5 魔法令嬢、社交会デビューします。①
数日の後、ルリエルのデビュダントの日が訪れた。
当の華々しい日を迎えたルリエルは、着飾った自身の姿と鏡で睨めっこをして、うーんと唸っていた。
ぎりぎり合格ラインにまで持っていたウエストを締め上げたコルセットは苦しいが、唸りの原因は別のところにあった。思わず「ぎえっ」と潰される蛙のような声を出してしまったが、原因は別にもあった。
この国ではデビュダントの際に、白の生地に花の刺繍を施したドレスを着ることがしきたりとなっている。その格好を見て、他の参加者達はデビュダントを迎えた令嬢であることを認識するのだ。
デビュダントの際に与えた印象が後の長い社交界での立ち位置を決めると言っても過言ではないため、ご令嬢達は皆、ドレスの素材や刺繍の入れ方、メイクなどで個性を出そうと努力をする。
しかし、ルリエル自身は着飾ることに関して戦力外であるので、今回のドレスからメイクに至るまでは、全てルリエルの母、アマーリエによってセレクトされたものであった。そして、試着の際には未完成のドレスを何度か目にしていたのだが、完成品を見たのは今日が初めて。
パラフォン伯爵領のシルクを使用し、ふんわりと膨らませた白のドレスに、ディフロンション伯爵家庭園に咲き誇る赤い薔薇の刺繍。そして、ころんとした可愛らしい形のヒール。
色合いと言い、全体の雰囲気と言い、何かを彷彿とさせるには十分すぎる格好であった。
「これは……どうなのかしら」
ルリエルの瞳が赤色であるため、その色に合わせた刺繍にするのは全く自然なことではあるが、ここまで似てくると、「まさかお母様、気づいて……?」と思ってしまう。いや、気がついていたらとっくに言及されているはずなので、その可能性はないのであるが、しかしそれでも疑ってしまうほどの似通いようであった。
「お嬢様。何かお気に召さないところでも……?」
ルリエルの支度を担当した侍女が心配そうに眉根を寄せていた。自分の顔を睨んだまま唸っているルリエルを見て、不安な気持ちにさせてしまったようだ。
通常はアマーリエの化粧や髪型を一任されているアンの腕は流石というべきものであった。普段はほやほやとしているルリエルの顔つきが、デビュダント迎えた清廉な令嬢として相応しいものとなっていた。
「ごめんなさい、何でもないの。アンは本当にすごいのね。自分の顔じゃないみたいだわ」
「いえ、私は何も……。本当にお美しいです、お嬢様。本日このような大役を任されたこと、光栄に思います」
アンがにっこりと笑い、パフを片付けて立ち上がった。
「今、奥様をお呼びいたしますね。お掛けになってお待ちください」
アンが部屋を出て行ったあと、もう一度まじまじと自分の姿を凝視した。
やはり、魔法令嬢の時の格好とそっくりである。2年の間、魔法令嬢の姿を見せたのはルーモスただ一人であった。似た格好で夜会に参加し、人目に見られると思うと、恥ずかしい、というよりも気まずい気持ちになる。それから、少しばかり不安な気持ち。
「人からは見られないようにしていたし……大丈夫、よね」
ルーモスが口を酸っぱくして言っていたことであるが、ルリエルの行っていたことは正義ではあるが外交法令上アウトなことであるし、エルフの力を通じて魔法を行使していたとなれば、事態はかなり大きな問題になる。
ルーモスが念のため、と社交界や城下町で何かしらの噂になっていないか度々調査はしていた。結果、「怪しげな少女が夜な夜な飛び回っている」というような話は一切出てきていなかった。その結果はちゃんと分かっているし、実際に2年間魔法少女として活動してきた中で不安な気持ちになったことは無かったのだが、実際、大勢の人前に出ると言う状況になって、やっと実感が湧いてきてしまった。
「ルリィ、入るわよ」
ルリエルの母・アマーリエと兄・ヴィンセントがやって来た。
「あらまあ、素敵ね、ルリィ」
「うん、よく似合っている」
「あ、ありがとうございます、お母様、兄様」
「うん、ドレスも良く似合っているわね。あの人も参加できればよかったのに。本当に残念だわ」
アマーリエは衣服の事業を興していることもあり、ファッションにはかなり厳しい。ルリエルと似たおっとりとした顔つきをしているが、ドレスに身を包んだ姿をを上から下まで眺める目はプロのものであった。
今夜のアイリス侯爵家と王家の主催する夜会には、ディフロンション家は全員招待されていたのであるが、ルリエルの父であるエリアス・ディフロンションは他領地との重要な会合のため1週間ほど家を離れているため、今日は不参加なのであった。
「あら、ルリィ。緊張しているの?」
アマーリエが、ルリエルの顔をしげしげと眺めて言った。
「えっ、ええ、そうみたい……」
憂鬱そうな顔をしているルリエルを見て、アマーリエは目をぱちくりとさせた。
「あら。あらあら。ルリィったらそんな素振りまったく見せていなかったから……。以前、女王陛下のお茶会に呼ばれた時もあんなにけろりとしていたのに。でも大丈夫よ、最初の夜会は皆緊張するものだから。それにヴィンセントがちゃんとエスコートしてくれるもの。ね、ヴィンセント」
「そうだよ、ルリィ。あまり気にすることはない。普段通りで行けば何も問題ないよ」
ヴィンセントが微笑み、頭に柔らかく手を乗せた。
「……ありがとうございます、お母様、兄様」
「そうそう。笑顔が一番よ。さあさあ、仕上げをしてそろそろ出発をしなくちゃ。アン、ルーモスを呼んで頂戴。薔薇を見繕ってもらっていたの」
「かしこまりました、奥様」
ややして、庭園で最も瑞々しく花開いていた薔薇を一輪ルーモスが持って入室した。
一瞬だけルリエルの姿を見て瞼をピクリと動かしたが、その後は慇懃に頭を下げた。
「こちらを、奥様」
「うん、とてもいい香りね」
デビュダントの最後の仕上げは母親の役目である。娘を最も美しくし、そして社交界へと送り出すのだ。
「さあ、これで完璧ね」
アマーリエがルリエルの髪に薔薇を飾り、こうしてデビュダントの準備は完了した。
そして、波乱の日が始まった。




