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第三章 王都ルティウス(8)

「……くらい」


 光源は、テーブルに置かれた燭台でゆらめく蝋燭の光だけだった。

 燭台はいたるところに置かれているのだが、どうしてもその灯は魔法具の光ほど明るくはない。


「申し訳ございません、ファナ。魔法具がちょっと故障しましてね……ですが、たまには燭台の光も趣があるものです」


 入り口で出迎えたのはガーナ伯爵……リュガルトだった。騎士服から黒と灰色の室内着に着替えている。

 その金の髪は蝋燭のぼんやりとした光の中であっても豪奢な色を誇り、翡翠の瞳は穏やかな光を帯びている……いかにも貴公子然としており、王都の若い女性がこぞってあこがれているというのも無理はない。


「ランプは利用されていないのですか?」


 イシュラが静かに問うた。

 平坦な声音……ルドクはいつもと違う様子に、少しだけ気をひきしめる。


「ええ、まあ……家中の照明がすべて魔法具なものですから……」


 シェスティリエは、イシュラの腕の中から、興味深そうに天井のシャンデリアを見上げている。繊細なカッティングがほどこされた硝子を贅沢に使ったシャンデリアは、蝋燭のわずかな灯にもきらきらと美しい輝きを放っている。


「では、このシャンデリアもまほうぐなのですね」


(……あ、シェスさまが、お姫様モードだ)


 ラナ司祭の時もそうだったが、いかにも貴族の姫らしい口調だ。更にお姫様度がアップしている。

 関所では、いつもの口調だったが、それほど多く会話をしていないから、リュガルトにはきっと違いが判っていないだろう。


「はい。……珍しいですか?」


 魔法具で最も広く使われているのが照明だ。

 貴族の家はもちろんのこと、王都では一般住宅でも魔法具の照明を備えている。リュガルトには、意識するほどもなく当たり前の品物なのだろう。


「ローラッドのうまれなものですから」

「ああ、ローラッドではフェルシアほど魔法具は使われておりませんでしたね。……御家名をお伺いしても?」

「はくしゃく、せいしょくしゃにかつてのなをとうことは、マナーいはんです」


 やんわりとそれを断る

 そういえば、自分もそれは聞いたことがない、とルドクは気付いた。


「失礼いたしました。つい……ファナの瞳が珍しい紫ゆえに、遺伝なのかと思いまして」

「……とつぜんへんいのようです。ちちもははもむらさきではありませんでしたから」

「そうですか。……どうぞ、おかけください、ファナ」

 立ち上がった伯爵は、椅子を引いて促す。

「ありがとう」


 イシュラはふわりと椅子の上に座らせる。そして、いかにも騎士らしいしぐさで一礼した。


「お供のお二人も、どうぞ」


 当然のように、イシュラはシェスティリエの隣の席に就いた。シェスティリエの騎士であるイシュラには元々その権利がある。彼女が聖職者となり、聖従者と呼ばれるようになってもそれは変わらない。

 そして、シェスティリエの侍者であるルドクも、主がそれを望めば今は同じテーブルに就くことができる。だが、だいたいは侍者は別のテーブルで食べさせられることが多いものだ。同じテーブルに席があるのは、このディナーに同席する人間があまりにも少ないからだろう。

 招待主であるリュガルトを含めても四人。二十人以上が同時に食事をとれる食堂はがらんとしていてうら寂しい。照明が蝋燭なことも、その寂しさに輪をかけているかもしれない。


「では、はじめましょうか」


 その声を合図に、給仕がワインの瓶をもって現われる。さすがに伯爵家の使用人だけあって、動作に無駄がなくきびきびとしている。


「当家の領地で作っているワインになります。去年のものですが、最高の出来だったのですよ。ぜひ、ご賞味いただきたい」

「……もうしわけありませんが、わたくしとイシュラはごえんりょさせてください」


 シェスティリエは心の底からすまなそうな表情で軽く頭を下げ、ルドクを見て付け加える。


「ルドク、わたしたちのぶんもいただきなさいね」

「えっ、あ、はい。喜んで」


 ごくり、と思わず唾を飲み込んだのは、シェスティリエのその言葉遣いに大変違和感を覚えているというのに、いただきなさいね、なんて笑顔つきで促されてしまったからだ。


(これは、自分達の分も飲めっていうことだよな……えーと……毒見?いや、二人は飲むつもりがないんだよな……あれ?まあ、いいんだけど)


