01; ↘ 綯い交ぜ ←
「僕、どうかな? お姉ちゃん……」
高校制服に着替えた弟は、どこか自信なさそうで照れ照れな顔をしながら自分の制服姿を私に見せた。
「よく似合うよ! 惇未。やっぱり男子生徒の黒い学ランはかっこいいね」
4月に入って、私の弟……和倉惇未はもう高校生になって、これから私と同じ高校に通うことになる。明日は入学式だから、今惇未は初めて高校制服を着てみた。
「本当かな? お姉ちゃん」
「惇未、なんでこんなに自信がなさそう?」
「だって、身長は……」
「またそのことか……」
惇未は最近身長のことで悩んでいるようだ。ちょっと成長が遅くて中学生の頃は小さくて可愛いショタっ子って感じだった。今高校生になっても、声変わり前の可愛いショタ声のままだ。
それでもそれなりに成長しているから、背は随分伸びてもうショタとは呼べないレベルだよね。変声期ももうすぐだろう。
「な、何? お姉ちゃん、顔は近い」
「じっとしてて」
惇未の顔は赤くなってきた。今私と惇未の顔はお互いの息を感じるほど近いからね。別に弟に変なことをするつもりはないよ。ただ身長を比べるために近づいてきただけ。
それなのに惇未ったら、そんなに恥ずかしがらなくても……。でも照れている顔はやっぱり可愛いよね。お姉ちゃんとしてはこんな反応をされると嬉しいし。惇未も年頃の男の子だよね。私みたいな女の子がこんなに接近したら普通にドキドキするよね。たとえ相手がこんな私だとしても。
自分で言うのも何だが、私……和倉惇子はあまりにも平凡で女子力も低めであまりモテない女子高生だ。髪はただ首元くらいまでの長さのボブカットで地味な黒髪。身長だけは一応普通の女の平均値くらいまで伸びたけど、体も女の子らしく魅力的な曲線なんてあまりなくて、その……俎板だし。
それに対し、弟の惇未は全然私とは違ってかなり美形できっと学校で女の子に好かれるでしょう。お姉ちゃんはつい嫉妬してしまいそう。
こんな私でも、惇未はいい反応をしてくれるんだな。やっぱり嬉しいよ。こんな弟はとても可愛くて、もっとからかいたい。
いや、そんなことより、今身長のことね。えーと……。
「やっぱりもう私より高いね」
近くで見ると、私の目より惇未の目の方は微妙に高いところにある。1センチくらいの差かな? 手で頭の高さを比べてみても、やっぱり私の方が少し負けている。
「本当? そうなの?」
私がそう言ったら、惇未はなんか嬉しそうな顔になった。まったく、本当に身長のことで一喜一憂する少年だな。
「私より高いのに、身長のことで文句を言うなんて何の嫌味なの?」
私の身長は161センチだ。だから今の惇未は162センチくらいだろう。去年まで私より低い惇未は、今こんなに成長してしまってなんか悔しい。
「いやいや、僕は男だよ!」
「知ってるよ。女だったら弟ではなく、妹だからね」
惇未は高校生にしては若く見えて、顔もちょっと女の子っぽくて可愛いって感じで、声も高いけれど、女の子に見間違えるほどではないよ。髪も短いし。何より今男子生徒の制服を着てよく似合っている。
「茶化すな! 僕の言いたい意味はわかってるはずなのに」
「あはは、まあね」
160センチ程度は、女の子なら普通だけど、男にとってはちょっと物足りないかもね。でも……。
「私としては、小さくて可愛い惇未であり続けて欲しいのに」
「僕としては全然よくない!」
「私の可愛い惇未はごつごつでかい巨漢になるなんて絶対認めないからね!」
大きい男が好みって女もいるかもしれないけど……、何を隠そう、私はショタコンなんだ! 私はショタっ子が好き。小さい男の子が好きだ! 大事なことなので2回言う。
「いや、僕もそこまで大きくなるつもりはないよ。少なくとも平均値くらいが欲しい。170センチとか」
「高すぎるとあまり可愛くないよ。やだよ!」
私は自分の好みを弟に押し付けようとする性格悪い姉ですよ。
「可愛くてどうするの!? 男の子に対して『可愛い』はもうやめてってば!」
今みたいに『可愛い』と言われて困った顔をしている惇未もやっぱり可愛い。もっとこんな表情を見たい。
「惇未は本当に可愛い子だから」
「僕はもう高校生だ。大人だ!」
ほら、複雑な年頃ね。私も今ちょっとからかいすぎたかも。もうこの辺にしておこうか。
「惇未、私は大きくて暴力的な男子が嫌いなのよ」
今私は口調を変えて、ちょっぴり真剣な顔で物言いを始めた。
「そ、それは知ってるよ。何度も聞いたから」
確かに私はいつも口に出していることだから、惇未はもう聞き飽きただろうね。でも何度も言わせてもらうよ。
「男は大きくて力が強いから、いつも女の子を軽蔑したり、虐めたりしちゃう。惇未があんな最低男になるなら、私は絶対嫌だよ」
「いや、別に僕はそんなことするわけないよ」
