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02; ↘ 私とボク ←

 「あ……」


 目が覚めたら、今はもう朝のようだ。


 今日は入学式だから、昨日から盛り上がってきてこのまま寝付けないかと心配していたけど、いつの間にか寝落ちしたようだ。


 「よし、今日から高校生活(・・・・)始まる(・・・)ぞ! ……え?」


 なぜか今自分の口から発した言葉の内容に違和感を持ってしまった。


 「別に()の入学式じゃないよ。()はすでに3年生だから。今日は()の弟の惇未(あつみ)の……そう、ボク(・・)の入学式だ」


 あれ? 『ボク』って?


 「ボク(・・)は……、()惇子(あつこ)……だよね? いや、そうじゃないのか? えーと、確かにボク(・・)は……惇未だよね?」


 ボク(・・)は自分の体を調べてみた。やっぱり男の子の体だ。声はまだ変声期前で、ちょっと高めだけど、(まぎ)れもなく男だ。どう見てもこれは和倉(わくら)惇未(あつみ)という15歳の男子高校生の体だ。間違いなく。


 それなのに、なぜさっき一瞬自分が別人……しかも女の子だと思ってしまったんだろう。和倉(わくら)惇子(あつこ)という……17歳の女子高校生で、惇未のお姉ちゃん。


 「姉……?」


 惇未は……ボク(・・)は姉なんているの? いや、いないんじゃないかな? ボクは一人息子(・・・・)で、お母さんと二人暮らし(・・・・・)だよね。ボク(・・)の記憶を辿(たど)ってみればやっぱり別に『姉』という存在なんていなかったよ。


 「でも、確かに……」


 自分のこの奥にもう一つの記憶が存在するようだ。あれはボク(・・)の記憶ではなく、()の記憶だ。()は惇子だ。惇未の姉(・・・・)だ。お母さんと弟の惇未(・・・・)と一緒に三人(・・)で暮らしている。


 「もう、わけわからない!」


 まるで頭の中で『私』と『ボク』の記憶がごちゃごちゃ()ざり合って混沌(こんと)のような状態を引き起こしているみたいだ。どっちが本当の自分なのかよくわからなくなってきた。


 いや、でも確かにボク(・・)は男だよ? 女ではない。少なくともこの体(・・・)は……。そしてここはどう見ても男の子の寝室だ。毎日寝ているボク(・・)の……和倉惇未の部屋。()の部屋じゃない。


 なら答えは決まってるんじゃないか。なぜ女の子の記憶が頭に入っているかわからないけど、ボク(・・)は女の子であるわけないよね。


 もしかしたら、ボク(・・)がいつも『姉が欲しい』とか思っていたから? その所為(せい)でこんな夢を見ちゃって、幻想の記憶が生み出されてきたのかな? つまり結局のところこれはただのボク(・・)の夢だよね?


 いや、でもそれならどうしてこの記憶の中で『自分に姉がいる』というのではなく、『自分が姉である』ということになっているの? なんかややこしいんじゃないか。


 「いや、違う。()は存在するよ! ただの夢なんかじゃない!」


 今出した声は確かに()の声じゃないけど、()の記憶はそう主張しようとしている。自分の存在を否定してしまったらここで終わりという気がする。


 「ちゃんと確かめないと……」


 ()ボク(・・)の部屋から出て、()の部屋であるはずの場所に向かってみた。




 「嘘だろう……」


 ()の寝室……だと思っていた部屋はなぜかいっぱい荷物(にもつ)が置いてある。部屋の輪郭が()の寝室と似て、確かに同じ部屋みたいだけど、どう見てもただの物置(ものおき)で、人が寝るような部屋ではない。


 やっぱり()は存在しないんだ……。


 「いや、まだだよ! まだ!」


 (あきら)めるのはまだ早いよ。そうだ。お母さんと話してみないとね。


 毎日お母さんは朝から朝食を作っておいて食堂で待っている。ボク(・・)が……いや、()()が起きたらすぐ食堂に入って朝ご飯が食べられる。自分の『お母さん』に関することはどっちの記憶でも一致している。


 今日もきっといつもと同じだよね。しかもボク(・・)の……惇未(・・)の入学式の日だからお母さんは普段より張り切っているだろう。




 「おはよう。お母さん」


 食堂に着いたら(あん)(じょう)お母さんが待っている。お母さんの見た目も仕草(しぐさ)も違和感はないね。まずこれはボク(・・)()の記憶の中そのままだ。


 「おはよう。惇未(・・)、今日は入学式なのに、なんか元気ないね? どうしたの?」


 今の悩みは顔に出た? まあ、そうだろうね。起きたら記憶混乱の所為(せい)で、楽しい時間であるはずのこの朝はこうなってしまったからね。


 「ね、お母さん、お姉ちゃんは?」


 まだ不安だらけだけど、まずは勇気を振り(しぼ)って『お姉ちゃん』のことを聞いてみないと。


 「え?」


 ボクの質問を聞いて、お母さんは怪訝(けげん)そうな顔をした。


 「惇未、その『お姉ちゃん』って、誰のことなの?」

 「……っ!」


 やっぱり、お母さんも……。昨日はまだ3人であんなに盛り上がって(はしゃ)いでいたのに。()のことを忘れるなんて(ひど)いよ。あんまりだ。


 お母さんのこんな態度は多少覚悟しておいたけど、実際に忘れられるとわかったらなんかショックを受けたよね。


 いやいや、まだだよ。名前はまだ言ってないから。


 「惇子(あつこ)お姉ちゃんだよ? 知らないの?」

 「へぇ!? 『惇子』って……どうしてこの名前をあんたは知ってるのよ?」

 「え?」


 今のお母さんの反応は予想外だ。なぜかこの名前を聞いてこんなに驚いた。やっぱり何かあるよね……。


 「どういうこと? お母さん……」

 「あんたこそ。なんでこの名前を?」

 「これはボク(・・)()の名前だよね?」

 「まあ、そうだけど……」


 やった! 自分がもう惇子ではないという事実は変わらないけど、少なくとも本当に『惇子』っていう姉が存在しているようだ。


 でもなんかおかしい。ならなんでお母さんの反応はこうなっているの? まるであまりこんなことを話したくないような態度だ。


 「惇未、あんたはなんで死んだ姉のことを知っているの?」

 「え?」


 今『死んだ姉』って言った? どういう意味?


