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露出狂なのに秘密主義の彼女

作者: 伊藤




 王都から山を4つ越え、橋の架かっていない濁流の河を舟で渡り、さらに高地の山へと進んだ先……標高2000mから隣国をも見下ろせる位置にあるのがスプロケット辺境伯領。


 国防の要とも言えるその領地へと向かうのも出るのも一苦労、気温差も激しく、高地の気圧で息をするのも一苦労。

 生きることそのものが過酷な場所から9日掛けて王都へやってきた16歳の辺境伯令嬢が居る。

 

 

 名をエヴァ・スプロケット。

 今夜、社交界デビューを果たしている令嬢のひとりである。

 

 

「…そのドレス…どうにかならなかったのか?」


「…何か問題でも?」


「問題しかないと思うぞ」

 


 

 少し眉を顰めているが、ホールじゅうの視線を集めておいて何故そこまで堂々としていられるのか不思議でならない。




 軽やかな楽団の調べとともにザワザワと重低音が響き始めている。

”ザワザワ…ザワ…ザワワ…ザワ…ザワワ…ザワワ…タワワ…タワワダ…ザワ…タワワダナ…ザワザワ…ザワワタワワ…ザワ…”



 過酷な辺境までドレスを売りに行くような行商が居るはずもなく、祖母のものを手直しして持ってきたというドレスの型は、一周回って軌跡的に流行りと一致した総レースのドレスだが、上半身はぴったりとボディーラインが分かるレースのハイネック。

”ザワ…ザワワ…ザワワン…ザワワ…悪魔だ…悪魔の実だ…タワワだ…ザワワン…ザワザワ…今夜からクソお世話になります…!ザワワン…ザワワン…”



 しかも胸元はハートの形に切り取られ谷間が強調され、背中は大きく開き華奢な鎖骨が丸見え。

”ザワザワ…ザワ…ザワワン…チ…チチ…チチチ…乳、乳上父上…あれがナインでもなくコインでもなく伝説のボインなんですね…!ザワワ…ザワワ…”



 ・・・腰の細さを強調するようなふんわりとボリュームのあるスカートは問題ないかと思いきや、エスコート側にだけ骨盤あたりまでの深いスリットが入っている。

”ザワワ…ザワザワ…ザワ…!!!…なんと!!…絶景かな絶景かな…!!”



「…とりあえずダンスしておくか」

「…とりあえず?」

「緊急措置だ」



 グラスを取り上げテーブルに置き、手を取りホールの中央へ。


 これでどうにか隠せるか・・・・?



 

 

 馬はもちろん、牛にもトナカイにも乗り、山を駆ける生活をしている彼女の細く引き締まった腰と足。



 唯一無二。




 今夜デビューのご令嬢はもちろんのこと、淑女たちの足元など靴先も見えないため比べようもないが、例え見えたところで比べようがない迫力なる足さばきが会場中の視線を攫っている。

”ザワ…ザワザワ…左脚を制するものは世界を制す…!”



 まるで娼婦のような衣装なのに、凛とした爽やかな16歳の少女の表情と姿勢を合わせると、色気がどうとか言うよりただただ違和感だけしかない。

”ザワ…ザワワ…歩んで良かった中庸の道…”



 いや、もちろん16歳らしい色気もあるし16歳以上の色気もあるのだと思う。

”ザワザワ…ザワ…老眼でよかった…いやいや近眼でもよいものはよいですぞ…” 





「…本当に…せめて色だけでもどうにかならなかったのか?」 

「染めるだけの染料と水と時間の確保が難しかったんだもの仕方ないじゃない」

 

 

 

 

 ・・・・・・・。


 いやいやいや。仕方ないで済ませないで欲しい。



 元々は純白のドレスだったんだろう。

 色褪せた、とは言わないが時の流れの成せるワザなのか、レースに重厚感が増す風合いになっている。


 ぴったりと、デザインどころか彼女の肌の色に合わせたかのような総レース。

 その結果、近くで見ても目に毒で、遠目で見ても毒である。

 

 

 

 

「そもそもドレスに掛けるお金があったら弓でも新調したほうがマシでしょう…ああちょっと席を外します」

「そんなドレスでどこ行くんだ危ないだろう」

「こんなドレスだから着崩れそうなんだもん」


 少し離れたところにいるメイドを呼び、ホールから出て行く彼女。



「おいおいおいおいステリアーノ!!お前いつの間にあんなイイ女捕まえたんだよ!」

「女言うな、まだ子どもだ」

「いやいやいや、頭に花飾りがあるってことはデビューしたんだし大人でいいだろうよ!てかお前の女じゃないなら紹介しろよ!」

「断る!!!!!今後俺たちに一切近寄ってくれるなそして彼女の半径10mに入った瞬間首が胴とお別れしていると思え」

「え、待ってお前それどういう独占欲なわけ?」




 俺が友人に懇切丁寧に邪魔をしてくれるなと説明し、王都からわざわざ辺境伯領やその隣のうちの領地まで来てくれるなと懇願し、田舎の男女の事情など頼むから放っておいてくれと泣きが入った頃―――







「なんで王城なのにこんなに間者が居るの?おかしくない?」

「全部西国のヘルムホルツ人ですねこれ」

「金塊やら鉱物の流出先じゃない」

「え、そっちですか、皇后の出身国って言えばいいのにww」

「誰が聞いてるかわからないんだから王城でくらい伏せなさいよ」

「全員殺したから大丈夫ですし俺は変装してるし平気ですぅ」

「ひとりくらい生かしておけば良かったかしらねぇ…というか恐ろしく女装メイド似合うわね代わりにデビューしてくれたら良かったのに」

「嫌ですよ仕事柄顔が割れるのもステリアーノ様に恨まれるのも」

「……恨まれるかしら?」

「恨まれますし呪われますあの方が一番お嬢のデビューを指折り待ってましたからね手帳の今日という日にハートマークつけてますからね」

「え、やぁだステラったら可愛すぎ…!早くホール戻らないと!」


「無理でしょその返り血着いたドレスじゃあ」




 

 

 スプロケット辺境伯のご令嬢、エヴァ・スプロケット。

 この夜は陛下にご挨拶した以外、紳士淑女から遠巻きにされ、一言も、誰とも社交せず。


 たったのダンス1回、途中退場で社交界デビュー終了。



 後世へと語り継がれる鮮烈なデビューとなった。




本当は20話くらいの内政やら陰謀話も書きたいなぁと思いつつup。

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