3話
「離して!離してったら!!」
「暴れるな!」
「っ……か、えで…ひっく…かえで…っ」
両脇を掴まれたまま、高級車に乗せられそうになった時咄嗟に出たのは彼の名前だった。
こんなにあの人が好きなのに…ほんとに私、このスケベジジイとエッチな事しなきゃいけないの…?
怖い…怖くて堪らないよ…
『キキキキィーー!』
「桜っ!!」
無理矢理乗せられた車内でボロボロ泣いてしまい、いよいよ車が走り出そうとした時、誰かが通路の真ん中に飛び出してきたようで、運転手が急ブレーキをかけて走行を止めた。
誰?こんな危険な事をするなんて…一体何が起こってるの…?
それに…微かに私の名前が聞こえた気がする…
まさか……
いや、それはないよ…
こんな時まで幻聴が聞こえるなんて…ほんと馬鹿だよ私…
「桜!桜!ドアを開けろ!」
何度も幻聴だと思ったけど…耳からはドンドン!とドアを叩く音と共に自分の名前が聞こえてくる…
そんな筈ない…彼がこんな所に居る訳ない…
そう言い聞かせるけれど…ほんの少し期待してしまう。恐る恐る外を見ると、ずっと求めていた人が怒りの形相でドアを叩いていた…
何で…?どうして…
エリート社員の南野楓がこんな乱暴な事をしてるのにも驚いたし、それより何故彼が此処に居るのか、全く理解出来ない。
「何だ貴様は!これが誰の車か分かってるのか!」
呆然と彼を見つめていたら、あの社長が私の恋しい人の襟元を掴み、今にも殴り掛かろうとしている。
あのスケベジジイ!もう黙ってられない!許せない!
「おっ、おい!お前は大人しくしてろ!」
「離して!どいてよ!」
私は居ても立ってもいられず、さっきはビクともしなかったガタイのいい男の大事な所を思い切り蹴り、車から脱出した。
「ほお、君は以前我社の契約の時に居たな…。なら分かるだろう?この私が一体誰か…」
「ええ、勿論存じ上げております。貴方がただのエロダヌキだという事をね」
「な…何だと!?この私に向かってそのような口を聞くとは…」
「脅しても無駄です。貴方の事調べさせて頂きました。貴方は以前にも他の社員に無理矢理行為を迫られましたね。それだけではなく、賄賂まで渡して…
貴方は直に逮捕されるでしょう。不渡りで会社も倒産します」
「ふ、ふざけた事をぬかすな!」
「これは脅しではなく、事実です。我社は貴方と契約出来なくても痛くも痒くもない。寧ろ契約を打ち切りにした方がいいくらいだ」
車から降りて二人の話を黙って聞くしか出来ない私…
南野楓…
貴方…何言ってるの…?
だったら何で部長は私にこんな事を…
「わっ…」
信じられない…という眼差しで彼を見ると、急に私の腕を引っ張ってグイッと抱き寄せられた。
「それからコイツは俺のものです。簡単に奪おうだなんて思わないで下さい」
「冗談じゃない!ソイツは私の子猫だ!私が見つけたんだ!」
社長の言葉にゾッとしちゃうけど…南野楓とこんなに密着するのは初めてでドキドキが止まらない。
艶っぽい声と甘い言葉で私を翻弄する彼に、心臓が破裂しそう…!と思った瞬間に後頭部を優しく掴まれ、突然噛むようにキスをされた。