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第三章 王都ルティウス(6)


「……姫さん、あの子に何をした?」


 イシュラの問いにシェスティリエスは心外だ、という表情で答える。


「なにも。……でも、たぶん、イリにはみえるんだろう」

「何が?」


 二人は、後から急いでくるだろうルドクが追いつけるようにゆっくりと足を進めながら話を続ける。


「まりょく。みえるにんげんには、いまのわたしは、おひさまじょうたいだ」

「…………は?」

「『まりょくかいろ』がこうちくできてないから、ほうしゅつしっぱなしだ。たぶん、キラキラしてみえる」

「……魔力回路ってなんだっけ?」


 前に聞いたような聞かないような、と首を傾げる。


「からだのなかのまりょくをじゅんかんさせる、みちすじのことだ。わたしは、まだおさないゆえに、かいろをこうちくできない」


 無理に作ると成長の妨げになるのだ、と不満げだ。


「イリは、ふつうよりまりょくりょうがおおい。そのうえ、かんかくがするどい。だから、つよいまりょくをもつわたしがすきなのだろう」

「なぜ?」

「あんしんするから」

「……………腕っぷしの強いヤツといれば安心、とかそういう感覚か?」


 イシュラは魔力の話になるとよくわからないことが多い。

 だが、主のことだから理解はできないまでも知っておきたいと思うのだ。

 そんなイシュラの問いかけに、シェスティリエはあまり面倒がらずに回答してくれる。


「そうだな」

「でも、普通より魔力多いんだろ?あの子供。なのに、なんでだ?」

「だからわかるのだ────じぶんのよわさが」

「弱さ?」

「そうだ。……たとえば、くらやみのなかでずーっとひとりきりだったところに、たいようがさしたらどうおもう?」

「そりゃあ、安心すんだろうな」

「そうだ。……あのこは……イリは、いま、そういうじょうたいなのだ」

「なるほど……」


 そりゃあ、あの懐きようも無理ないか、と納得した。

 暗闇の中に射した一筋の光……そして、その光をもたらした相手が手を差し伸べてくれたとしたら……明日のイリの喜びが目に見えるようだと思う。


(……それに……それは、オレだ)


 あの子供は────イリは、自分と同じだとイシュラは思う。


「……オレは、姫さんしか守んねーぞ」


 だが、はっきりとイシュラは宣言する。

 守るのは一つだけ。

 そうでなくては、守りきれない。


「かまわない。だが、あの子がつよくなるのに、ちからをかせ」


 シェスティリエが不思議な艶を滲ませた笑みをこぼした。

 イシュラは、この笑みが好きだ。

 どこまでも清華な慈愛の微笑よりも、このどこか妖しさを帯びた笑みがいい。


「ああ」


 躊躇することなくうなづいた。

 シェスティリエの周囲に人が増えることは、イシュラにとって忌避すべきことではない。

 むしろ、肉の盾が増えるからいいかもしれないと思う程度には歓迎している。


「……ああ、そうだ。姫さん、ずっと聞きたかったんだけどな」

「なんだ?」

「なんで、天空の歌姫と同じ名前って言われるのが嫌なんだ?」

「……なんで、そんなことを……?」


 気のせいかもしれないが、シェスティリエが動揺したように思える、


「……いや、すっと気になってたんだ。けど、ルドクの前で聞くと面倒なことになるだろ。ちょうどいいから、ルドクが来る前に聞いておこうと思ってよ」


 どこへ行っても言われるから、とかそういう理由ではあるまい。まだ、そんな風に言うほど多くの場所で言われたわけではないのだ。


「それは……」


 シェスティリエが珍しく即答を躊躇う。


「……つまりだな……それは、私が……」


 そして、躊躇ったすえに口を開きかけたその瞬間だった。


「シェスさま、イシュラさん、お待たせしました!」


 タイミング良くか悪くかわからない絶妙の瞬間に、ルドクが戻って来た。


「あれ?どうしました?二人とも」


 ルドクからすると、無言で歩く二人の間に横たわる沈黙が何やら不自然に感じられた。


「……いや……何でもない」

「なんでもない」

「????????」


 何でもないというわりには、表情がおかしい。

 だが、ルドクにまったく思い当たる節は無かったので気にしない事にした。


「……それでですね、シェスさま。あの子の身代金は『お志』程度でいいそうですよ」


 身代金と言ったのは慣用句的なブラックジョークで、イリを引き取るために必要な喜捨のことを言っている。

 『神子を引き取る』と一口に言うが、聖堂とてこれまで育てて来た子供を無償で手離すようなことはしない。

 ────つまり、奉仕で返さないのなら、金で返せということだ。

 聖堂はそんなことは絶対に認めないだろうが、神子は聖堂にとって貴重な労働力であり、資産でもある。

 イリのように障害を持つばかりか、厄介者にされて持て余されていれば、それは形だけのものになる。

 だからこそ『お志』……幾らでもいいというようなことになるのだ。


「……おまえ、んな交渉してたの?」

「ええ。だって、シェスさまが、聞けって言うから……」


 どうやら、イシュラの知らないところで指示があったらしい。


「わたしがきくわけにはいかないからな。……そうだな、ファラザスきんか1まいでしはらおう」


 ファラザス金貨は、ファラザスが法皇として在位していた期間のうち晩年の十年間だけ鋳造されていた金貨だ。

 額面の百倍とも二百倍とも言われるプレミアがついている。

 ことに神聖皇国では、その価値以上に尊ばれる金貨だ。


「………………そりゃあ、法外な」

「よい。イリとて、じしんのきしゃがやすいのはふかいにおもうであろう。そのかわり、いろいろとほしいものがある……」

「……さっきの魔法瓶とか?」

「そう、まほうびんとか」


 にっこりと笑う。ルドクもだんだんとシェスティリエの気質や好みが呑み込めて来たらしい。


(ファラザス金貨か……。大量にもってたんもんな、あの白骨……)


 迷いの森に全財産をもって逃げ込んだらしい人間の慣れの果てから、ファラザス金貨ばかり200枚近くと小さいながら良質な……シェスティリエがそう言った……宝石がつまった皮袋をいただいてある。

 もしもの時の貯蓄はばっちりだとシェスティリエは言っていたが、あの時はどれどころじゃなかった。

 金や宝石は、文明社会だからこそ意味があるのであって、サバイバル中の森の中では無用の長物だ。戻ってこれた今だからこそ、その価値をすごいと感心することができる。

 森の中で手に入れた財産は、すべて、二重底にしてある葛篭の中だ。封印の呪文がかけられているので、他者には開封できないというシェスティリエの御墨付きである。


「ほういとか、せいいはなんまいあってもこまらない……あ、イリのぶんもいただくように」

「はい。法衣も聖衣もちゃんといただきましょう。交渉はお任せください」


 ルドクは、しっかりとした商人の顔をする。


「うん。たよりにするぞ、ルドク」

「はい」


 ルドクは誇らしげな顔で深々と頭を下げた。


(……とうとう、こいつまで姫さんの信者に……)


 いずれそうなるだろうとは思っていたが、思っていた以上に早かったらしい。

 イシュラは、この先、どれだけ自分の主の信者が増えていくのかを思って、小さな溜息をついた。



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