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魔法令嬢、辞めたはずですが?  作者: 里見春子
3/16

3 魔法令嬢、始めました。②


 ややして、ルリエルは頭のてっぺんがちりちりとするようなそんな妙な感覚を覚えた。

 眼下広がっているのは、闇に包まれた静かな路地裏。何も無い、はずであるその場所からなぜかルリエルは目を離すことができなかった。


《大正解です、お嬢様。素晴らしい勘です》


『何のこと?ーーっ』


 暗闇の中から、まず足が一本現れた。真っ黒な煙のような霞のようなものを纏わせた大きな足だ。すぐにもう一本の足も現れ、胴体、腕、頭と次々に現れてくる。空に浮かんでいてもその大きさが分かった。14歳のルリエルの倍以上は背丈があるだろう、そんなモノがそこにいた。

 黒の靄で表情は見え無いが、その爛々と耀く緑の目がとても恐ろしく見えた。


『あれが……?』


《はい、魔族です》


 魔族がどういうものであるのかを正しく理解していなかったルリエルの顔が歪んだ。聞いていた話とちゃうやんけ、と混乱のあまり妙なイントネーションの言葉が心のうちに漏れた。あんなに大きくて、恐ろしそうなものであるとは聞いていない。


『あれとどうやって戦えと言うーーひぎゃあああっ』


 突然、かっと上空に顔を向けた魔族が手を伸ばせば、その手を中心に魔法陣が展開された。幾重にも奇妙な文様が浮かび上がり、すぐに緑の槍がルリエルを襲った。


『今掠ったわよ、掠ったわよ!』


《はい。次がきますので、避けて下さい》


『何だか貴方、段々適当になっていません!?』


《あれは魔族の国から転移した疾風の槍ですので、直撃すれば命が危ういでしょう。お気をつけを》


 あっさりと恐ろしい事を言うステッキに反応する余裕もなく、ルリエルは身を翻した。令嬢としての嗜みであるダンスを得意とするルリエルは、ステップを踏む要領で矢継ぎ早に飛んでくる槍を避ける。

 が、槍の方は止まる事なくぽんぽんぽんぽんと放たれ続ける。まるでルリエルの動きを予測しているかの様な攻撃に、ルリエルの疲れと、そしてイライラが溜まってきた。


『ねえ、これはいつまで続けていればいいのかしら!』


《お嬢様が反撃をされるまでです。魔法の発動を》


『どっどうすればいいの?』


《必要なのは強いイメージです。火でも、水でも、風でも、お嬢様が最もイメージしやすい、強力な攻撃を思い浮かべれば、それが魔法の発動となります》


『そう言われても……』


 一応お嬢様であるルリエルは、強力な火を間近に見た事もないし、豪雨の中外を出歩いた事もなく、強風に当てられた事も無い。イメージしても、おそらく子供騙しな攻撃しか出てこないに違いない。

 けれど、強力な攻撃と聞いて、思い当たるものは一つだけあった。それを思いついた途端、ステッキを握っている右手がカッと熱くなった。うだうだと考えを深めるほど、ルリエルの思慮は深くない。思いついたら、それに従う。それがモットーであった。


『いい加減にーーなさい!』


 くるりと回転して、()()()()()()()()()()()()。槍は勢いはそのままにーーいや、それ以上となって真っ直ぐ来た道を飛んで帰って行った。

 どん、と大地全体を揺らすほどの破壊音が響いた。

 たっぷり10秒、ルリエルは口をぽかんと開いたまま静止した。待ってくる土埃が口内へと侵入してくるが、そのようなことを気にしてはいられない。

 

『…………今のは?』


《私の体に触れた攻撃が、その同じ力で元の方向に戻っていくような結界の一種ですね。お嬢様が想像されたものと最も近い魔法がそれでしたので。相手の攻撃をそのまま私の体で打ち返すという発想はありませんでしたので……こちらとしては大変に驚いておりますが》


 ルリエルは、貴族の中で流行りの”ポーム”と呼ばれる球技の技ーー激しく相手の球を打ち返す力技ーーを咄嗟に思い浮かべたのだ。つい夕方に祖父と嗜んだゲームであったため記憶に新しく、記憶の中の割合取り出しやすいところに存在していたからだ。

 土埃が風に流れ、はっきりと見えるようになった魔族は見るからに弱っていた。


『こ、これでは、まだ駄目なの?』


《はい。こちらの世界に入り込んでしまった魔族を消滅させなければなりません。もう一息です。可能でしたら次は打ち返すようなことは、》


『あっ!なら、魔法で球を出す事は出来るかしら。私の握りこぶしぐらいの大きさで、こう、ぽーんと打てるものがいいのだけれど』


《……可能でしょう。ご想像下さい、お嬢様》


 先ほどまで全く抑揚が無かったステッキに、若干の焦りが浮かんだようにも感じたが、ルリエルはそれどころではなかった。どう考えても、この魔族を王都の中心までたどり着かせてはならない。もしこのようなモノが現れれば当然、王都はパニックに陥るだろう。だから、絶対に止める。ルリエルはそう強く決意した。

