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第三章 王都ルティウス(2)

 翡翠湖を横目で見ながら、一行は、王都に入るための門に差し掛かる。

 国境以外であっても、王都やちょっとした大都市には関所が設けられている。

 彼らが、フェルシア国内を抜け、アルネラバに出るルートを選んだ最大の理由はそれだった。

 イシュラがいなければ、一番近いブラウツェンベルグ・ルートを選んだのだが、生憎、常に対ブラウツェンベルグの最前線にいたイシュラの顔はブラウツェンベルグでも有名だった。

 ローラッド・ルートも同様の理由だ。『ローラッドの左の死神』の異名をもつイシュラは国内でよく知られていたからだ。

 結果として、イシュラが同行する限り、他の選択肢はなかった。


「待て」


 これまでの都市と同じように普通に通り過ぎようとしていたら、上の高楼から声がかかった。

 二人の衛士の手にある長柄の斧が目の前で交差して、通り抜けを禁じる。


「はい?」

「なにか?」

「へ?」


 三人で立ち止まった。


「……本当にこのような幼い身で聖職者なのか?」


 彼らを呼び止めたのは、フェルシア王家の色である緑の騎士服姿の男だった。

 王家の色を身につけているということは、おそらく近衛だろう。

 その視線は、シェスティリエに注がれている。

 イシュラは軽く顔を顰めた。主に対する無遠慮な眼差しというのも、イシュラが嫌うものの一つだ。


「しょうめいが、ひつようか?」


 だが、イシュラには、シェスティリエがわくわくしているのがわかった。

 何でも聞いてくれ!という表情をしている。


(あー、勉強している成果を試したいんですね、姫さん)


 聖職者や巡礼に偽装する人間は後をたたない。それだけ優遇されるからだ。

 だから、関所では、偽物をあばくために証明を求められることがある。

 聖書は暗号の宝庫だと言って、毎晩楽しく読んでいるシェスティリエだ。きっと自信があるのだろう。

 前回の関所で、目の前の巡礼がそれを求められて聖書の一節を暗誦させられていたのを羨ましそうに見ていたのを、イシュラは知っていた。


「いや……こんなに幼い身で自ら聖職者になる者は珍しい。ファナ、よろしければ、今宵は王都の私の屋敷にお泊りにならぬか?」


 ぜひ、いろいろとお話を聞きたい、と男は言った。


「……よろこんで」


 シェスティリエは、必要とあらば愛想笑いもできる。だが、笑っている時ほど要注意だ。


(……姫さんは、こいつに何の利用価値を見出したんだろう……)


 とっさにそう考えるくらい、イシュラはシェスティリエの思考に染まりつつある。


「私の名は、リュガルト=シュリエール=ヴィ=ガーナ。お名前をお伺いしてもよろしいだろうか、ファナ」

「シェスティリエだ。これは、聖従者のイシュラと侍者のルドク」

「ほお……聖従者ということは、騎士位にあられると?」


 イシュラに目線を向ける。


(女だったら良かったのによ)


 思わず心の中で口笛を吹いてしまったほどの美形だった。

 目の前の翡翠湖とよく似た翠の瞳に赤みを帯びた金の髪。顔立ちも極めて整っている。女性であれば、さぞかし佳人と称えられたことだろう。

 男性としてはやや線が細いが、その右腕の筋肉のつき方をみれば、相当、剣の修行をしていることがわかる。


(だが……こいつは、戦場を知らない)


