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魔法令嬢、辞めたはずですが?  作者: 里見春子
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8 魔法令嬢、辞められませんでした。


 思い立ったが吉日、ルリエルは青年の腕を掴むと勢いよく中庭に駆け出した。

 伯爵家の御令嬢がそのような振る舞いをすると思っていなかった青年は、驚いた顔をしながらも、腕をもぎ取られないように大人しくルリエルに引っ張られるまま足を動かした。

 広大な庭の端まで来て、いよいよ人気が無くなったときルリエルは急ブレーキで止まった。


「こんなところまで来て、どうするおつもりですか?」

「一旦、埋めますわ!土に埋まれば何でも忘れられると、お祖父様も昔言っていたような気がしますもの!」

 

 白いシルクのグローブを身につけた手でそのまま土を掘ろうとする勢いに、なるほど自分を埋めようと思っているのか、と青年は理解した。そしてちょっと待ってください、と制する。


「多分勘違いをされていると思いますが、私は特にエルフと通じてたからと言って糾弾するつもりはありませんよ」


 ルリエルが、うっそだあ、という顔をする。人形のように綺麗な顔立ちをしている分、とぼけた顔が良く目立つ。

 

「本当ですよ。ただ確かめたかっただけです。とは言え、この反応を見ればYESと言っているのと同じことだと思いますが」


「わ、私はそのようなこと、心当たりがございませんわ。何か勘違いをなさっているのではありませんか?」


 それでも一応、ルリエルは否定をした。外交法令に違反するということは、ルリエル一人の問題では無い。事の次第によってはディフロンション家自体取り潰しということもあり得る自体だ。そうなれば、ディフロンション家の家族だけではなく、ルーモスを始めとした使用人一同、そして領民全ても路頭に迷うことになるのと同義だ。そのぐらいの理解はルリエルも十分していた。

 ただ、嘘をつくのは全く得意では無いので三文役者のような台詞の読み上げっぷりであった。


「私はあなたをお見かけしたことがありましてね。歳格好は大体わかりましたから街やパーティを回ったりしてずっと探していました。まさかここのパーティにいるとは。あの時の格好とよく似ていらっしゃいましたのですぐに分かりましたよ」


 あ、終わった……とルリエルは思った。この白と赤のドレスとよく似ていると分かるのは、まさしく魔法令嬢の姿を見たことがある者だけのはずだ。たらーっと、冷や汗が落ちる。

 にっこりとした笑みは、先ほどの御令嬢たちのものとは違い、爬虫類のものだ。例えるならそう、蛇のような。


「繰り返しますが、密告だとか、糾弾するつもりはありません。ただ貴女が何をしているのか知りたいだけなのですよ」


「……本当ですの?」


 この青年がどこのだれなのかルリエルには分からないけれど、しかし、つまるところ、お国にバレさえしなければ問題はないのだ。バレてしまった以上、口止めを頼むのも得策なのかもしれない。

 と、そう思った時。ゴン、という鈍い衝撃がルリエルの頭から走った。比喩的な表現でななく、物理的に頭に何かがぶつかった。「〜〜〜〜〜〜〜っっっ」と、声にならないほどの衝撃に悶えていると、


《お嬢様、このようなところにいらっしゃいましたか。探しましたよ》


 白銀に、鳥が鎮座したその形。そして、少しだけ歪んだステッキはとても見覚えがあるものだった。でも、それはもう動かないはずのもので。


「な、な、な」


 なぜ、どうしてと言いたいけれど、この場で叫びたい衝動を辛うじて残った理性が引き止めた。そして気付く。ぐぎぎぎぎ、と非人間的な動き方で首を動かしたルリエルの視界の先には、あの青年。

 ふむ、と顎に長い指を乗せて少し考え込む様子を見せたが、


「よく理解できましたよ。そのステッキがエルフに通じているのですね」


 と言った。


「聞きたいことは山ほどありますが、私は今日はここがタイムリミットです。また近々お会いしましょう」


 先ほど頭にステッキがぶつかった時に落ちた薔薇の花を広い、自身の胸ポケットに刺して屋敷の方へと颯爽と戻っていく。ルリエルはその後ろ姿をぼーっと見つめ、それからステッキの方を向き直した。

 暗がりで青年の姿が見えずルリエルが一人だと思っていたステッキは完全に出る場所を間違えたことを悟った。

 ルリエルのその姿は白い抜け殻であった。


 *


 その後のことはルリエルは覚えていない。

 ルリエルの姿が見えないことに気がついたヴィンセントが屋敷へと連れ戻し、そしてその後はそれはそれは大人しく挨拶をしたり、ダンスをしたりする様に逆にヴィンセントとアマーリエが不気味に思ったほどであった。