 ルリエルは、さきほどの激しい反撃をしたことによって一種のクラマーズハイのようになってしまっていたのであった。


『分かったわ』


 目をつぶり、左手のひらに球が現れるようにと強く願った。つい夕方に触れたばかりのものだ。大きさも、硬さも想像は易い。ややして左手が熱くなり、そこに確かに願ったものが現れたのを感じた。それを勢いよく振り上げ、右手に掴んだステッキで、勢いよく魔族の方へと打った。


 赤の残光を夜空に残しながら流星の如く駆けた球体は、瀕死状態の魔族に命中した。球は()にぶつかると、赤色を中心とした煌めきを四方に散らばせた。それはまさしく星屑のようで、不謹慎ではあるが、目を奪われるほど美しい光景であった。


 そして、その中央で消滅しかかる魔族の断末魔が響きーーこうして、案外あっさりと初戦は終了した。



 しかしながら、初戦はすぐに決着がついても、魔族の侵入を防ぐことと(ゲート)を塞ぐことはなかなか叶わなかった。平行世界間に無理やり開けられた門は固定されているものではなく、時と条件によって出現場所を変えるものであったからだ。

 魔族の現れる場所のデータを集めながら分析を繰り返し、次に門が現れる場所を予測し、予測し、予測してついに門が現れるその場所に大規模魔法を展開し、出現と同時に破壊するということに成功したのは、それから二年も経ってからであった。


 出現場所の予測と、その対策魔法を構築、展開させるのはステッキとその主であるエルフの仕事であり、ルリエルの役割は侵入してしまった魔族の消滅。

 所詮で用いたようなポームをモチーフとした攻撃は、ステッキの物理的及び精神的ダメージがひどいからと封じられてしまい、でしたら、と思いついた他の攻撃でルリエルは魔族を倒し続けた。

 例えば、自分の分身を作ってからダンスの要領でリズミカルに膝を入れてみたり、踵で小指を踏んでみたり。あるいはワインを温泉よろしく噴出させて、魔族を酔っぱらわせてみたり。コンサートホールを投影して、自分の弦楽器の演奏ーー家族から人前での演奏を禁止されているーーを聞かせてみたり。そして、やっぱり自分の性格(タチ)に合っていると、ポームを復活させてみたり。

 それらは総じて、魔族にとっては想像も出来無い攻撃であった。


 二年の間に、自分が思いつく限りの「強い攻撃」をイメージし続け、ルリエルは彼女に出来る限りの戦いを続けた。

 大変なこともあった。出会いがあり、別れがあった。人質を取られ緊迫した状況もあった。

 夜中に魔族が現れ朝日と共に屋敷に帰ることは最早日常茶飯事となっていた。後半は、「あいつなんかヤバい」と敵認定されてしまったため魔族も手強いのが送られてくるようになっており、ほとんどが辛勝という形になっていたからだ。

 けれど、それを語れば壮大な物語が一つ、始まり、終わることとなってしまう。

 

 ルリエルにとって大切なのは、長い戦いを続け、努力し、そしてそれを終えたということであった。

 辛い日々であったが後悔をしたことはない。早くふかふかなベッドで寝たいという思いは強かったが、ルリエルはめげることなく彼女らしく戦い抜いた。


 そして。門を塞いだその夜、ステッキはこう語った。

 

《お嬢様、ありがとうございました。門は無事、塞がれました。我が主からも、大いなる感謝を伝えるようにと言付かっております。感謝を》


 エルフ製の最高硬度の特殊素材を使用したステッキの肢は少しばかり歪んでいた。その原因が何なのかはあえて語るまでもない。

 

『こちらこそ、ありがとう。この国を、大陸を守るため力を貸して下さって』


《それでは、私は……このステッキの力は、エルフの国に戻ります。お嬢様、どうぞ、また会う日までお元気で》


『ええ。さようなら、ステッキさん。あなたも、お元気で』


 二人の別れは、二年も共に戦った二人の別れは、綺麗な終わりを迎えていた。「また会う日まで……」というのは貴族内でもよくある社交辞令である。門を塞いだ今、ルリエルとエルフが繋がる理由はもう無い。

 ステッキの頭に鎮座している鳥が、その羽をゆっくりと閉じていく。

 魔法令嬢としてーー魔法令嬢らしかったかは甚だ疑問であるがーーの二年間が、本当の意味で終わろうとしていた。


《あっ、そういえば、》


 何かを思い出したかのようにステッキが喋り出したのであるが、しかしその言葉を最後まで言い切る前に力の方が切れてしまった。自立して立っていたステッキは、糸が切れてしまったかのように地面に倒れた。からんからん、と転がる音が何度か響き、そして最後はすべての音を絶った。


『……………』


 ものすごく気になる別れ方であったため、心のどこかにむず痒いものが残っていたが、これで魔法令嬢ルリエル・ディフロンションの日々は終わったのであった。



 そして、捨てるに捨てられずルリエルはステッキを手元に残し続けていた。

 

「あの時、本当は何と言おうとしていたのかしら?」


 と、時々思うのだけれど、毎度「まあいっか」で考えが終わってしまうのであった。


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