 イシュラにはそれがはっきりとわかった。

 そして、それは、決定的な差だった。

 人を斬ったことの有る無しではない。

 ただ、斬るための葛藤と斬った後の狂気を乗り越えたか否かだ。

 イシュラは、戦を知らぬ者に負ける気はしない。


「ああ」

「確かに見事に鍛えておられる」


 のうまできんにくだ、という呟きを聞きとめたルドクは、爆笑の発作をおさえるのに苦労した。


「とりあえず、まだはやいので、おうとをみまわるよていだ。……せいどうにもたちよっておきたい。ゆうこくにおうかがいすることにしたいが、いかがであろう?」

「勿論、構いません。我が家は、城山地区の大通り……青湖に面しております。『青湖のガーナ屋敷』と申さば、王都で知らぬ者はありません」

「あ、僕、わかります。白壁のとても美しいお屋敷です」


 ルドクが手を上げる。


「ああ……そうか、ルドクは、おうとにずっといたのだものな?」

「はい。五年ほど」

「そうなのか。……では、ぜひ、夕刻には我が家をご訪問ください。ファナ・シェスティリエ」


 リュガルトはシェスティリエに向き直ると、完璧なまでの騎士の礼で恭しく腰を折る。

 シェスティリエはそれに目礼で応えた。






「美人でしたねー、ガーナ伯爵」

「いくら美人でも、ヤローにゃ、興味ねーよ、オレは」

「そうなんですけど……あの方には、姉君がいらっしゃいまして……。『青のエリザベータ』と歌われる、そりゃあ、美しい方だったんですよ」


 吟遊詩人がこぞって歌を捧げ、絵描きがその肖像を競って描いたっていう絶世の美女だったらしいです、というルドクの言葉に、イシュラがうなづく。


「あー、あの兄ちゃんの姉さんなら、相当期待できんだろ」

「ええ。でも、その姉君は、15年前に父親が不明の子供を産んで死亡されたんですけどね」

「なーんだ、つまらん」


 イシュラはすぐに興味をなくす。どんなに美人だろうと、イシュラは血の通った生きている女にしか興味が無い。

 絵姿に恋する趣味もなければ、彫像を愛する趣味もない。


「当時、王都ではものすごい醜聞だったそうです。深窓のご令嬢が父親の名を明かさずに子供を産んだって」

「だろうな。貴族には、未婚の母なんざ、あっちゃなんねーことだろ」

「それが、三年前、父親が名乗り出たんです」

「……なぜ、そんなころになって?」


 シェスティリエが不思議そうに問う。名乗り出るなら、もっと早くに名乗り出るべきだった。

 それは、ひどく中途半端な印象を受ける。


「三年前、王都中にひどい熱病が流行ったんです。特に子供への流行がすごくて……王家では、当時、10歳の第二王子フレド殿下が亡くなり、次に、15歳の第一王女フェリシア殿下がお亡くなりになりました。その上、王太子のレイモンド殿下、第二王女のアリアナ殿下までもがその熱病に倒れたんです」

「…………つまり、こくおうのこどもだったんだな?」

「ええ。さすが、シェスさま。……わかりました?」

「そのはなしのながれからいえば、それしかないだろう」

「国王陛下は、ご自身にもう一人ご息女がいることを明らかにされ、お手元に引き取られました。それが、第三王女として迎えられたアルフィナ姫です」

「スペアだな」


 イシュラは、そこで首を傾げた。


「でも、フェルシアの国王って、婿養子じゃねえ?」

「そうなのか?」


 シェスティリエは、目をぱちくりとさせる。 


「あ、よくご存知ですね。はい。そうなんです。……幸いな事に、王太子殿下と第二王女殿下は回復されました。……それで、アルフィナ姫のお立場はちょっと困ったものになったんです」

「そりゃあ、そうだな。王家の血を引いているのは王妃だろ?それが、いきなり、隠し子引き取ったとか言われたら……」

「さいあくのパターンだ。ほうっておいてやれば、そのひめもしあわせだっただろうに。みがってなおとこだ」

「国王なんざ、そんなもんだろ?」

「……あー、お二人とも、ガーナ伯爵家でその手の発言はしないように気をつけて下さいね」


 つい、いらぬ心配をしてしまう。


「あんずるな。ときとばしょはわきまえている」

「そうそう」


 息の合った主従だが、その二人のよく似た表情にルドクはいささか不安が拭いきれない。


「だいたい、おうけのちをひかぬおうじょというのは、ひさんなものだ」

「悲惨?」

「おうぞくのかちのひとつは、まずはそのちだ。つぎに、おういけいしょうけん。そのひめは、どちらももっていない。おうぞくとしては、まったくかちをみとめられないといっていい」

「価値を認められない……」

「おうぞくとしてだぞ。おうぞくじゃなければいい。じぶんのかちを、じぶんでつくればよい。……そもそも、こくおうがおろかすぎるのだ」


 その語調はやや険しいものになりつつある。話しているうちに腹が立って来たのだろう。


「さいしょにだまっていたのならば、しょうがい、だまりとおすべきだろう。……おもいつきで、ろくでもないことをするから、みながふこうになる。」


 辛辣な口調に、イシュラとルドクは顔を見合わせて力ない苦笑いを浮かべた。


「べつにおまえたちのことを、いったわけじゃないぞ」

「いや、不出来な同性の愚行を責められると……こう、自分が責められている気になるっていうか……いたたまれないんだよ。……な、ルドク」

「ええ……」

「まあよい。ほかに、ガーナはくしゃくけについてしっておくことはあるか?」


 シェスティリエは気持ちを切り替えて問うた。


「いいえ。お話の上で、ガーナ伯爵の姉君のこと、それからアルフィナ姫のことに触れなければ大丈夫だと思います。……あ、そういえば、伯爵家の庭は名人と言われたヨーウッドが設計したものですよ。素晴らしいものなんだそうです」

