未は自分自身ではなく、自分の弟だ。
もしかしてこれは『憑依』というもの? つまり私の人格(それとも魂と呼んでいいかも?)が惇未の体に乗り移ってしまっている。
でもそうだとしたら、本来惇未だった人格は今どこにいる? 他の誰に乗り移っているの? もし逆に惇未が私になってしまっているのなら、その場合これは『入れ替わり』というものになるだろうね。
しかしここで惇子はいない。だから惇未が惇子になっているわけではない。ということは、どうやら『入れ替わり』という説明はあまり当て嵌まらないみたい。
惇未、一体どこに行ってしまったのか? もう会えないのかな? 確かに惇未は今のボク自身になっているけど、ボクには姉がいないから、少なくとも私の記憶の中の惇未はボクではない。ボクと似ているかもしれないけど、多分ちょっと違う。よくわからない。なんかメチャクチャ複雑で、説明しがたい感覚だよね。
結局どこにいるの? 私の可愛い弟……。私の大好きな惇未……。
惇未は私の自慢の弟だ。今までずっと大切にしている。何というか……惇未は自分の理想的な男の子だと言ってもいいくらい。この子をいい男に育てていきたい……。私の代わりに、自分が女だからできないことをやって欲しい。だから自分の一部みたいに……いや、自分自身みたいに大事に思っている。
時々本当に私自身が惇未ではないかと考えたことさえある……。
「あれ? 『私自身みたい』か……」
今自分の思いついたことに引っかかった。そうだ。私はずっと前から惇未になりたかった。確かにそんなことを考えていたんだよね。
できれ自分こそ男として生きて、自分の思い描いていた理想の中の男になりたい……とまで想像していた。
「まさか……」
こんなとんでもないことを考えたから、私は結局本当に男に……惇未になったと言うのか?
そんなことはあり得るはずがない。なんかアニメみたいだよね。神様みたいな存在の仕業かな? でも別に自分が神社に行ってそんなお願いをしたという覚えはないぞ。いや、そもそもたとえ神様に祈っても簡単に叶える願いであるわけじゃないだろう。
それでも、私自身はそう望んでいた……。この記憶の中の私は本当に惇未になりたかったよね。この感情は間違いないと思う。
でもこれって本来私は私であるという前提で考える仮設だよね。考えてみれば逆な考え方もあり得る。いや、むしろこれはより現実的だ。
それはつまり、『ボクは姉が欲しい』という願望が原因となるってことだ。そして『ボクも女の子になってみたかった』と無意識に考えたことがあるかもしれない。結果として『自分が女の子で、しかも自分の姉である』という記憶がでっち上げられてきたんだ。
「いや、そんなことないよね」
だって私としての記憶はあんなに迫真だから、ただ作り物であるはずがない。少なくとも私という存在だけは否定したくない。
もう一つ考えられるのは『転生』だ。それも普通の転生ではなく、これは『逆行転生』と呼ぶものだ。
掻い摘んで言えば、恐らく私の魂と共に時間が過去に巻き戻って、ボクとして生まれ変わった。そして今朝前世の私の記憶が蘇ってきて、今世であるボクと混同して今のような状態になってしまっているのだ。
でもそれも違うかもしれないね。『転生』だったら普通は『死んだ後』で起こる現象だよね? でも私は自分が死んだという覚えはないよね。いや、でもただ死んだ時のことを忘れただけかもしれないよね。こういうパターンもある。やっぱりわからない。
いろんな可能性について考察してみたけど、どっちが正解なのか? それとも全部外れ? まだ証明できるような方法はないから、結局ただ頭の中で想像することしかできないよね。今のところどうやっても明確な結論を出すことは無理だ。
「とにかく、まずは学校だ」
現実はどうであれ、今和倉惇未は学校に行って入学式に参加する新入生だという事実だけは変わらない。なら今やるべきことは決まっている。いろいろ気になって、早くもっと手がかりを探したいけど、探す場所なんてまだ他に当てなしだ。
むしろ答えは学校で待っているかもしれない。そんな気がする。
考え事をしながら歩いていたら、いつの間にかもう学校に着いた。
「よし……」
とりあえず、普通にボクとして入学式に……。