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「マーリン、、、魔法使い。わたしの世界にそんな人は居ないわ」
「ワシは君の世界の住人じゃないからね」
「外の世界の人間よ、気をつけなさいアリス。唆されるわ」
カグヤは、アリスを自分の後ろに送ると、きつい目でマーリンと名乗る若者を睨んだ。アリスはただただ、恐れてカグヤの袖を強く握りしめる。
「確かにそうだ、外の世界の住人が、しかも魔法使いがこうして乗り込んでるんだ。いわゆるハイジャックとでも言おうか。恐れるのも無理はない。だがしかし、ワシは先に言ったように危害を加えるつもりはない、むしろ君たちに感謝しているのだよ」
カグヤは押し黙ったまま、マーリンを見据えてました。
「信用されてないね、こりゃ。参ったな、暗示でもかけられると思っているのかね。よし、いいだろう」
トンネルを潜った拍子に暗転する視界。目がなれる頃にはマーリンの姿はそこにはありませんでした。
「そうだね、外の世界の案内人として安全安心の旅路になるようサポートしよう。アリス、そしてカグヤとやら、こちらへ」
またどこからともなく声がしました。
二人は導かれるがまま広間に行きました。すると、マーリンがテーブルについていました。
「なぜ感謝しているか訳を言おう。ワシは乙女に恋をした、そして斯く斯く然々、呪いをかけられた。その呪いは幽閉されること。こうしてワシは、アリス、君の世界に閉じ込められたわけだ。自力でなく、他力でないと外に出られない。だが、今まさに他力本願、外にもうじき出れるわけだ。感謝しかない。恩に報いたいのだよ。分かっていただいたかな?」
マーリンは、手の動きも交えてそう言いました。
それでもカグヤは、「それが本当でも、私はこの旅路に毒蛇を同行させる訳にはいかない」と言い切りました。
しかし、アリスは納得がいかないようすです。
「ねぇ待って、マーリンは悪い人なの、カグヤ?」
即座にカグヤは言い返しました。
「悪い悪くないの問題ではないのです」
「じゃあ、外の世界に降ろしてあげたら二人で行こ?わたしにはマーリンが悪い人じゃないように思えるの」
アリスは、優しさからかそう言いました。
「アリス…」
「ねぇマーリン、それでいいでしょう?」
「魔法の力が及ばぬ運命がそこにあるとしたら、そうしよう」
カグヤは、アリスを気遣うように言います。
「アリス、お人好しも度が過ぎると後悔しますよ」
「慈悲の心が大事って台本に書いてあったもん。わたしはそれを信じてる」
アリスは胸を張って言います。
「そうね…。マーリン、粗相が見られれば容赦はしません、しかし、ニューベリーの同胞が慈悲をと言うのならそうします」
「これはこれは…お互い、理解を深めていければ幸いです…」
「…」
アリスは、パンと手をはたいて仕切り直しました。
「カグヤとマーリンとわたしとで、仲良しの挨拶!今後ともよろしく!」
「よろしく」
「壁を出るまで、それまでよろしく…」
「マーリンは魔法使いなんでしょ。魔法を見せてよ!」
「ワシの魔法はここじゃよここ」指先を頭にトントンと突いた。「この頭脳でもって魔法とする」
「えー、なにそれ。わたしの知ってる魔法使いは何もないところから火を出したり…」
「何もないなんてそれは間違っているよ。カラクリ、トリックの種があるのだよ」
「本当にそれで魔法使いなの?」
アリスはがっかりしたように、ため息を吐きました。
「いずれ分かる時が来る。真の魔法使いは自然の法則によってのみ実現し得るもの。自然の法を外れたものは、それは単なる奇跡的なことだ」
「だから奇跡的なことが見たいんだってば!魔法見せてくれないならいい!」
アリスはマーリンと話すのをやめて、すたすたと広間から出ていってしまいました。
広間の隅の席で、マーリンとアリスの会話を見張っていたカグヤは、苦笑していました。
「なんだね、カグヤ。ワシがそんなに可笑しいのかい?」
「そうね、魔法使いじゃなくてペテン師というのがよくわかったわ。私はあなたを少しばかり警戒しすぎていた」
「そうか、やっと打ち解けたというわけだ。しかしカグヤ、ワシが本当にペテン師か否か、予言で証明しよう。これも立派な魔法の一つだろう」
「あら、この期に及んで何かしら。こういう場合、二択のものを出して、自分が賭けたほうが当たるよう神に祈るのよね」
「そう、二択。君とアリスに試練が訪れる。そして、アリスが選ばれる。それによって君は奇跡というものを心に思い留め、ついでにワシを馬鹿にしたことに対する謝罪も込めてワシをこの列車に留めておくだろう。それは、案内人の水先案内人として認めるということだ」
「自信有りげじゃない、いいわ、アリスが選ばれるとしてその種とやら明かして見せてあげる」
「言ったね、試練の証人をワシがやろう」
アリスはバルコニーから、様々なものを見ていました。
どこまでも新緑が覆う世界。花はその花びらを散らすことなく、草木森は太陽の光を地に降らし、木立は日陰を降らす。遠く見えるは波打つ地面の残像でしょうか。まるでキャンバスに線を引いたように、レールだけがこの殺風景の中で生き生きとしているようでした。
レールが辿る先には、そして空がまるで抜け落ちたように、景色がそこだけ違っていました。
アリスは、初めて自分の世界を外から見ました。子供が親に抱かれて、はじめて大人の目線で物事を見たのと似ていて、見上げても見えなかったものを見下ろして見ることによって、ああ、世界はこうなっているのかと受け止めるように。
言い寄れぬ不安に駆られるアリス。その背後から不敵な笑みを浮かべるマーリンが現れます。
「常若の野に芳しく神無月」
「嘘つきマーリン、何しに来たの」
「喜びの原で今にも泣きそうなのは誰だい?」
アリスは、プイッと背を向けて、手すりにもたれ掛かります。その視線の先にはニューベリー。
「この地には都市が眠っている、見よ、あの巨人の丘を。あのヤドリギの下にはかつて繁栄した人間たちの営みがある。だが今は、永遠に目覚めない。魂が抜けた人形が動かないように」
「それじゃあ、ニューベリーは木々に飲まれてしまうの?」
「さぁ、命果てることがあるなら飲まれてしまうだろう」
アリスはまた、ニューベリーの方へ顔を向けました。