12; ↘ 噛み合い ←
「ボク(私)って、あんなに怪しい人っぽいのか?」
惇未からボク(私)と再会した時までの経緯を聞いて、その話の中でどうやら擦れ違いばかりだった。お互い様だから気持ちはわかるけどね。でも自分があんなに警戒されていたとはね。ちょっと傷ついたかも。
「だって、お姉ちゃん、あんな反応だからね……」
「あれは、ただあんたが美少女だから緊張しただけだ」
不本意だけど、理由は本当にそれだけだ。この美少女の正体は自分の弟だなんてこれっぽっちも疑っていなかった。
「中身は惇子お姉ちゃんなのに?」
「身体は男だから仕方ないよ」
「そうだったね。今お姉ちゃんは僕だから、好みは僕そのままだよね。つまり岩倉栄子の体そのもの」
「まあ……」
面目ない。中身の正体をわかった今でもやっぱりこの理想的な美貌に魅了されたままだ。
「じゃ、今も抱いてみたら、興奮する?」
「……っ!」
そう言って、惇未はこっちに近づこうとしたが、私はすぐに後退りして避けようとした。
「なんで逃げるの? 嫌なの?」
「べ、別に嫌なわけないじゃん。でも……」
こんな美少女に抱かれたらきっと気持ちよくて有頂天になってしまいそうだけど、やっぱり今のは駄目な気がする。
「何それ? やっぱり今のお姉ちゃんの反応は面白すぎる」
「あんた、今わざとからっているのか!?」
今惇未は私で弄んで楽しんでいるようだね。これはあまりにも不覚だ。なんか今までとは立場が逆転みたいで、悔しい。
「僕から逃げられると思う?」
「……」
もう私の背中が部屋の壁に当たった。ここはただ狭い寝室だから、すぐ追い詰められちゃうよね。でも部屋から逃げたらもっとまずいかも。お母さんに見られてしまうから。
「どん!」
惇未はドンと壁に手を当てた。今のってアニメでよく見た『壁ドン』!? でもこの技は普通なら『男性から女性へ』だよね? これはなんか逆じゃない? まあ、確かに中身は本当に男の子で間違いないけど。
「こんな風にお姉ちゃんが追い詰められるのは初めてだ」
「あんた、今はお返しのつもりかよ!?」
「そうかもね。うふふ」
「弟よ、なんかキャラ変わってない?」
うちの弟は、本来こんなに積極的であるはずがない。
「お姉ちゃんもね」
「まあ、確かに……」
今の人格は半分くらい惇未そのものだからね。惇未だって、今半分は岩倉栄子だから、こうなっているよね。
「やめて……」
「本当に僕はこのまま手を引いていいの? お姉ちゃん、本当はこうされて嬉しいはずなのに」
「なんでそんなに自信あるの!?」
確かにそうだけど、全部見抜かれるとはあまりにも悔しい!
「だって、今お姉ちゃんは僕の体だよね。そして僕はこんな好み通りの美少女になっているから」
「確かに……」
考えてみればあっちはこっちのことをよく知っている。私のこともボクのことも。それに対し、私は惇未のことならわかっているけど、岩倉栄子のことを何も知らない。こんなの不利すぎる。完全に玩具にされている。
「でも『美少女』って自分で言うか?」
「そうだよね。元の岩倉栄子なら自分が美少女であることをあまり自覚していないし」
無自覚系美少女か。確かにアニメではこういうタイプの方が萌だよね。
「じゃ、今のは……」
「今は僕としての感想だよ。今この体は自分のことになっているから、自分で自分を褒めるということになるみたいで、複雑な感じだけどね」
本当に複雑でややこしいよね。まったく……。そういえば私も同じような感じだ。大好きな弟の体になれて嬉しいけど、このままナルシシストになっちゃいそうで駄目な気がする。
てか、惇未の顔はどんどんこっちに迫って近づいてきて……。何をするつもり? まさか、接吻!? 本気なの? ちょっと、これはなんかまだ早すぎだよね。確かに心の中でボクはそう望んでいるようだけど、今の理性はまだ残っているよ。
「惇未、いい加減にしなさい!」
「お姉ちゃん、声大きすぎる。お母さんに聞かれちゃうよ」
今の台詞は囁いたような小さい声だ。しかもなぜか色っぽく感じる。
「誰の所為だと思う!?」
「あはは、そうだよね。僕もやりすぎたかも。悪かった」
やっと解放してもらった。助かった。でも同時に、こんなにあっさりと手を止まってくれて残念って気持ちもある。
「お姉ちゃん、今『すごく残念』って感じだよね? やっぱり続けて欲しい?」
「……っ!」
やっぱりからかわれている!
「あんた、全然反省していないね!」
さっきまで迫ってきたこの妖艶な顔は今遠ざかったけど、ニヤニヤ笑った顔ははっきり見える。
「このままでは話が進まないよ」
「あ、そうだね。僕はつい遊びすぎた」
やっぱり今惇未は私で遊んでいた!
「美少女は軽々しく男の子に接近するじゃない!」
この子、なんか美少女としての自覚はまだ足りないようだ。
「その言葉、そのままお姉ちゃんに返すよ」
「なんでだよ?」
「今までお姉ちゃんも僕に同じようなことをしていたよね?」
「あんた、やっぱりお返しするつもりか!? てか、姉弟だからいいんじゃないか」
「そうかもしれないけど。なら今僕はもうお姉ちゃんの弟じゃないっていうの?」
「いや、そうじゃないけど、体的には……」
中身は姉弟だけど、身体は全然血の繋がっていない男女だよ。たとえ中身は血の繋がった自分の弟だと理解していても無理!