 チラリとイシュラに視線をやると、笑いを噛み殺すような表情をしている。


「ワインはお嫌いですか?」


 ワインは水代わりだ。年齢が幼いものには、あまりアルコール度数の高くない……ジュースのような軽いものが出されることが多いが、それもワインの範疇だ。


「いいえ……せっかくのおこころづかいですが、わたくしとイシュラは、やくそくをしたものですから」

「約束?」

「……………わたくしのりょうしんが、せんじつ、いくさでなくなりました。でも、わたくしはせいしょくしゃだから、もにふくすることができない。だから、かわりにイシュラがもにふくしてくれているのです」


 イシュラが軽く一礼する。

(イシュラさんも、普通の騎士らしくすると、ほんと別人だ……)


「・・・…今回の戦でご両親がお亡くなりに?」


 ローラッド帝国とブラウツェンベルグ公国、どちらとも国境を接しているフェルシアだ。

 今回の戦の行方には多大な興味を持っているといってもいい。リュガルトの元にもそれなりに情報は入ってきているのだろう。


「……ええ」


 シェスティリエは、軽く目を伏せる。その様子はとても儚げで……思わずルドクですら見惚れてしまう。


「……それは痛ましい事ですね。……お悔やみを申し上げます」

「ありがとうございます」


(……違和感を気にしないと、シェスさまが普通の貴族のお姫様に見えるから不思議だ)


 違和感がなくなったわけではない。ただ、それを無視しているだけだ。

ルドクは、給仕がグラスに注いでくれた、やや甘めだが豊かな味わいのロゼを口にした。

 シェスティリエにもイシュラにも大いに飲み食いするように言われている。あの口ぶりだと、万が一、何か入っていてもちゃんと助けるぞ、と言ってくれているのだろう。


(……何がはじまるんだろう)


 何かあるのだとはわかっている。でも、それが何なのか、ルドクにはまったくわかっていなくて、それがもどかしい。


(仲間はずれみたいな気がする……)


 それが、ちょっと口惜しい。


「……お身内の方は他には?」


 シェスティリエは首を横に振る。だが、それはいないという意味ではない。


「わたくしは、せいしょくしゃになったのだから、たちきったぞくせのことをかんがえるのは、あまりよくないことです」


 静かな言葉。それは、シェスティリエの本音なのだろう。事実、ルドクはシェスティリエの口から、一度も親族の話を聞いたことがない。ただ、両親が戦で死んだということだけは旅の初日に、ぽつりと話してくれた。


「ですが、血のつながりというのは強いものです……それを断ち切ることは神にもできないことだと思いませんか?」


(……あれ、なんか、ちょっと眠いかも……)


 さすがに食卓で寝るのはまずいだろう。ルドクは自分の腿をぎゅっとつねる。ワイン一杯ぐらいで眠気を感じるなんて、思っていた以上に疲れているのかもしれない。


「ちのつながりになど、たいしたいみはありません。じぶんがなにをえらぶかです、はくしゃく」


 シェスティリエは、その瞳をまっすぐとリュガルトに向ける。

 室内が薄暗いせいか、紫の瞳は昼間に見るよりも色濃さを増してみえた。

 深みを帯びた紫水晶の瞳……それは、心の底を見通すかのようだ。


「………ファナは、ご自身の意思で聖職者に?」


 リュガルトが、わずかに目線を逸らし、違う問いを口にした。


(ちょっと……まずいかも……)


 ルドクの目には、リュガルトの白い横顔がぼやけて見えていた。


「ええ。……ひつようだったものですから」


 何だか、聞こえてくるシェスティリエの声がひどく遠いと感じる。


「失礼ですが……何に必要だったのでしょう?ファナのような幼い姫君が、聖職者になると言うのは生半可なお覚悟ではできないことと思いますが」


(寝たらだめだ、寝たらダメだ、寝たら駄目だ……)


 腿をつねる指に力をこめる。だが、まったく感触を感じない。

 もしかしたら、つねることも出来ていないのかもしれない。


「しりたいことがあります。それから、つたえたいことが……」


 それに……と言葉を切ったシェスティリエの表情が覚悟を帯びる。


「それに……わたくしのいのちは、わたくしだけのものではない」


(シェスさまの声には……力がある……)


 宿る強い意志、そして、決意。

 その言葉は、声は、迷うことなく自らの道を示す。

 薄れる意識の中で、ルドクは、シェスティリエが自分に微笑んだような気がしていた。


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