「へえ」

「実はちょっと楽しみなんですよね。『青湖のガーナ屋敷』は王都で1、2を争そうほど美しい屋敷だと聞いていたんです。……中に入れるなんて、思ってもいませんでしたし、ましてや泊まらせてもらえるなんて……」


 これもシェスティリエの侍者にならねば叶わなかったことだろう。


「オレは別に屋敷とかは、どうでもいいけどな」


 イシュラは、美しい庭にも屋敷にもたいして興味がない。


「あ、でも、イシュラさんも食事は楽しみでしょう?貴族の人って常日頃、どんなごはんを食べてるんですかね?」

「メシってのは、家によるんだよ。……金つかうとこは、すごいけどな。毎日豚の丸焼きとかするとこもあるんだぜ」

「ちょっと、すごいですね」

「ああ。……けど、あの兄ちゃんの雰囲気からいって、常識範囲だろ。まあ、わざわざご招待ってことは、それなりにご馳走がでるだろうけど」

「楽しみですねぇ」

「肉、食いたいな、肉。がっつりと」


 聖堂で振舞われる食事は質素だ。

 だが、聖職者とその共であるというだけでその質はランクアップした。

 多少の肉類が食卓に上るようになったことと、おかわりが自由なことは大変に有難い。

 薄いスープや野菜粥一杯だった時と比べるとえらい違いで、そのあまりの違いっぷりにルドクとイシュラは目を見張ったものだ。

 道中、退屈したイシュラが狩をしながら歩くようになってからは、ウサギやら山鳥やらを獲ってゆくことが多くなった。肉食の禁のないティシリア聖教では、聖職者も肉を食べる。肉を持っていくと皆に喜ばれ歓待された。


「……きのうも、あんなにたべたくせに」


 半ばうんざりとした声音でシェスティリエが呟く。

 昨夜は、野宿だった。

 この時期は、野宿もかなり楽だ。雨もほとんどないし、何よりも追っ手を気にしながらの道中ではなかったから、堂々と一晩中火を焚いておける。

 ちょっとした罠をしかけたら、ウサギが三匹もかかってしまい、結果、その大半がイシュラとルドクの腹の中におさまった。

 シェスティリエは元々食べる量が少ないのだが、肉や魚になると更にその量が減る。

 嫌いというわけではないのだが、そう多くは食べられないのだという。


「そうだけどよ、昨日は昨日でもう消化ずみだからな。……しっかし、あの、姫さんが焼いてくれた串焼きはほんとにうまかった。皮はパリパリで肉はジューシーで……塩加減がいいんだよな」


 思い出すと、ちょっとうっとりしてしまうイシュラだ。


「クミのみとサパのみとしおのおかげだ」


 シェスティリエはそっけない。


「スープもすごくおいしかったです。たくさん、煮込んだわけじゃないのに、肉も柔らかくて……ちょっとぴりっとした味が良かったですよね」


 ルドクも思い出して、二人でうなづきあう。


「クミのみは、つぶすとにくをやわらかくするこうそ……そういうせいぶんが、はっせいする。しかも、にくのくさみをけしてくれる」

「へえ~。じゃあ、サパのみにはどういう効果があるんですか?」

「サパのみはややぴりっとしたあじがする。そのままだとたべられないが、りょうりにつかうとあじのアクセントになる」

「へえ……ほんと、シェスさまは物知りですね」

「……なあ、とりあえず何か軽く食わないか?食い物の話してたら腹が減った」


 昼時を少し外しているが、王都に早く入る事を優先した彼らはまだ昼食をとっていなかった。


「あ、おいしい焼き飯の屋台があるんですよ」

「焼き飯?」

「はい。ごはんを野菜と一緒に鉄板でいためたものなんです、それに甘辛く煮た肉の薄切りがのるんです」

「それでいいか?姫さん」

「かまわない」


 こくりとうなづく。これまで、シェスティリエが食事に文句をつけることはほとんどなかった。

 リスタにつくまでの迷いの森では水と木の実だけの事もあったし、聖堂でふるまわれる食事は薄粥一杯という事もあったのだが、何も言わなかった。

 別に味にこだわりがないというわけではない。おいしいものを食べれば上機嫌になるし、まずいものだと不機嫌になる。

 しかも、料理の知識は玄人並で、イシュラとルドクはよくその恩恵に預かっている。

 一度、理由を聞いたら、餓えないで食べられるのに味に文句を言ったらバチがあたると言っていた。


(これは、貴族の姫さんってより、捨て子だったっていう昔の姫さんの体験があるからなんだろうな)


「じゃあ、行きましょうか」


 ルドクは先頭にたって歩き始めた。


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