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アカイア戦記  作者: 秋茜
1/1

劫火

 荒れ狂う劫火が暗闇の空を焼く。この剣を紅く染めているのが、燃え盛る炎の色なのか、それとも戦いに敗れた人の血の色なのかも、わからない。それ程に今この場所は、破壊と殺戮で満たされていた。そしてその熱と煙が同時に黒衣の騎士に襲い掛かった。

「くそ。何なんだあれは。」

 すでに何十回と聞いた爆音がすると、鉄塊が火の塊となって飛来し、高さ18メートル、幅は12メートルにも及ぶユピテルの城壁に激突した。鉄塊は、泥でできた城を破壊するかのように、城壁を貫通し、城壁は音を立てて崩れ落ちた。すると、堰を切ったように兵士が流れ込んでくる。

「おーい。アタネス。お前の真っ黒な鎧もずいぶんと紅く染まったな。」

老騎士は62歳とは思えない身軽さで瞬く間に3人を切り倒し、彼の隣まで来るとそう言った。

「無駄口を叩いていたら切られてしまいますよ。」

 そう言う間にも更に彼らの周りには敵兵の死体が積み重なっていく。

「おい、アタネス。お前は退け。」

「なぜです。バフマン大将。」

「良いから命令だ。ここはもう長くは持たない。いや、この都市はもう駄目だろう。俺たちに奴らの侵略を防ぐ力はない。」

「しかしー」

 老騎士は有能な、40歳近く年下の部下の反論を、目だけで制した。有能な、40歳近く年下の騎士は、その目の意味することを悟った。城壁が破壊された時点で、勝負はついていたのだ。

「了解しました。」

 理解はしても納得していない様子で黒衣の騎士は答えた。

「孫を頼んだぞ。アタネス。」

 黒衣の騎士はその場を捨て風の如く、走り去った。

「今、お前を失うわけにはいかないんだ。たとえこの都市が滅びようともな…」

老騎士はそう、つぶやいた。 

 黒衣の騎士が走り去ったの見届けるとすぐに、老騎士は味方の軍隊を指揮し始めた。ユピテル軍の兵士はとにかく強かった。ユピテル兵一人で敵兵三人分はあった。更に、城壁が破壊されたこの状況下で、軍隊としての連帯を損なうことなく、集団として機能し得た所に彼らの真価があるだろう。

 しかしそれでも、彼らに勝ち目などなかった。たとえ、大陸最強の騎兵団と呼ばれていても、それは井の中の蛙でしかなかったのだ。いや、正確には違う。彼らは確かに強かった。それが、同じ条件でならば…

 バフマンに指揮されたユピテル兵は敵兵を圧倒した。崩れた城壁から雪崩れ込んできた敵兵に対して後退し、敵の陣形が縦に長くなった所を側面から突く。そして敵をそのまま分断し孤立した敵部隊を確実に撃破してゆく。巧妙に、突き、崩し、退いて、また突く。誰が見ても戦局はユピテル兵側に大きく傾いていた。そしてついに、敵兵を城壁のすぐそばまで追い詰めることに成功した。ユピテル兵の一人がそこに切り込もうとした時だった。

 悪魔がその口から火を噴き、破棄と殺戮を始めたのだった。


 

 炎は町と共に日常と平穏を飲み込んでしまったようだった。真昼のように明るい真夜中の街を、黒衣の騎士は遣る瀬無い気持ちで駆け抜ける。今、目の前で燃え盛る木や石で造られた二階建ての家々の一つ一つに人々の生活の記憶があった。炎はそれさえも飲み込んでしまう。ユピテルの繁栄が、人々の生活が、そして、この時代が過去のものに変わろうとしている。

―いつか、ここにあったものすべてが忘れられてしまうのだろうか。

―何もなかったことになるのだろか。

炎がより一層激しく燃える。

―すべて忘れられてしまうのなら、俺がここに生きていた意味は、果たしてあるのだろうか。

―我々が、ここに生きる意味。それは、果たしてあるのだろうか。      

 今、それを考える必要はない。アタネスは自分にそう言い聞かせた。戦いにおいて、迷ったら死ぬ。迷いは剣を鈍らせるのだと幼いころから言われ続けてきた。余計なことは、考えてはいけないと…

 ふと、黒い影が躍るのを彼の目が捉えた。そこには、町の炎に四方から照らされて、幾重に重なった黒い影が少女に襲い掛かろうとしていた。それを、彼が認識した時すでに身の丈ほどもある長剣が彼の意志通りに動き、町の炎とは別の紅を宙に踊らせていた。

 地面に転がったそれは既に生き物ではなくなっていた。ただの肉塊と化して地面に転がったそれを見る彼の目は、炎の色が反射し、紅く憎悪に染まっていた。こいつが、こいつらが、彼の国と戦友と平和を、奪い去ったのだ。ユピテル最強の騎士と謳われた男の力をもってしても、奴らの武力には遠く及ばなかった。

 見たこともない髪や肌の色をした奴らが、見たこともない乗り物に乗って、見たこともない武器を使い、これまで大陸最強と言われ続けてきた都市国家ユピテルの騎兵隊を玉砕させたのだった。ユピテル兵はその誇りと名誉にかけて突撃を繰り返した。しかし、敵にほとんど近づくことさえできずに、猛烈な勢いで飛んでくる、燃える金属の塊の前に虚しく散っていった。敵の攻撃はこれまでの常識を遥かに超えていた。そこには歴然とした、文明の差があったのだった。ユピテル兵は敗北に敗北を重ね、全軍の3分の2を失い、都市に敗走したのだった。都市で遠征組の兵士の帰りを待っていた市民を、驚きと恐怖が襲った。そのすぐ後だった。大気を砕くような爆音と共に、城壁が数か所、同時に破壊された。大陸の富と繁栄をほしいままにしていた都市国家の、終わりが始まったのだった。町は劫火に包まれた。



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