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第三章 王都ルティウス(3)

 ルティウスの聖堂は、白大理石で建てられたとても美しい建築物だった。


「やはり、かねのあるなしはおおきいのだな」


 シャスティリエがほぉと感嘆交じりの吐息を漏らす。


「何の話だ?姫さん」

「リスタのせいどうと、せっけいはほとんどかわらぬのに、ざいりょうがだいりせきというだけで、ゆうびにみえる」

「え、リスタと同じなんですか?」

「おなじだぞ。とうのかたち、せいどうほんたいのかたち、それから、にわのつくりかたもな」


 デザインの基本は変わらない。違うのは材質────そして、庭の外側に立つ建物の数だ。

 巡礼用の雑居房だけでも三棟くらいあるし、先ほどチラリと見た案内札によれば孤児院や救貧院等もあるようだった。


「おおきなうまやもあるし、あちらのたてものは、このせいどうにいるせいしょくしゃたちのしゅくしゃだろうな」


 すでに聖堂の敷地内に入ってだいぶ歩いたはずなのに、まだ建物にはたどりつかない。

 イシュラの背負う葛篭の上に座って高い目線から周囲を見回しているシェスティリエの機嫌は上々のようで珍しく饒舌だ。


「驚きました。ただの石造りか、白大理石かだけでこんなに違って見えるんですね」

「まあ、確かに金はあるんだろうな。人が集まりゃ、金も集まるってのは道理だ……しかし、聖堂の建物自体はなぜ大きくしないんだ?こんなんで信者をすべて収容できるのか?休日礼拝とか、人があふれるんじゃねえの?」

「あ、王都には、地区ごとに全部で七つの聖堂があるんです。でも、礼拝は外でありますから」

「あめのひは、どうする?」

「えーと……司祭様方が法術で雨を遮ってくださいます。こう、目に見えない屋根のようなものでですね、風か何かで空を覆って下さっているのだと思うんですが」

「ふむ……」


 シェスティリエは何やら考えこむ。

 術の構成が、とか、風と時を組み合わせればよいのか、とかぶつぶつと言っているところを見ると、どういう法術なのかを類推しようとしているのだろう。

 イシュラが思うに、シェスティリエにはやや魔術オタクの気がある。

 何にでもなれると高笑いしていたこともあるが、その選択は魔術を学ぶ事が前提であったに違いない。

 今だって、聖職者になることを選びはしたが、別に神の教えを広めるとかそういったことは頭にまったくない。聖職者になったのは目的に対する手段だと言ってはばからないし、事実そうなのだろう。

 だが、法術には特別な興味を示している。


(……結局、たいして魔術から離れてないっていうか……)


 天職なのだ。

 世の中そういう人間がいる。

 ────イシュラが結局はその剣を捨てられなかったように。

 ────あるいは、ルドクが穀物商になることを志すように。

 聖職者になったとしても、他の職業を選択する自由がなくなったわけではない。

 シェスティリエの場合、別に神子になったわけではないので、その気になれば還俗もできる。

 だが、禁則事項の少ないティシリア聖教の聖職者は、わざわざ還俗する必要はほとんどない。婚姻も許されているし、肉食も許されている。

 聖教団における栄達を求めないというのならば、単に在家となれば良いだけだ。


(姫さんの用は在家で充分足りるだろうし……)


 この幼さで下手に教団内でのあれこれに巻き込まれでもしたら大変なことになるだろう。


(……いや、大変になるのは姫さんよりも周りか……)


 イシュラが思うにシェスティリエは巻き込まれるほうではなく巻き込む方だ。


「ここが中央聖堂なんですよ。ただ聖堂ってシェスさまがおっしゃったので、中央でいいだろうな、と思って」

「それはかまわない。おうとのせいどうで、れいはいしておこうとおもっただけだからな。イシュラ、おりるぞ」


 声をかけたシェスティリエは、ひょいっと葛篭の上から飛び降りる。

 平均より頭一つ背が高いイシュラだからかなりの高さになるのだが、まったく怖がる素振りがない。

 見るたびにドキドキしていたルドクも、今ではほとんど気にならなくなっていた。

 シェスティリエは、身体は小さいが、動きはとても俊敏だ。たぶん、運動神経も良いほうなのだろう。体力をつけるといってよく歩くし、最近では、夜にイシュラに剣術を習っている。

