7 魔法令嬢、社交会デビューします。③
すやすやと眠る赤子を抱いた妻エリザベスを隣に連れ、アイリス侯爵家長子のヘンリー・アイリスが始まりの挨拶を述べた。
その近くには、ダークブラウンの髪を撫で上げた、精悍な顔立ちの青年が立っている。高い背を真っ直ぐと伸ばして、はにかむエリザベスと引き締まった顔をするヘンリーの方に視線を向けていた。その背格好はヘンリーによく似ていて、とても背が高い。
「彼が、リージュ・アイリスだよ、ルリィ」
ルリエルがじっと見ていたことに気づいたヴィンセントがそっと耳打ちした。なるほど、彼がマリーメイの話していたリージュ様か、とルリエルは納得した。確かにこの御仁が騎士服を纏って立ってでもいたら、それだけで姿絵として爆売れするだろう。
それから、その隣にはブラウンの癖っ毛の特徴的な青年も立っている。立ち位置から見てアイリス家の親戚筋の方なのかもしれない。
挨拶回りから帰ってきたアマーリエも合流し、それからね、と補足した。
「あちらが王族の方々よ」
ほとんど唇を動かさないで話すアマーリエの示す方向には、前国王陛下夫妻と、現国王陛下の弟夫妻が並んでいた。艶やかな黒髪は、王家の血を引くものに現れる色だ。
しかし、黒髪にエメラルドグリーンの瞳を持つと言うエリオット王子殿下らしき姿は無い。あわよくば見初められて……という期待は無いものの、社交界を賑わせる美貌はやはり少し見てみたかった。
挨拶が終わったところでファーストダンスの時間となった。
「行こうか、ルリィ」
「はい、兄様」
ヴィンセントとは何度も練習をしているため、不安なく踊り始めることが出来た。ヴィンセントのリードもある上、ダンスは元々得意中の得意なのだ。御令嬢が踊るにしてはステップのキレが良すぎるという注意は教師に何度も言われれていることであったが。
ターンする度に刺繍の薔薇が花開くようにふんわりと揺れ、髪に差した花弁も甘く香りを放っている。シャンデリアの光も、柔らかに流れる音楽もルリエルにはとても輝くものに思えた。
デビュダントの格好をしているためか、それともヴィンセントのファンなのか、ダンスの間、方々からちらりちらりと視線が送られてきていた。特に一番強い視線が送られていた方向を目で辿っていみると、あの癖っ毛の男性が立っている。吟味するようにじっとルリエルのことを見て、ややしてふっと微笑んだ、気がした。気がしたと言うのは、ぐるりとターンが終わったその時にはその男性はもういなくなっていたからだ。
「ルリィ、どうしたの?」
「あ……いいえ、なんだか見られているような気がしたの」
「ルリィが綺麗だから見ていたんじゃないかな?」
「またお兄様ったらそんなこと言って〜〜うまいわねぇ」
「その反応は止めようね、ルリィ」
ヴィンセントに話しかけられて視線を逸らした間に、青年もルリエルとは違う方向に視線を向けていた。
何だったのかしら?と思うが、今日の格好はアマーリエの厳しい監修を通過しているし、ダンスもヴィンセントから注意が入らないということはおかしなことはないだろう。とてもレディとして品定めしているというようにも思えなかったし、とするともしやまさか兄様のファンの方……!?と行き着いたところで、ヴィンセントから集中力が切れているよ、と注意を受けた。
なんとなく気になりはしたが、一曲目のダンスは無事終了した。良かったわよ、とアマーリエにも褒められ、褒められて伸びるタイプのルリエルはへっへっへと笑った。
同じく、一曲目を終えて談笑に入っているエリザベスのところに3人で向かい、挨拶をした。
「エリザベス様、この度はおめでとうございます」
「アマーリエ様。まあ、ありがとうございます。……あら、あなたもしかして?」
「ルリエル・ディフロンションにございます。この度はおめでとうございます」
「まあまあ。そんなに畏まらないで?あなたがもう少し小さい時、よくお茶会をしていたけれど……とても素敵なレディになったのね、見違えてしまったわ。先ほどのダンスもフロアで一番目立っていたからどちらの御令嬢かと話をしていたのよ?デビュダント、おめでとう」
アイリス侯爵家に嫁ぎ、王族から貴族となったエリザベスであるが、やはりその気品は一国の姫であったと言われて納得できるものであった。確かに、昔アマーリエに連れられて王宮のお茶会に参加したこともあったので、初対面ではない。
「学園にも通われていて?」
「いいえ。ですが今、ルリィの入学準備を進めているところですの」
「あらそうなの。学園には私の甥と、義弟も通っているのよ。今は生徒会をしているようだから……困ったことがあったらなんでも聞いてやってちょうだい」
多分何でも聞けるような立場の人じゃないんだろうなあと思いながら、ほほほ、とルリエルは笑った。
その後もアマーリエとヴィンセントに連れられて挨拶回りをしていったルリエルであったが、途中でまたアマーリエは別の挨拶で抜け、ヴィンセントと二人でフロアを歩いていた。すると、魔族と戦った時と同じ程度の殺気を覚えた。
(ヴィンセント様のとなりの方はどなたかしら?)