「たとえ大きくなって強くなってもか?」
「しないよ。絶対に。いつもお姉ちゃんの教えを聞いていたから」
そうだよね。今の惇未は私の教育の賜物でもある。愛を注いであげることだけでなく、いつも女の子のことを大事にするいい男に育つように、吹き込んでいるから。
「男の方が大きくて強いのは、女の子を傷つけたり支配したりするためではなく、大切にしたり守ったりするためなのよ」
「わかってるよ」
惇未は呆れたような声で答えた。私から何度も聞いていたからもう飽きただろうね。それでも惇未は面倒だと感じながらも私を否定しようとしていない。
「僕はお姉ちゃんとお母さんを守ってあげたい。でも今のままではさすがに無理だよね。もう少し大きくなりたい」
「そうね。わかったよ。嬉しいこと言ってくれるね」
今とても嬉しくて、反射的に私は惇未に抱きついた。
実は惇未が大きくなりすぎることはあまり望ましくないけど、大きく成長した惇未が私とお母さんを守ってくれると思ったら、これはやっぱり嬉しいことだよ。
さっき惇未の言った通りだよ。たとえ大きくても、強くても、別に悪いことをするとは限らない。むしろ大事な人を守ったり救ったりするために強い男になるのだ。
なぜ私はそんなことに拘っているのか? 別に私自身は悪い男に襲われたり、嫌なことをされたりしたことがあるわけではないけど、ああいうことはよく聞いていたから。アニメやドラマでも、現実やニュースでも。
私の同級生の男だって、小さい頃はまだ可愛かったのに、大きくなったらまるで全然別の生き物みたいに変わってしまった。どいつもこいつも、女の子の気持ちなんて全然わからなくて、いつも無神経なことや気持ち悪いことをしやがる。
それに一番身近な例もいるし。それはうちのお父さんだ。あいつはもうとっくにお母さんと別れて、何年も会っていない。家族はお母さん私と弟だけ。いつでも3人だけだ。女手一つで2人の子供を育ててきたお母さんの苦労なんて、あいつはきっと知りもしないでしょうね。
あ、なんかちょっと暗い話になってしまった。別にそんなことは今更どうでもいい。
別に私は男全員が嫌いなわけではない。男恐怖症でもない。いい男もいるとわかっているから。
むしろ自分自身が男になって、いい男もいると証明して見せたい……とか考えたこともあるよ。
でも私は女だから、そんなことできるわけがなくて、結局惇未に任せるしかできない。
もし私が男だったら……。ううん、もし私は惇未だったらね……。
ついそう考えてしまったけど、そんなこと考えてもどうしようもないのにね。現実では私は自分自身にしかなれない。
「お姉ちゃん、いつまで抱いているつもり?」
「もう少し……」
「まったく……」
この腕の中にいるのは私の大切な弟だ。手を離したくない。
「あら、2人相変わらず仲のいい姉弟ね」
私たちが抱き合っているうちに、いつの間にかお母さんが入ってきて、話に参加した。
私と惇未のお母さん……。和倉愛子、39歳。私と同じくらい短めな黒髪で、身長は159センチで、今の私よりすこし低い。
ちなみに今使っている名字はお母さんの旧姓だ。昔お父さんの名字を使った頃もあるけど。
「お母さん、聞いて。惇未はもう私より背が高くなったよ」
「そうか。これでこの家で惇未は一番高いね」
それはそうだよね。まあ、男の子だからいつかこうなるのは当然よね。
「でも僕はもっと大きくなりたい。今はまだ子供っぽくて、声も……」
また自虐的だな。まったく、この弟は。
「大丈夫よ。惇未はただ成長が遅いだけで、まだまだ大きくなれるわよ」
「本当かな? 僕もそうなればいいと思うけど」
「私は嫌だな。私の可愛い弟のままでいて」
やっぱりこのままでいい。もっと成長しないで!
「そうね。ずっと可愛い息子のままも悪くないわね」
お母さんも賛成のようだ。
「お姉ちゃん! お母さんまで! 2人ともまだ僕のことを子供扱いしてる。もう高校生なのに!」
小さい頃からずっと一緒にいて惇未の成長を見守っていたからね。たとえ大きくなったとしてもやっぱり私にとって可愛い弟だよ。
でもそうね。明日の入学式からもう高校生になって、一緒に高校に通うよね。
入学式が一年生だけで、私みたいな三年生は別に行く必要はないけど、行きたいなら付き添いしても問題ないから、やっぱり私は行く。
夜寝る前に私は明日のことについて考えてドキドキしちゃうよ。
明日は本当に楽しみだ。大好きな弟と一緒に登校できて、私はとても幸せだ。
……だけど、その同時に不安も生み出される。もしこんな幸せは長く続かずあっさりと幕を閉じてしまったらどうなるか……って。
そんなことは、ない……よね?
その時の私は思いもしなかった。
明日になったら、大きな異変が起きてしまうっていうこと。
そして和倉惇子という女の子はもう……。