 ルドクも一緒になって習っているのだが、シェスティリエの方が明らかに筋が良い。


「リスタできづいたのだが、せいどうのにわにあるはなやきは、すべてくすりになるものなのだ」

「ああ……。それで、いつもユータス助祭とごちゃごちゃやってたんで?」

「ユータスのせんもんはやくがくで、にわのていれは、ユータスがたんとうしているときいたからな」


 いろいろと話を聞くことができて有意義だった、とうなづく。


「やくそうをわけてもらったのだ。かわりに、わたしのやくそうもわけた」

「森で採ってたヤツですか?」

「そうだ。あのもりはやくそうのほうこだったな。ひとのあまりはいらないばしょでないと、そだたないようなやくそうもあるのだ。あのひどくしみるマァムとか」


 イシュラは苦虫を潰した表情になる。


「あれはもう勘弁してくれ。さすがのオレも悲鳴をあげるかと思った」

「でも、はやくなおっただろう」


 ふふん、といった自慢げな表情が可愛らしい。


「イシュラさん、ケガをしてたんですか?」

「そ。ちょっと足をな。……姫さんがいなきゃ、足切るくらいの大怪我だった」


 肩を竦めてみせる。

 口では軽く言っているが、実際のところは下手したら命を落としかねない重傷だったのだ。

 イシュラは、わずかな傷跡しかのこっていない足を見るたびに己の幸運を思う。


「気をつけて下さいね。イシュラさんは、騎士だからそういうこともあるんでしょうけど……」

「昔の話だ」


 まだ一月と経たない話なのに、昔と言うのがしっくり来るくらい遠いことのように思える。


「それなら、いいんですけど……あ」


 ルドクは、庭に知り人の姿を見つけて駆け寄る。


「ラナ司祭さま、お久しぶりです」

「……あら、ルドク。いつ王都へ?……まあ、巡礼するの?」


 ルドクが頭を下げたのは、ややふっくらとした笑顔が優しげな女性の司祭だった。

 ティシリア聖教では聖職に就くのに、男女差はない。

 強いて言えば、神官は女性が多く、武官は男性が多い。

 だが、全体比からすればほぼ同数だ。

 とはいえ、女性の聖職者は出世欲に欠けるのか、あるいは名よりも実をとるせいか、大司教以上の高位聖職者ということになると男女比は5:1程度にまで下がってしまう。


「はい。こちらのファナの侍者として聖地にお連れいただけることになりまして……。シェスさま、こちら、この聖堂のラナ司祭さまです」


 ラナ司祭は教団より何度も司教へと階位を進めることを望まれながらも、現場で子供達と居たいからと叙階を断り続けている人だ。


「まあ……こんなにもお小さいのに、ファナに?なんて素晴らしい。……はじめまして、私は、エーダ・ラナ。よろしければ、お茶でもいかが?」

「よろんで、エーダ・ラナ。わたしは、シェスティリエともうします」


(うわ、シェスさまが、ふつうにしゃべってる!!!)

(……姫さんが、普通の口調でしゃべってる!!!)


 ルドクとイシュラは内心ぎょっとしたのだが、それを表に表す愚はおかさなかった。


「まあ。天空の歌姫と同じお名前ね。何て素晴らしい!」


 表情をぴくりとも変えなかったが、シェスティリエの機嫌が急降下したことをイシュラは感じていた。


(────名前が気に入らないにしては何かちょっと違うようなんだが)


 なりたて聖従者が、主の内心を読み解くにはまだまだ修行が必要なようだった。





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