「それに、そもそも私は別に美少女じゃないし!」
私和倉惇子はただの凡人だよ。それに対し、今のあんたは……岩倉栄子は紛れもなく美少女だ。私と全然次元は違う。
「なぜ違うと思うの? お姉ちゃんって自覚ないよね」
自覚ないって? つまり私も実は無自覚系美少女だったの? 本当? いやいや、こんな都合のいい解釈はまずないよね。
「私が『美少女』って言うのはあんただけだよ。家族だから贔屓しているでしょう」
きっとそうだろうね。そんなことくらい私だってわかっているよ。
「え? そ、そんなことは……ない……よ?」
惇未、なんでそう言いながら自信なさそうに目を逸らすの? 否定するならもっと胸を張って言えよ! いや、この話はやっぱりもういい。
「あんた、今自分が美少女になって喜んですごく調子に乗っているでしょう?」
「うん、確かにそうだね。こんな理想の姿」
「まさか、惇未は自分より背が高い女の子が好みだとはね……」
こんなの普通の男の子とは違う好みだよね。いや、私だってショタコンだからあまり他人事言えないかもね。
「いや、別にそんなことないよ。ただ身長の差が大きすぎるとなんかよくないと思っているだけ。だから自分と同じくらい高いのがいいなと思って。そもそも僕は170センチくらいになる予定だし」
「なるほどね」
でも結局自分は162センチしかないじゃないか。いや、まだ成長の途中だから結局わからないかもね?
「それにずっと前から僕も女の子になりたいとか思っていたよね」
「え? 本当なの? 初耳だけど」
「確かにこんなこと僕はお姉ちゃんに言ったことないからね」
「……」
これも私の知らない弟のもう一面だ。そんな欲望があるなんて意外だ。
「でも待って。それが本当だとしたら今の私……ボクも同じことを考えていたでしょう?」
「あ、確かにそうだよね。今お姉ちゃんは僕だから」
「だったら変だよ。『女の子になりたい』とかそういう考えは、こっちにはまったくないんだけど……」
「え? そんなはずが……」
惇未は不思議そうな顔をした。
「昨日までのボクの記憶を辿ってみても、ただ『お姉ちゃんが欲しい』とか考えたことがあるけど、自分で女の子になりたいとかそんなこと……確かに考えたことがないね」
「それこそおかしい。『お姉ちゃんが欲しい』って僕は考えたことないよ。そもそもお姉ちゃんがいるから」
「でもこっちのボクは姉がいないよ」
家の事情はボクと元の惇未の決定的な違いだ。これはないもの強請りだよね。
「あ、なるほど。そうかもね」
どうやらこっちのボクとあっちの惇未の人物は、完全に同じではなく、多少食い違いがあるようだな。
そもそもこっちは一人っ子として育ったのだから、お姉ちゃんがいるあっちとは多少違うところがあってもおかしくない。
「でも好みは合っているだろう?」
「そうだね。それはちょうと今のあんたの姿」
「あはは、確かにそうだ。自分でも驚くくらい今は好み通りだ」
好きな女のタイプは共通のようだ。これは姉の有無に関係ないことだからかも?
「まさか、願ったりしたのか? 『自分好みの美少女になりたい』とか?」
「うん……確かにそう願ったことがあるね。でもただ頭の中だけだよ」
「もしかして、願ったから叶ったんじゃ?」
「え? そんな……。まさかね。別に神社とかで神様に教えたわけじゃないし」
「神様なら何でも知っているのでは?」
これは神様の仕業かどうかまだわからないけど、やっぱり今惇未が美少女になったのは自分の望んでいたことだ。だからすぐに受け入れられる。
「ってことは、お姉ちゃんってやっぱり僕になりたいの?」
「あ、それは……まあ。でもこんなこと、私は言ったことないはずだけど」
「確かにないけど、お姉ちゃんの今までの行動から見ればバレバレだよ」
「そんな……」
これはずっと私の心のなかに抱えていた願望だ。私は弟のことが好きで、いつも大切にしていた。自分自身みたいにね……。でも同時に『自分自身じゃない』とわかっていたから、今までずっとそばにいて見守ってくことしかできない。
だけどこの先ずっと一緒にいるわけにはいかない。いつか弟も好きな女の子ができて、遠い場所に行ってしまう。そう考えたらなんか寂しい。
だから『本当に自分自身だったらいいのに』って私は思ってしまった。
「まさか、お姉ちゃんは僕になりたいとか思っていたとはね」
「あはは、バレてしまったらしょうがない。幻滅しないの?」
こんな駄目な姉でごめんね。
「そんなことないよ。なんかお姉ちゃんらしいよ。それに他人になりたいという考えはやっぱり僕もあるから」
「でもあんたが美少女になりたがっていたってことは私にとって意外だ。まあ、別に悪いとは思わないけど」
「じゃ、お互い様だね」
どうやら今起きたことの原因は、私たち自身の念願のようだ。
理屈はまだよくわからないけど、お互い今の状態で満足しているようだからこれでよかったと思う。多分ね……。




