第四章 旅の空の下(7)
からからから……。
からからから……。
来る日も来る日も、見える景色も、聞こえてくる音も、さほど変わり映えが市内。軽やかな音だけがどこまでも続く。
このあたりは、大陸を東西に縦断する白い街道の一部に当たる。
白い街道の名の由来は、今では旧街道と呼ばれている元々の街道が白芭石という石が敷き詰められていた為につけられたものだ。
かつては多く産出した白芭石も今では希少なものとなりつつあり、現在の街道は、それぞれの地域で一番良くとれる石によってつくられている。
このアルネラバの街道は灰茶けた色の石が敷かれていた。
からからから……。
からからから……ごつっ……からからから……。
「っ……………………」
「………ひ、姫さん?」
荷台に緊張感が漂った。
「……え?何かありました?」
手綱を握っていたルドクが振り返る。
眠っていたはずのシェスティリエが、半分涙目でおでこを両手でおさえている姿が目に入った。
「あ~……今、ちょっと、路面に石が転がってまして……」
「……………………こいでないことは、わかっている」
故意だったら許さぬ、と口では凄みながらも、くーっと衝撃をこらえてるらしい姿が妙にかわいくて、イシュラは口元を押さえた。思わず笑ってしまいそうだった。
「……す、すいません」
ルドクも笑いたそうな表情をしている。
だが、ここでルドクが笑えば大惨事だろう。
「いや……」
イリとアルフィナは、目覚める様子が無い。馬車に乗っているだけでも、長時間となると疲れるものだ。
「……さっき、イリとアルフィナがおもしろいことをはなしていたな」
笑いをこらえているイシュラに、シェスティリエが冷ややかな眼差しを向ける。
「起きてたんですか?」
「……はんぶんくらい。イリのさけびに、いしきだけ、たたきおこされた」
「叫び?」
「ちゆのじゅつでもひとをころせる!ってやつだ」
「ああ……」
その情景を思い出しながらうなづき、そこで、イシュラはふと気付いた。
「姫さん、唇読んでるんじゃなくイリの声が聞こえてんですか?もしや」
「イリのあれは、おとにならないだけでふつうにしゃべっている。それに、はっきりとしたつよい『しこう』というのも、わたしのようなにんげんには『こえ』としてにんしきされるんだ」
普通の人間の耳に聞こえる音ではないが、感応力の強い魔術師……あるいは、聖職者ならば、聞こえるだろうだろうとあっさりと告げる。
「ただし、そのレベルにたっするにんげんのかずは、かなりすくなそうだ」
そして、あれだけの聖職者を抱える王都ルティウスの聖堂で一人もいなかったのだからな、と溜息を漏らした。
かつて『魔導師』だったという、シェスティリエ的には、今の世の中における魔術師の数の少なさや、聖職者のレベルに思うところがあるのだろう。
「じゃあ、唇は読んでない?」
「いや。もちろんくちびるもよんでいる。『おと』としてはっしたことがないせいで、イリはじぶんでもじぶんのこえをきいたことがないから、ききとりにくいところがある」
「ああ……耳の不自由なやつみたいなもんですね」
「そうだ。……でも、ちゃんとむきあっていれば、まったくもんだいない」
シェスティリエは、イリとの会話にまったく不自由を覚えていない。そもそも、イリはかなり強い魔力を持つ。紫の瞳を持つアルフィナよりもだ。
魔力というのは、いろいろな意味で使える力だ。
イリが己の魔力を伸ばして使い方を覚えれば、声に代わる能力を手に入れることも不可能ではないだろう。
「……イリとアルフィナの話の何がおもしろかったんです?」
「いや、それぞれのかんがえかたのちがいが、おもしろいとおもってきいていた」
「……俺に言わせれば、おじょーちゃんは、いかにも貴族のお姫様的だと思いますよ」
いつからか、イシュラはアルフィナを『おじょーちゃん』と呼ぶようになった。『姫さん』との差別化をはかっているという。
「どういうところが?」
「お貴族様御用達とはいえ、フォルテール流拳法は、仮にも武術なわけですよ。おじょーちゃんは、それの免許皆伝だってのにまったく心構えがないじゃないですか」
「……フォルテールりゅうけんぽうには、しあいがないからな」
人を殴った事もないだろうな。とシェスティリエは笑う。
「オレに言わせりゃあ、あれは武術にいれる気はないんですがね。それでも、心を鍛えるって点では有りかと思ってたんです」
ハズレでしたね、とあっさりとイシュラは言った。
「アルフィナにてんがからいな、イシュラ」
「あまりにも甘ちゃんすぎて、ちょっと……。いや、貴族のお姫様にしてはマシな部類だとは思いますが」
イシュラは軽く肩をすくめる。
「わたしは、べつによいとおもっているんだがな」
「そりゃあまた、なぜです?」
イシュラは、そういう意味でシェスティリエが甘いとはまったく思わない。
常に言っている通り、シェスティリエは自分に刃を向ける人間を殺す事を躊躇わないだろうと確信している。
中身がどんなであっても、シェスティリエは肉体的には幼児にすぎない。一瞬のその躊躇が命取りになる。それを本人が自覚している。
(姫さんは、自分の命の重さをちゃんと知っている)
シェスティリエの命は、もはや、シェスティリエだけのものではない。
あの時に死んだすべての命とイシュラの忠誠を負っている。
シェスティリエはその意味をちゃんと理解しているのだ。