 一瞬頭の中は真っ白になった。


 「私はあんたに言ったことないはずよね。ずっと前から亡くなった姉のこと」

 「……っ!」


 どういうこと!? 亡くなったんですて? しかもずっと前から? つまり惇子という姉は確かに存在していたけど、もうこの世にはいないってこと? だからボクの記憶の中には姉という存在がないっていうこと?


 「亡くなった? どういうこと? いつ?」

 「あんたが生まれる前からよ。もう16年か」

 「へぇ!?」


 ()って本当は死んでいる人なの!? いやいや、そんなの絶対おかしい。これは明らかに()の記憶とは全然違う事実だ。()の記憶の中では()が確かに今日まで普通に生きていた。小さい頃から他界したということなんてそんなの絶対あり得ないよ。


 「ところで惇未、姉のことを誰から聞いたのか?」

 「え?」


 そういえば、お母さんは『昔姉がいた』ということを一度もボクに言ったことがない。だから今ボクは姉のことを知っているのは不自然だと感じているだろう。


 「えーと、実は夢の中……」


 嘘ではない。ボクも今『これはただの夢じゃないか?』という考え方が合理的かもしれないと思うようになってしまった。これは考えられる一つの可能性だ。


 「夢? 本当? どんな夢なの?」

 「()……ボク(・・)()とお母さんと一緒に三人暮らし(・・・・・)……という夢」


 正確にいうと『()()()とお母さんと……』だよね。でもややこしいからこれでいい。全体的に意味は大体違わないから。


 「そうなの?」

 「うん、今日の入学式だってボク(・・)お姉ちゃん(・・・・・)と一緒に行くはず……。そういう夢」


 そう、本来なら()()と一緒に学校に行くはずだ。


 「不思議だよね。でも確かにもし惇子がまだ生きているのなら、今はもう高校3年生で、あんたと一緒に高校に通うだろうね」

 「そうか……」


 今お母さんの言ったのはただ『もし……なら』だ。つまり現実ではない。でも()の記憶ではこれは間違いなく現実だ。逆に考えれば、むしろここは『もし私が16年前から死んだら』ということが現実である場合の『現在』だ。


 こんな話はどこかで聞いたような気がする。えーと……、これってもしかして、『平行世界』……? 『パラレルワールド』ってやつ!? つまり『もし惇子がまだ生きている』という世界線と『惇子が死んだ』という世界線が別々に存在するってこと? いや、そんなものは実在するのか?


 アニメでは『パラレルワールド』だと思いこんで実はただの思いこみや夢だというオチになるものもあるよね。今の状況も『ただの夢』だという答えの方がずっと簡単だ。


 ということは、これはただのボク(・・)の夢なのかな?


 「でも、あんたは本当に姉のことを誰から聞いたわけではないのか?」

 「ない……はずだよ」


 少なくともボク(・・)の記憶の中では『お姉ちゃん』や『惇子』という名前が一度も出たことない。


 「お母さん、なんで今までボクに言わなかったの?」

 「別に秘密にしていたいわけじゃないわよ。ただ言う機会がまだなかっただけよ。あまりいい話ではないからね。こんな悲しい話、必要なければわざわざ子供に言うことじゃないよ」

 「そうか」


 これも一理がある。だからボクは本来ならこの事実について知るはずがないってこと?


 「ならやっぱり不思議だね。聞いたことないのに、夢に出るなんて」

 「これは本当にただのボクの夢なのかな?」

 「もしかして朝起きたら記憶の混乱とか起きたのか? まあ、これはよくあることよ。私だってそう。人は『もしあの日が……だったら』とか後悔して思い悩んでいたら、そんな例え話が勝手に夢に出て現実と混同(こんどう)するって。でもそれはただ頭の中に浮かんできた空想(くうそう)に過ぎないのよ」

 「空想……。そんな……」


 そんなことないよね? ないはずだよね?


 「惇未、今日は急にどうしたのよ? 楽しい入学式の日になるはずなのに、こんな暗い話は……」

 「そう……かもね」


 もし()の記憶はただの夢幻(ゆめまぼろし)だとしたら、そんなことをすぐ忘れて、何もないようにただ入学式に参加して楽しむはず。


 それならいっそこの()の記憶がないように頭から消して、普通にボク(・・)として今日という愉快な一日を過ごした方がいいのでは?


 「とにかく、早く朝ご飯を食べて。入学式は遅刻しちゃうから」

 「そう……だね」


 お母さんの言った通りだな。でも本当にこれでいいのかな?


 まだ不安を(かか)えたまま、ボクは朝ご飯を食べ始めた。


主人公は記憶混乱の中で、物語が進んでいくと自分に対する認識はぐるぐる変わっていくので、一人称は『私』と『ボク』とちらかはその時の状況によって違ってきます。


この作品前作の『百合ボクっ娘ㄋ世界線』( https://ncode.syosetu.com/n2898gx/ ) を彷彿とさせるところもありますが、全然関係ありません。

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