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始めこそ、慣れない相手に距離をおいていたアリスでしたが、カグヤと何日か寝食をともにして親しくなっていきました。
さぁ、今日はどこへお散歩に出かけようか。桜が一年中咲いている通り、小島が浮かぶ池がある公園、落ちてばかりいる橋、広大な森、などなど。歩けばどこかしら面白いところに行き着くので目的地は決めなくても大丈夫。
「そんなに焦らなくてもいいのよ」
カグヤの腕をグイグイ引っ張るアリス。
「早く案内してあげたいの、ニューベリーは素敵なところよ」
「そうね、アリス。でも、もう行ってないところがあるのかしら」
「んー」
アリスは、腕を組んで首を傾げました。
「ないわ」
「思った通りね」
「ないけど、二人でお散歩してないわ。いつも誰かにあって落ち着かないんですもの」
「そう、ね。ではアリス、こうしましょう。私が案内するというのは」
「それは、案内する人が案内されることでしょう。なんでそんなことができるの?」
カグヤは、懐中時計を取り出して時間を見ると、ぱちんとフタをしめました。
「アリス。時として、誰も居ないというのは何もないということ。でも誰もいないというのはある」
アリスは、カグヤの突拍子もない言葉にぽかんとしてしまいました。
「私とあなたがいて、時間がすぎるところに行きましょう」
「なぞなぞ?何かしら…?」アリスは両手を差し出して、時間が過ぎていくということを両手を水平に動かして表現してみた。
「分かった!列車ね!でも列車が動くことはないわ。だって、そんなところ見たことがないんですもの。景色も、外ならいいわ、でも駅の壁しか見えないんですもの。あんなところ退屈よ、動かない列車なんて」
「いいえ、動かないのは誰も必要としてないからです。でも今は違います。ほら、私達を待っています。行きますよ、アリス」
カグヤはアリスの手を取ると、足早に駅へ向いました。
「ねぇカグヤ、わたし、二人で居られるところを探してるけど、だからといって都合よく列車が動くわけないわ」
アリスは困惑した顔を見せます。
カグヤは、近くなっていく駅を指差して、「アリス、外の世界に行くことを覚えていますか?今、世界がそれを望んでいるの。それは、時の流れがそうさせているの」
旅に出るのが、こんな急にとは思わなかったアリス、それに列車が動くかどうかさえわかりません。
「待ってカグヤ、まだ皆に行ってきますの挨拶を言ってないわ」
「安心して、あなたを見送る者に挨拶をすればいいのよ」
「まるでお別れみたいね。ねぇカグヤ、いつニューベリーに帰れるの?わたし、うっかりしていてそのことを聞くのを忘れてた」
「あなたが帰ろうと思った時がそうね」
「旅ってそういうものなの?わたし、何も知らないし、急だから考えがまとまってないわ。カグヤは自分の世界に帰るんでしょう?わたしを置いていくの?」
「置いていくのではありません、連れて行くのですよ」
「ふーん」ちょっと、言葉遊びに聞こえる。
端から端まで見えなくらい、駅の近くにきました。
大きな大きな駅、だけど誰もそれを使う者はいません。だって肝心の列車が動かないんですもの。
しっかりとしたレンガ造りの階段を登っていくと、アリスの足元をまとうようにネコがぼうっと出てきました。
耳から耳まで届くようにニタニタと笑うネコ。
「やぁ」
ネコは、人懐っこくアリスに声をかけました。
「門出の一番乗りってところだねぇ。めでたいめでたい」
そのまま、ひょいひょいと階段を飛んで最上段へ着くと、アリスたちを見下ろしました。
「楽しい思い出、楽しい思い出、作っておいで。忘れることのない思い出ほど楽しいことはないからね。大人になるってそゆこと。そうだと思わないかい」
「そうだと嬉しいわね」
カグヤは、そう言ったアリスに不思議に思いました。
二人と一匹は駅内に入ります、ネコはスタスタと前を歩いていきます。
クルンと尻尾を振ると、ネコは壁に向かって歩いていきます。
「オレは悲しいなぁ、邪魔者がアリスを付き纏うだろうってことをね」
「付きまとう?カグヤは邪魔者じゃないわ」
「もう行くんだろう。邪魔者が誰か言ってるヒマもなく、ね。ああ、悲しい」
悲しい、悲しいと言いながら、ネコは口元を残して壁の中へ消えていきました。やがて、その口もなくなっていきました。
「ああ、忘れないように覚えても、消えてしまうものさ。だって元から忘れているんだから。旅は道連れ世は情けなんてそんなもの、そんなもの」
「何よ、それじゃあ行ってくるわ」
「アリス、さっきから誰に言ってるのかしら。それと、壁に話してても埒が明かないわよ。列車が待ってるわ」