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第四章 旅の空の下(9)

「これがザワル……薄焼きパンでいろいろな具を巻いたものです。僕のお勧めはこの仔羊の肉と玉ねぎを焼いたものですね。あ、このチーズがとろけているハムのものも捨てがたいです。それから、これがファスカ……この地方にいるドワル鳥のシチューです。多めに買ってきましたから……。あとデザートは少し時期が早いですが冬苺です」


 簡易な卓の上に次々と並べられるザワルは10個以上ある。

 鍋にたっぷり買ってきたシチューは、イリが暖めなおして簡素な木椀によそった。

 さすがのイリも食事の時間だけはちゃんと人数分用意する。


 皆の目を引いたのはつややかな赤い果実だ。まるで紅玉のような鮮やかな赤は食卓を華やかにしてくれる。

 シェスティリエは食べ物に不満を漏らすことはないが、果実はかなり好んでいるのをルドクは知っていたので、手に入るときは可能な限り用意するようにしていた。

 シェスティリエの表情がほんの少し緩んでいるのを目にすると、ルドクは任務を見事遂行したような満足感と達成感を覚えることができるのだ。

 もしかしてこれはイシュラのことを笑えないのではないか?と実は密かに畏れていたりもする。


(私とシェス様は別に主従関係ではないんですけど……あ、でも、今はシェス様の侍者だから、ちゃんと主従なのでは?)


 侍者でいる間は主従関係が結ばれているはずだ。


(……つまり、こういうのは別におかしくないわけです)


 こういう気持ちになることも、シェスティリエに尽くすことも何の不思議もないしおかしなことではないのだとルドクは結論づけた。





「お、うーまそ。ほい、姫さん」

「ん」


 イシュラはシェスティリエが最も好むだろうチーズとハムのものを手渡した。

 それから、イリとアルフィナが自分の食べたいものを食べたいだけ手にし、ルドクが選ぶ。その残りがイシュラのものだ。


(おいしい)

「ほんと、おいしいです。このちょっと甘いソースが好きです」

「たべやすくてべんりだな」

「喜んでもらえると嬉しいです。いや~、ちょっと目うつりしちゃったんですけど、ザワルの屋台のおじさんがもう店じまいだからまとめて買ってくれるんなら安くしてくれるっていうんで……」


 その笑顔はどこまでもにこやかだ。


「……いくら負けさせたんだ?」

「全部まとめて、半額に」

(ルドクさん、すごいんだよ。シチューは鍋一杯なのに3人前で買ったんだって)

「お買い物上手なんですね」

「いやいや、本当は時間があればもう一声お願いしたいところだったんですけどね。あんまりお待たせしてもわるいので」


 でも、お得な買い物をすると幸せな気分になれますよね!とルドクはたいそう上機嫌に言った。


「……屋台のおっさんには別の意見がありそうだよな」

「はい?」


 何かいいましたか?というように、ルドクは軽く首をかしげる。

 それが天然なのか故意なのかイシュラには判別がつかなかった。

 出会ったばかりのルドクであれば間違いなく前者であるといえたが、旅を続けてきてイシュラやシェスティリエに程よく染まってしまったルドクでは判別が微妙だった。


「いいや、なんでもねぇ」


 イシュラは軽く肩をすくめた。結局のところ、それはイシュラにとってたいした問題となりえない。

 イシュラにとって大切なのは、シェスティリエがおいしそうに食べていることだった。

 そして、そういう意味ではイシュラは決してイリの一途さを笑えない。本人に自覚はまったくなかったが。


「ここで今夜一晩過ごしたら、明日は船ですね」

(じそうせん!!)

「あー、どうだろうな。正式な国境だし、船にのればそのまま皇国だ。そのまえにいろいろ手続きとか厄介なことがあるだろうな」

「手続き?」


 アルフィナの表情が曇る。

 これまでは見咎められることなどまったくなかった。けれど、アルフィナは自分の身がとても厄介である自覚があるので、つい不安になる。


「安心して大丈夫ですよ。屋台の人たちにもいろいろ聞きましたが、切符が買えれば、手続き自体はそれほどかからないそうです。旅券の改めと簡単な聞き取りで、巡礼は聞き取りだけらしいですから」

「何を聞かれるんですか?」

「皇国へ渡る目的と現在の健康状況とかそういうのです。まあ、馬車を売ったりとかしなければならないので多少時間はかかると思いますが、急ぐのであれば明日の夕方の便には乗れると思います」

(ばしゃ、うるの?)


 馬車を売るということは馬も売ってしまうのだろう。旅の間、馬の世話を熱心にしていたイリにはちょっとだけ辛い。


「ええ。それで、向こうでまた買います。もしくは、馬車を雇うか……それは到着してからの話ですね。馬車ごと渡すことも可能ですけど、それだと高くつくんです」

(にもつはどうするの?)

「身の回りのもの以外は、信頼できる荷運びに大聖堂まで運んでもらいます」

「なくなったりしないんですか?」

「にもつにかんしてはあんずるひつようはない」


 『呪』をかけておくからな、と当たり前のように言う。


「たいしたりょうでもない。ふういんして、めじるしをつけておけばいい」

「よくわからねーんですが、それで盗まれないっつーこと?」

「ぬすまれてもあけられないし、とりもどせるということだ」

「なら、いいですね」


 姫さんのもんが、誰かの手に渡らなければそれでいい、とイシュラはつぶやく。

 

「おまえは、わたしちゅうしんにかんがえすぎだ」

「俺は姫さんの騎士ですから」


 当たり前だという口調に、ルドクたちも同調するようにうなづく。


(なんか、わたしのまわりは、こういうにんげんばかりなきがする)

 

 現在も、過去も。

 そういう星回りの下に生まれたのかもしれないとシェスティリエは小さく溜息をついた。

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