5話
「桜」
「親しくもないのに名前で呼ばないでよ!」
「桜」
「っ…」
何なのよ…!さっきから彼が主導権を握っていて、言い返しても無駄だと言われているみたいだ。
「俺が何の見返りも無くお前を助けたと思うか?」
「え…」
南野楓が真剣な眼差しで私を見てる…
さっきから胸はドキドキしっぱなしだけど…次は一体何を言い出すつもり…?
「お前の体が欲しい」
「…は?」
「あのエロダヌキに抱かれるよりマシだろ?」
「ちょっと待って…何を言ってるのよ…。私は誰にも抱かれる気ないわよ!」
コイツ…頭おかしいんじゃないのっ…
こんな事言う奴だなんて知らなかった!
さっき彼がプライベートでもエリートで居て欲しかったかどうか聞いたけど、今ようやく答えが出た。
ええそうよ!プライベートでも紳士で優しくて王子様のような男で居て欲しかった!
こんなの皆の理想の王子様じゃないわ!
「…何で私なの?貴方なら相手選びたい放題でしょ!よりによって何で貴方をライバル視してた私なのよ…」
「自分で考えな」
「な…」
南野楓って、こんな偉そうな男だったの?
なんか…ムカつく!
「じゃあ何で部長はあのスケベジジイの所に私を行かせたのよ!あの社長の会社、倒産寸前なんでしょ!ご機嫌なんて取る必要なかったじゃない!」
「それも自分で考えな。と言いたい所だが、可哀想だから教えてやるよ。
アイツもあのエロダヌキと同じ部類のクズだ。お前をあの社長に仕込んでもらい、最終的には感度の良くなったお前を自分の獲物にするつもりだったんだろ」
「う、嘘でしょ…信じられない…」
淡々と話す彼の言葉を聞いていたら急に青ざめてきた…
もし彼が助けてくれなかったら、私…とんでもない事になっていたのかもしれない…
想像するだけで怖い…
私どれだけ無防備で無知だったんだろう…
「お待たせ致しました」
怖くて震えている私の前に、マスターがカクテルを二つテーブルに置いた。
わぁ…綺麗な色…こんなカクテル初めて見るかも…
「飲めよ。落ち着くぜ?」
「うん…」
南野楓の言う通り、カクテルを飲んだら力が抜けてちょっと落ち着いてきた。
このカクテル絶対高い!流石エリート社員の南野楓…
「……で?俺に体預ける気になった?俺のものになるなら、全力で守ってやるけど?」
「っ、南野…楓…」
「ベッドの中の俺も知りたくなっただろ」
私はこの人の言う通りにした方がいいの…?
どうしたらいいか分からないよ…
「それ、飲み終えたら答え出しな」
「っ、けほけほ!そんな!そんな急には無理だよっ」
もう半分以上カクテルを飲んでいて、最後の一口を口に含もうとしたらそんな事を言うから…慌てて飲むのを止めた。
「ちょっと待ってよ…もう少し時間を…」
「俺がお前に時間を与えると思うか?嫌いなんだよ、直ぐに答えを出せない奴。だからお前はいつまで経ってもあんな部長にこき使われるんだ」
「……!」
ズケズケと遠慮なく私の心に踏み込んでくる彼。
冷たい言葉の数々に不覚にもまた泣きそうになってしまう。
彼の口から『嫌い』なんて言葉聞きたくない…
もっと優しい言葉を聞きたいのに…何でこんな酷い事ばかり言うのよっ…
「…お前って会社では強気なくせに、プライベートでは案外つまらないタイプだったんだな」
「も…言わない、で…」
南野楓の言う通り、プライベートは人の言いなりで自分の意思も無い私は返す言葉も見つからない。