第五章 襲撃(6)
(……何があったの?)
イリが目を覚ました時、馬車にいたのはイリと同じように目を覚ましたばかりのアルフィナだけだった。
「わからないわ」
二人は慌てて外套をかぶり、聖帯をかけて身支度を整える。
あわててまろび出た馬車の外にはたくさんの人が居た。
彼らと同じような外套姿の旅の商人や巡礼たち……ばかりではなく、灰色やこげ茶色の目立たぬ色合いの外套姿の中に、黒衣の人々の姿が目についた。
彼らが誰であるのか、アルフィナもイリも知っている。
(聖騎士!!)
立衿の黒の長衣には銀色の刺繍が施され、身体を覆うマントの裏打ちは鮮やかな緋色……それは、聖堂に剣を捧げた聖騎士と呼ばれる神官騎士達の制服だ。
「なんで……」
彼らに混じるようにして、普通の灰色の外套姿の神官たちの姿も見える。
ティシリア聖教においては、法術をもって神に仕える者を法官と呼び、剣をもって神に仕える者を武官と呼ぶ。前者は聖神官、後者は聖騎士と呼ばれるのが一般的だ。
聖堂ではないこんな場所で、これほど多くの神官や聖騎士の姿を見ることは極めて稀なことだった。
アルフィナは何がどうなっているのかわからなくて立ち尽くす。
マイペースなイリは、それを見ても特にどうとも思わなかった。
大事なのは今、シェスティリエがどこにいるかだ。
そして、イリにはシェスティリエのいる場所はだいたい感じ取れる。
目を閉じる。
暗闇の中にたくさんの人の気配がしていた。その中から、その特別な存在を探す。
(……光)
シェスティリエを探すのはそう難しくない。
闇の中でひときわ強く輝く光を探せばいいからだ。
それは、黄金の……この世界で最も美しいとイリが感じる光。
(……居た)
それほど遠くではないようだった。近くにはイシュラとルドクの気配もある。
イシュラと一緒ならば、大丈夫だろうと判断する。
イシュラがシェスティリエを守りきれない事態などあるはずがないからだ。
元々それほど心配はしていなかったが、確認したことでほっとした。
「あら、目が覚めたのね」
二人に声をかけたのは、騎士服の女性だった。
女性の神官は珍しくはないが、聖騎士となるとかなり珍しい。
ティシリア聖教においては性別による差別は特にないのだが、力で劣る女性が圧倒的に男ばかりの騎士達の中で対等に互していくことは難しい。
女性は男よりも魔力が強い傾向にあり、ことに治癒の法術系の法術は女性の神官の方が圧倒的に優れた能力を発揮する────となると、必然的に女性は神官を志すことが多くなるものだった。
そんな中で、女の身で聖騎士であるというからには、かなりの実力者であるとみていい。
柔らかに微笑みながらも、どこか凛然とした印象がある女性だった。
向けられた視線に、イリが怯えたようにびくりと身体を震わせる。
アルフィナはごく自然にイリをかばうようにその前に立った。
「……どなたですか?」
「ああ、驚かせてごめんなさいね。私はフィシス。ティシリア聖教教団ヴェスタ・ディセルタ所属の武官よ」
「……ヴェスタ・ディセルタ?」
「聖都の聖堂に所属する聖官は、全員必ず十二あるどこかの塔に所属するになっていて、私はそのうちのヴェスタ・ディセルタ……赤の塔に所属しているの」
「そうですか……」
言っていることはよくわからない部分もあったが、聖教徒であるアルフィナは、聖都の塔に所属する武官……聖騎士であるのだと言われて安心した。
世の中には素行の悪い不良騎士もいるようだが、自己を律することを修行の一つとしている聖騎士はそういった人間が少ない。
アルフィナの知る聖騎士たちは皆、人当たりが良く、礼儀正しい者ばかりだった。
まだ身体を強張らせているイリを宥めるように笑みを浮かべて、大丈夫だよ、と声をかけたが、イリはまったく警戒を解かなかった。
名門貴族の令嬢として丁重に扱われてきたアルフィナと違い、聖堂で余されものの神子として育ったイリは、聖騎士とてただ人にすぎないことを知っている。肩書きや身分でその性が矯正できるわけではない。
「大丈夫よ。何もしないわ。むしろ、私たちはあなた方を守る為に派遣されてきたのよ」
フィシスは心の底からの言葉で親身になって言ってくれたのだが、イリの態度はあまり変わらなかった。イリにとって、信じるに値する人間はまだそれほど多くはない。
「すいません。イリは人見知りするので」
「そうみたいね」
気にしていないわというようにフィシスは笑ったのでアルフィナはほっとした。
「あなた達のファナには、今、私たちの隊長が話を聞いているの。そのお話が終わるまでの間、あなた達の安全は私が守るわ」
臨時の護衛だと思ってね、というように人懐こくフィシスは笑った。
年のころは、25になるかならないか……茶色い髪に、深い緑の瞳をしている。ずばぬけた美貌の持ち主というわけではないが、大人の落ち着きと独特の雰囲気にアルフィナは惹かれた。
「お話、ですか?」
「そう。昨夜、旅人や巡礼団を襲った賊がいたの。どうやら、ファナを拐わかそうとしたらしいのよ」
「シェス様をかどわかす?そんなことできるはずが……」
できるはずがないと笑いかけて、アルフィナは気づいた。
(……違う)
シェスティリエもアルフィナに負けず劣らず複雑な事情のある身の上のようだったが、狙われる理由は……たぶん、ない。
むしろ、狙われる理由をもっているのは自分だ。
「ええ。賊はファナの騎士であるイシュラード殿に切り捨てられたそうよ。けれど……随分と計画的で、被害も大きかったの」
「計画的といいますと?」
「あなた達、これだけの騒ぎになっていて、自分たちが起きなかったことが不思議だと思わない?」
「言われてみればそうですが……」
だが、旅続きの上に疲労もたまりがちだ。寝入ってしまってもおかしくはないとアルフィナは考える。
「賊は眠り草を使ってこのあたりで野営していた人間をみんな眠らせたの。……その上で拉致しようとしたのよ。彼らはそこまでしても、あなたたちのファナを攫おうとしていたの」
「それは……随分と大掛かりですね」
(王妃陛下は、そんなにも私を……)
憎まれているのだとは知っていた。
けれど、それがこれほどまでに強いものだとは思っていなかった。
(ずっと、叔父上に守られていたから……)
そして、今またシェスティリエとイシュラに守られているのだ、と思う。
「ええ。眠り草の成分がかなり濃くて、まだ目覚めていない人もたくさんいるわ。……あなたたちはどこも気分は悪くない?」
「……はい、大丈夫です」
イリを振り返ると、イリも大丈夫だというようにこくりとうなづく。
「なら良かったわ。具合が悪くなったら言って頂戴。治癒が得意な法官もきてるから」
「ありがとうございます」
アルフィナは淑やかに頭を下げた。
(いつか、叔父上やシェス様やイシュラさんにこの感謝をお返しできるようになりたい)
それが、アルフィナの中に、ささやかな目標が生まれた瞬間だった。