 ただ、ダンスもドレスも含めてルリエルの立ち振る舞いは社交会で評価され、ディフロンション家の御令嬢が華々しくデビューしたと話題になった。魂が抜け落ちている状態なので、いつものトボけた発言も、奇怪な行動もしなかったことが功を奏したのだ。

 ヴィンセントはまだ怪訝な顔をする中、帰りの馬車でアマーリエに誉められまくっていたが、当然その時もルリエルの中身はどこか遠くを飛んでいた。


 そして翌日。

 狂ったように紅茶を注いでは飲み、注いでは飲み、


「平和って良いわねえ」


 とお気に入りのテラスで大好きな紅茶を嗜んでいるルリエルの姿があった。

 高地にあるディフロンション伯爵家は空に近い。夏の大きな雲がゆっくりと空を流れていく。バニラの効いたクリームがたっぷりと詰まったパンを思い浮かべながら、その雲をルリエルの目が追った。


《あの、お嬢様、私の存在を無かったことにしないでいただきたいのですが》


 昨日からずっとルリエルの後を追ってきたステッキが耐えきれずに言った。半日ほど待ったのは、自身の失態もあるので反省心の現れだ。しかしこのままだと記憶から完全にシャットアウトされそうだったので、流石に耐えきれなくなり話しかけた。


「……今日は、確か学園入学のための準備の日だったかしら。制服、楽しみだわあ」


《明らかに聴こえていらっしゃる様子で無視をされましても。まあ、聞いていらっしゃるということで話させていただきますね。お久しぶりです、お嬢様》


 現実逃避をしていた魂が、やっとルリエルの体に戻ってきた。たしかにあのステッキが立っているところも見えるし、話しているのも聞こえる。


「うふふふ、久しぶりね。何かこちらに忘れ物かしら?」

 

 カタカタとティーカップを震わせながらルリエルが言った。完全にマナー違反ではあるが、それどころではない。


《忘れ物、と言えば忘れ物ですね。貴女様にまた別のお願いをしに参ったのです》


 確かに「また会う日まで」と言っていたが、それは完全に社交辞令か何かだと思っていた。だから、少し感傷的になりながらもすっぱりと気持ちを整理したというのに。


「なんで!?どうして!?魔法令嬢はもう終わったのではなかったの?」


 吐き出されたのは魂の叫びだった。


《だから、前回の最後にまた会う日までとお伝えをしたではありませんか。エルフの国に戻っていたのはもともと調整のためと、我が主と今後について話すためだけです》 


 さらさらと、自分が砂になっていくような感覚をルリエルは覚えた。

 二ヶ月の平和な日々。やわらかなパンにおいしいお茶。マリーメイトの楽しいおしゃべり。そしてこれから先の学園生活。それが崩れていく感覚だ。


「どういう、ことか説明してくれるかしら……」

 

《話は簡単なことです。前回、お嬢様には2年掛けて(ゲート)を閉じていただきました。しかし、それは応急措置でしかありません。根本の問題は、もともとその門をこじ開けようとしてた魔族がいるということです》


「魔族は……もう倒したのでは……」


《あれは、門が開いたことを利用していた者たちです。最初にこじあげた魔族はあの中にいません。それを倒さなくては、また門が開かれておしまいです。そうしたらお嬢様は一生魔法令嬢のままですよ》


 なんと。

 ルリエルの脳裏に、10年後、20年後も魔法令嬢をしている自分の姿が思い浮かぶ。それと同時に、先日ルーモスに鼓舞されて湧き上がってきた貴族令嬢としての夢が消え去っていくのを感じた。幸せな結婚と、幸せな家庭。魔法令嬢をしながら……いや、その時には令嬢ではなく魔法夫人になっているはずだけれど、そんなことは出来ない。


「それは……嫌よ」


《そうですよね。ですから、どうぞお嬢様、私たちにまた力を貸してください。勝負は次の門が開かれるまでです。次に開けられる門がもしも大きいものであったら、這い出てくる魔族は前回の比ではありません。そうすれば被害は恐ろしいものになるはずです》


 魔族の恐ろしさはルリエルは身に沁みるほどわかっている。

 それが人を襲えば、どのようになるのかも、よくわかっている。 


「……分かったわ」


 こうして、ルリエル・ディフロンションは再び魔法令嬢に戻ったのであった。

 背後にいたルーモスがそっと涙した。


《毎度、ちょろ……話が早くて助かりますね》


 という声に出さない呟きまでは、どんなに耳の良いルリエルにも聴こえなかった。


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