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【現在、鉄道連絡船を待っています…】
新緑の大地を抜けて、荒涼とした港町へ着きました。
「なんだか、どれも大きいね…」
アリスは、建物たちを見上げてそう言いました。
それもそのはず、この町の建物の玄関を見ると、普通の人が縦に3人入りきってしまうほど大きいのです。それに合わせて、建物も天を貫くほどそびえ立っていたのでした。
まるで巨人の国に迷い込んだみたい
霧が立ち込めていて、不気味です。
アリスたちは鉄道連絡船が来るまでの間、暇つぶしに外に散策に出ました。が、どの建物の扉は閉まり、ドアノブも高いところにあって手が届きません。
仕方なく、線路沿いに渡り、海を見ることになりました。
「すっごく大きい川だわ。お船さんもたくさん並んでる」
霧にまみれて、ボウっと幽霊のように船が並んでいます。
船と船がぶつかって軋む音とともに、遠くから『ボーッ』と聞こえます。
どこからどこまで陸地で海なのか、あいまいな境界。アリスは桟橋を渡って行きました。
クルッとうしろを振り返ると、家々の間から灰色混じった霧が濁流のように海に向かって流れていき、船に当たって砕け散ります。
カグヤが、まるで水面を歩くように足に霧をまとわりつかせながらやってきました。
「アリス、落ちたら危ないわ。戻りましょう」
アリスとカグヤは、列車があるところまで帰りました。
霧はより一層強くなってきたようです。そして、日が陰ってきました。
急ぎ足になる二人。向こうからマーリンが小さな火、ランタンを手にやってきました。
「もうすぐ夜だ」
カグヤはマーリンを追い越しました。
「カグヤ、なんだか変だよこの町…」アリスは、町の異変に気づいてカグヤを引き止めました。
「地面が鳴いてるよ?」
ズーン、ズーン。
不気味な音が薄暗い霧の奥底から聞こえてきます。
ズーン。ズーン。
それは、一定のリズムで、だんだん強く、近くなっていきました。それを認めると、カグヤは身構えました。
ズーン。
その音は、確かに今、私たちのしたで聞こえたのです。
マーリンが口を開きます。
「未だ主人を探し町を守り、町をさ迷う忘霊。あわれかな」
カグヤはマーリンの方へと視線を向けました。彼は天を見上げていました。彼女は、首筋に生暖かい息を吐きかけられているのを知ると、空を見上げました。
「耳ある者は聞くが良い、我が声を聞け」
「巨人だ…」
アリスはぽかーんと口をあけてそれを見ました。
雲のようになった霧の切れ間から、純白の顔が臨かしています。
バリバリと音を立てながら、その顔の口が開きます。
「異邦者よ、我が主人の園に足を踏み入れる者よ、災を運ぶ従者、禍を友とする者よ」
その顔は、炎のようにゆれる髪をなびかせ、ほとばしる雷を秘めた目を眼下に下ろします。友好的ではないことは見て取れます。
「かしこみかしこみ申す。アルビオンよ、いと高きもの、裁定者、主人はともにおられる」 マーリンが顔に向かって言葉を発します。カグヤは思わず声をあらげました。
「マーリン!」
彼は、人差し指を口に当てて、静かに、とカグヤを制しました。
「我が主人は真なる者。虚言を申すは誰だ、名を申してみよ」
バリっと何かが裂ける音が空気を重くしました。海からも、吹いてくる風が水気を吸って重たいです。
マーリンはアリスに目配せしました。
「ワシはマーリン」
それに続けて、「わたしはアリス」
風が吹き抜けるように、アルビオンは笑いました。あちらこちらから、ヒューヒューと空気が抜けるような音が鳴り響き、風切り音が激しくなりました。
「主の威光を騙る者。主の焼き尽くす捧げものとする」
無秩序だった風向きが、アリスたちの方へと集まっていきます。アルビオンの姿は霧に隠れてしまいました。かわって、手が空から伸びてきました。
「いま、心でさえも眼を閉じた。古き者よ、そなたの主人は言われたはずである、『自分の手で良い業を行え』と」
マーリンは、アリスに剣を呼ぶように言いました。
手がマーリンを捕まえました。
ギリギリ、バキバキと彼をしめつける音がします。
シュッと剣が現れて、アリスの手におさまりました。すかさず、アリスはマーリンを助けるために手に斬りかかりました。
指は切れて、切り口からは水蒸気が溢れ出しました。
落ちた指先は、煙となって消え、手は空に引っ込んで消えました。
ぽつっと、雨が降ってきました。
