10; ↘ おかえり ←
「って、誰がぺったんこよ!」
さっき惇未の『あさおん』の話を聞いたら『ぺったんの惇子お姉ちゃん』という人物は話に出た。言うまでもなく、あれって私のことだよね! てかこんなに詳しく語る必要があるの? 自分が鏡の前で興奮したこととか、胸の話とか……。
まったく男の子って……。と、言いたいけど、今自分の方が男になっているから、ダメージを受けるのは自分自身だよね。
「あ、今僕はつい喋りすぎてしまったね」
惇未が苦笑いをした。
「あんた、なんかどさくさに紛れて自分の姉の悪口をしたね!」
「いや、悪口ではない。褒めていたのに」
「……」
もう、だから男の子は……。
いや、今自分も惇未だけどね。だから気持ちがわからないわけがない。しかも貧乳派ってのは同じだ。まあ、同じ和倉惇未という男の子だから、趣味は同じなのは当然か。
でも待って、惇未の好みってこうなの!? そんなこと私は今まで全然知らなかったよ。まあ、確かにある日惇未が私に『僕がお姉ちゃんみたいな貧乳好きだよ』って言ったら、それはそれでやばいかもね。
とにかく、この子はただの可愛い弟だと思っていたけど、やっぱり惇未も男の子だよね。自分の趣味や好みを隠しているのもおかしくないか。
もっと文句を言いたいけど、今こっちも惇未だから、何を言ってもその言葉の攻撃は自分に向かうよね。
この話題はやめよう。今どう見ても明らかにこっちの方が不利だ。
「家、着いたね」
お話をしながら歩いていたら、もう家に着いたから、今の話は一旦終わり。
「でも、今僕が入っていいのかな?」
「あ、そうだよね……」
今ここはもう惇未の家ではない……。いや、実際に『惇未の家』で間違いないけど、今惇未はボク(私)の方で、あっちはもう惇未ではなく、岩倉栄子だからね。なんかややこしい。
「今の僕、もしお母さんに会ったらどんな反応されるのかな?」
「確かにいきなり『僕の方は本物の惇未だよ。女の子になっちゃった』とか、お母さんに言ってもすぐ受け入れられるわけがないよね」
「だよね……」
事情が複雑すぎて、どこから説明したらいいかわからなくて困っちゃうし。今知っていることもまだ断片的だけで、お母さんに本当のことを教えるのはまだ早いと思う。本格的にお話するならある程度事情を把握できた後だ。
「場所、変えようか?」
「でもせっかく家まで来たから。僕も家がどれくらい変わったか気になって知りたい」
「あ、それは……」
実はあまり変わっていないよ。食堂も居間も惇未の寝室もそのままだ。ただ私の寝室(であるはずの部屋)は物置になっているだけ。
「大丈夫。入ろうよ。自分の家なのに入れないなんて辛いよね」
「まあ、確かにそうだよね。ありがとう、お姉ちゃん」
でもいきなり息子が美少女を家に連れてくるなんて、お母さんはどんな反応をするのか? あまり想像できないかも。こっちでボクは女友達を家に連れてきたことはない。あっちの惇未もそうだ。
なんか厄介になるという予感があるけど、まあ仕方ないか。
「ただいま」
「おかえり、惇未。あれ? 友達?」
家に入ってきたらお母さんはすでにボクを待っている。私たちを見ると随分驚いて訝しげな顔をした。
「は、はじめまして……。同じクラスの岩倉栄子と申します。お邪魔します」
今まだお母さんに事情を説明する余裕はないから、とりあえず仕方なく普通にクラスメートとして振る舞わせるしかない。でも自分のお母さんなのに、『はじめまして』って言うなんてきっとどんな気持ちだろうね。
「クラスメートの子? こんな可愛いクラスメートはなんでうちに?」
「ちょっと話があるから」
「話って、まさか……」
お母さんはニコニコした。今何を考えているか……、大体想像できるかも。お母さんから見れば今『息子が初めて美少女を家に連れてきた』ということだから。でも実は全然違うよ。絶対お母さんが考えるようなことはない。後でちゃんと説明しないとね。
「とりあえず、ボクの部屋に……」
「え? 2人いきなり寝室に? 今時の子供って。駄目だよ。早すぎる」
やっぱりお母さんすでにとんでもないことまで考えている。全然違うからね!
「お母さん、勘違いしないで! 変なことは全然何もないからね。そもそもただの友達だから」
そうだよね。今ただ友達として連れてきただけだ。たとえ彼女の見た目は美少女だとしてもだ。
「私はまだ何も言ってないよ? うふふ。でもそうか。わかってるよ。こんな可愛くて素敵な女の子はうちの息子の彼女だなんて、やっぱりそんなことはないのよね?」
「「……」」
今のお母さんの言葉で、ダメージを受けたのはボクだけではなく、その女の子自身も同時にね。どっちも同じ惇未だから。
「じゃ、邪魔はしないから、ゆっくりしてね」
「「……」」
お母さん、今絶対何か期待しているよね? 確かに私としての立場から考えてみれば、いきなり弟が美少女を家に連れてきて、しかも寝室に……。変なこととか考えるのは当然だよね。お母さんもそうだろう。
やっぱり、できるだけ早くお母さんに真実を伝えないとね。勝手にいろいろ思い込んで勘違いしてややこしくなってしまう前に。
「やっぱりお母さんはあまり変わっていないようだね」
寝室に入ったら、2人きりになったら、また話を再開した。
「うん、変わったのは私たちの方かもね」
私がいなくても、お母さんは大丈夫のようだね。そう考えるとなんかちょっと寂しい。
「この部屋もあまり変わっていないよね」
「まあ、惇未の部屋なら、変わってないよ。変わったのは私の部屋だ。今物置になってしまっている」
「そうか。本当に、ここでお姉ちゃんはいないんだね。まだあまり信じられない」
惇未は悲しそうな顔になった。
「私だって、まだあまり信じたくない。でも本当にお母さんは私の存在を忘れているようだ」
「お姉ちゃん……」
「私は大丈夫。惇未の方こそ、お母さんに他人行儀されるのは辛いよね?」
「うん、そうだよね」
やっぱり、お互い大変だね。今つい暗い話になってしまった。
「それより、話の続きをしよう」
「そうだね。じゃ、次は僕が家から出て、お姉ちゃんに会うまでのこと。あの時どうやらいろいろ勘違いや擦れ違いが起きたようだ」
そして惇未は自分の『あさおん』の後の話を始めた。