(デビュダントの方のようですが、どこの御令嬢でしょう。先ほどはヴィンセント様とファーストダンスを踊っていらっしゃいましたし……ちょっと距離が近すぎやしませんの?)
(あの方がいらっしゃるとヴィンセント様にご挨拶ができませんわ)
(一度私が入り込みましょうか。その隙にフォーメーションBでいかがですの?)
((それがいいですわね))
フロア中にいる御令嬢たちが、口元を隠したり、指で合図を送ったりしながら会話をしている。ルリエルの耳は動物並みに良い方なので、小さな声でも聞こえてくる。それから肉食獣に360度囲まれた時のような圧迫感。
「お、お兄様。私何か少し頂いて参りますわ。お兄様はどうぞ、ご挨拶に回ってくださいな」
「?まあ、いいけど食べすぎるとドレスに響くからほどほどにね」
マリーメイの言う通り「お兄様」という単語を特に強調しながらルリエルはその場を去った。同時に肉食獣たちのターゲットが自分から逸れたことも感じる。
(社交会、恐ろしいところね……)
咄嗟の理由で何か食べ物を、と言ったけれど実際ルリエルは先ほどから漂ってくる香りに既に負けそうになっていた。アイリス家の料理はシンプルな盛り付けが多く、そしてシンプルが故に素材の香りが立ってとても美味しそうだ。まずはお肉から、いや、前菜から選ばないとマナー違反かしら、と吟味をしていると、
「失礼。少し宜しいでしょうか」
先ほどのリージュ様の隣に居た、ブラウンの癖毛が特徴的な男性が立っていた。背はルリエルより少し高い程度であまり高くはないけれど、すっと伸びた姿勢がとても綺麗だ。
「こちらから名乗らないというのはマナー違反というのは承知の上ですが、レディ、お名前をお聞かせいただけますでしょうか?」
「ええと、ルリエル・ディフロンションと申しますわ。どうぞ、お見知り置きを」
背景にジューっという肉を焼いている音が大きめに入っているのは少し残念なところではあるが、ルリエルは綺麗にご挨拶をした。
「ディフロンション伯爵家の御令嬢でいらっしゃいますか、なるほど」
「?」
そしてその後、綺麗に爆弾を落とした。
「ルリエル嬢、あなたエルフと通じていませんか?」
ひゅーーーーっと喉から声が、いや声よりもずっと高い音が出た。
柔らかな頭の中を、稲妻のように考えが巡る。
(エルフと通じているのがバレれば外交法令上完全にアウト。それは困るわ。それより何でこの方はそんなことを言い出したの?というかこの方どなた!?)
名乗らなかったこともそもそも怪しい。でも、アイリス家の方と一緒にいたことを考えれば騎士の方なのかもしれない。それか、法務省の方か……。ルリエルの頭の中で危険信号が頭の中でカラフルに点滅をしていたが、それはそのまま顔にも出ていた。
青、赤、黄色と綺麗に色が移り変わるのを笑顔で眺めていた青年は言った。
「沈黙は肯定とみなしますが、宜しいですか?」
とりあえず、この人消そう。ルリエルはそう思った。
長らく更新しておりませんでしたが、これから徐々に更新します。
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