それは次第に強くなり、オーンオーンといううめき声とともに嵐になりました。
「ありがとうアリス、さぁ行こうか」
しかし、マーリンは片膝をつきました。
「大丈夫?!」
アリスは彼の肩を持ちます。しかし、背が足りません。
見かねたカグヤがそれを助けました。
列車への階段を登るところで、カグヤは一人、呟きました。
「あなたはいったい…」
【これより連絡船内に入ります。車内の揺れにご注意ください】
嵐の吹きすさぶなか、列車は走り出しました。
屋根に打ちつける雨が車内を包んでいます。列車が転車台に乗ると、ゆっくりと向きを変えていくのがわかります。
ガコンと音が鳴ったあと、列車は前後に揺れて発進しました。
外の様子を見るアリス。そこには、雨つぶの舞踏会が開かれていました。数分もしないうちに、足場の悪いところを走っているのかガタガタとゆれ出して、雨つぶはふるい落とされていきます。
音がこもるような反響音になり、スッと、暗い影が世界を飲み込みました。ちょうど、連絡船に乗り入れたのです。
足元のボヤッとした照明を頼りに、アリスたちは出入り口に向かいます。
「ワシは留守番でもしていよう。楽しんでおいで」
マーリンは、首をポキポキと鳴らして、列車の中に戻って行ってしまいました。
カグヤは、憑き物が落ちたような身の軽さを覚えました。だって、得体の知れない相手と同じ屋根の下にずっといたのですから。
それはさておき、二人は列車から降りました。
列車がまるまる収まる長い長い格納庫です。たしかに、列車がまるまる入るニューベリーの駅は見事でもっとおおきいのですが、これは船です。水に浮かぶもので、これほど長大なものは知りません。ニューベリーで大きい船といえばゴンドラくらいなものです。
列車の蒸気にまみれて、人影があります。アリスは、それに近づいて行きました。
「はじめまして」
話しかけましたが、返事は返ってきません。
「もしもし?」
どうしたんだろうと、その人の袖を軽く引っ張ると、「人、じゃない…」。それは、精巧にできた像だったのです。
まるで、今にも動き出しそうなほどの迫力です。
「さぁ、行きましょう」
「うん」
カグヤは、像に見向きもせずに階段を登りました。
ギシ、ギー…。
船は木造でした。今にも崩れそうな音を立てています。
階段を登ると、目の前に大きく案内板がありました。カグヤはそれを見ています。
「客室があるわ。部屋の鍵は、ここから先のフロントで…」
「さ」と、カグヤはアリスの手を取りました。
各々、様々なポーズで、先に見たような像が点々とありました。通路を行くと、カウンターらしきものが壁の一角からあらわれました。
そのカウンターの上には、鍵が置いてありました。カグヤはそれを拾い上げます。鍵にはヒモが結んであり、小さな板がぶら下がっていました。そこには『DCIX』と掘られています。
フロントの横には、また階段があり、カグヤはアリスを連れて登りました。出た先には通路があり、無数のドアが両側にありました。
「DXXXII、LXI…」ドアには文字が刻まれていて、カグヤはしきりに、鍵についていた板の文字とドアの文字を照らし合わせています。
『DXIX』
文字が合う部屋がありました。彼女は、鍵を使ってドアを開けます。
ガチャッという音とともに、ドアは少し開きました。開け広げると、中は埃まみれでひどいありさまでした。
「カグヤ…ここがわたしたちの部屋?」
「まずは、掃除からってところかしら」
部屋にあった箒で、一通りの埃を部屋の外に出し、湿ったシーツのベットに座りました。
「まだ出発しないねー」
かれこれ一時間はしたでしょうか。
二人は、部屋の中でジッとしていましたが、アリスはしびれをきらして部屋を飛び出して行ってしまいました。
フロアを上がり、大広間のイスに座り、立ち、うろついて、走ったり、また座り。
そうして暇をもてあましていると、ぐぐっと船内が動き出すような振動が響き渡りました。
ようやく出航するようです。
アリスは、部屋に引き返そうと小走りになりました。階段のところまで走り、像の横を横切ろうとした時です。
「…ッ!」
横切ろうとしたはずなのですが、像にぶつかってしまいました。
「おじょうさん、走ると危ないよ」
「!」
なんと、像がしゃべり始めたのです。
「ご、ごめんなさい」
ぺこり
2~3年前の書きかけのものを載せています。
当時の熱意が戻りましたら続きを書こうと思います。