「アルフィナがくちにするあまさやきれいごとを、わたしはきらいじゃない」
いささか、感情に走りすぎであるのと、聖職者を神聖視しすぎているがな。と、そのやや舌足らずな響きを帯びた声は付け加える。
「そういうばめんにちょくめんし、それでも、ころさないというせんたくしをえらびつづけられるのならば、それはそれでよいとおもう」
私は、アルフィナに刃を向けた者を殺す覚悟を持つことを求めたが、それが、殺さぬ覚悟であってもいいのだとシェスティリエは静かに言った。
「その殺さぬ覚悟ってのは、その場合、自分が殺されてもいい覚悟って意味なんですかね?」
「イシュラはしんらつだな。……わたしりゅうにいえば、ころさなかったことによっておこるすべてのできごとをうけいれるかくごだ」
そこには自分が殺されることも勿論含まれている、とシェスティリエは小さくうなづく。
「……もう何度も言ってますが、オレは、姫さん以外を守る気ありませんよ」
盾や囮にはしますが、と真面目な顔で告げる。
「かまわない。それに、あんしんしていい。わたしもちゃんとじぶんをまもるから」
自分を捨ててまで守ったりしない、とシェスティリエは言う。
イシュラが事あるごとに何度も繰り返すのは、そうやって何度でもシェスティリエからその言葉を引き出したいからだ。
(言霊……)
言葉には、魂が宿るのだと、昔誰かが言っていた。
ならば、魔導師だというシェスティリエの言葉になら、尚更、魂が宿っているに違いない。
そうやってシェスティリエが何度もその言葉を口に出すことで、それが揺るぎない事実となってしまえばいいとイシュラは思う。
「あのね、イシュラ。そもそも、みんながみんなおなじかんがえというのは、きもちわるいことなんだよ……」
私は、別に私に同調する人間を求めているわけではないのだ、と溜息混じりにこぼす。
「じしんにおもうところがあり、それでおなじかんがえにいたるのならかまわないが……。だから、アルフィナがちゃんとじぶんのいけんをくちにできることは、よいことだとおもう」
だいたい、よってたかって人を殺すことに納得しろなんて押し付けるとしたら、それも相当おそろしいことではないのか?とシェスティリエは問い掛ける。
「そりゃあそうですけどね。でも、そもそもがあのおじょーちゃんに対して放たれている刺客なわけですよ?本来、俺たちには関係ない。それをどのくらいわかってるんですかね?あまりにも甘すぎるでしょうが。たとえ、それが正論だったとしてもです」
いや、頭でっかちな正論だからこそ、腹が立つのだろう、とイシュラは頭の片隅で考える。
(……これまで受けた襲撃で巻き込まれて死んだ人間の遺族の前でも同じ事がいえるのなら、ちっとは認めてやるけどな)
だが、アルフィナはそういう人間がいることを考えたことがないのだ。
(お貴族様ってのは、使用人や召使を自分と同列と思ってないから……)
だから、無意識の領域で認識していない。いや、言われなければ意識することがない。
その事実を指摘すれば、すぐに心を痛めて悲しげな顔をし、反省することはわかっていたが、イシュラはあえてそれをしなかった。
「どんなにあまいかんがえでも、それをしんそこしんじて、そういいつづけることができるのなら、それはひょうかにあたいするものだ」
違うか?イシュラ。
「そういうにんげんがひとりくらいいてもいいじゃないか」
「……わかってんですよ、それなりには。実際問題、おじょーちゃんを論破するのなんざ、オレには簡単だ。納得させることもさほど難しくもない。…………でも、それをしないのは、姫さんが、おじょーちゃんに期待してるからだ」
そのイシュラの言葉に、シェスティリエは笑った。
感心したというように軽く目を見開いている。
「オレだっていつまでも脳に筋肉ばっかり詰めてませんよ」
「……こういうことはな、さんじゅつのように、せいかいがただひとつしかないわけじゃない」
世の中、いろいろな考え方があるものだ、と静かな語調で言う。
「アルフィナはまちがってるわけじゃない。あれのいうことは、あるいみ、しんじつだ。『りそう』といってもいい。わたしは、アルフィナが、その『りそう』のはてにどういうこたえをえるのかをしりたい」
アルフィナは、遠い過去のシェスティリエだ。さまざまな出来事と、経験との果てに、今のシェスティリエは存在している。
その自分を後悔しているわけではないし、間違っていると思ったこともない。
だが、アルフィナだったら、どういう答えを得るのだろうか。
彼女がどこまで理想を貫けるのか……。
どんな風に考え、どういう道を選ぶのか……。
そして、辿り付く答えはどういうものなのか……。
シェスティリエは、今の自身とは違う答えにたどり着く事をアルフィナに期待している。
「いろいろとなやんではいるが、アルフィナは、まだまだ、あたまでしかわかっていない。だから、しばらくようすをみてやれ」
それが、年長者の度量というものだ、とシェスティリエはイシュラに言い諭す。
「…………姫さん、あなた、5歳じゃなかったですかね?」
「そうだが、それがなにか?」
日常の大部分で皆がきれいさっぱり忘れていることではあるが、シェスティリエは世間一般ではまだまだ子供……むしろ、幼児といっていい年齢だ。
「いいえ、何でもありませんがね……」
(5歳の子供に年長者の度量とか言われるってのは……)
その奇妙さに、シェスティリエの忠実な騎士は苦笑を漏らした。




