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魔法令嬢、辞めたはずですが?  作者: 里見春子
2/16

2 魔法令嬢、始めました。①

 

 腹回りを限界まで引っ込めながら採寸を行い、それからダンスのレッスンを終えてルリエルは自室へと戻った。


 ディフロンション家の領地は王都から若干北部に向かったところに位置し、高度が高い。そのため、屋敷の窓から外を眺めると、山々の向こうにぼんやりと王都の街明かりが見える。その景色を眺めながら、ルリエルはチェストの裏に隠していたステッキを手に取った。


 ステッキとは言っても貴族の男性が手にしているような物ではなく、もっと可愛らしい意匠を凝らされたものだ。白銀で、先端には羽を閉じた鳥が鎮座している。その目には赤の宝石が埋め込まれている。


 このステッキを手に、王都まで飛んで向かっていた日々が確かにあったのだ。


「このステッキも、どうしたら良いのかしらね」


 そう口にしても、誰も答えてくれはしない。それは当然のことではあるのだが、少しばかり寂しさを覚えてしまう。


「いやいや、駄目よ。もう私は魔法令嬢じゃない。この平和な日々を楽しまなきゃ」


 言い聞かせるように、ルリエルは言う。


 ルリエル・ディフロンションが魔法令嬢となったのは、二年前。きっかけはこのステッキであった。


 目を閉じれば、昨日のことのように初めてステッキを手にした日のことを思い出す。


 ルリエルの祖父である先代のディフロンション当主は家を継いでから夫婦で旅に出た。あちこちを旅しては各地の土産物をルリエルに渡してくるのだが、その内の一つが先ほどのステッキであったのだ。



『ルリィ、また珍しいものを手に入れたよ』


『わあ、綺麗。これは珍しいものなのですか?』


『ああ、とある筋から譲ってもらったんだ。この宝石の色がルリィの瞳の色と同じだろう。何だか縁を感じてね。それに、エルフ製のステッキなんてレア中のレアだろう。ふふふふふ』


『おじいさま、目が怖いです』


 こうして超収集癖コレクターの祖父によって美しいステッキを手に入れたルリィは、その晩自室に戻ってステッキをしげしげと眺めた。


『確かにもの凄く綺麗だけど、これ一体何で出来ているのかしら?』


 まず、木製ではない。かと言って金属にしては白色が強く、もっと滑らかな触り心地をしている。ほんのりと暖かくて、妙に手に馴染むような感覚さえ覚えるほどだ。


 まあエルフ製と言うくらいだから、人間の世界には無い素材なのだろう。割合柔軟で大らかな思想をしているルリエルは、そのように考えた。


 頭に鎮座している鳥はとても精巧に作られていて、とても握るために作られているようには見えない。ここを掴んで体重をかけようものなら、ぽろりと落ちてしまいそうだ。尾と羽は長いが、鷹のような大柄な鳥ではない。もしかしたら、これもエルフの国のみに生息する種なのかもしれない。


『観賞用ということなのかしら』


 くるくると手の中で回して、ピタリと止める。


『エルフ製のものなんて貴重すぎて申し訳ないけど、大切にしましょ』


 と、頭の鳥を眺めながらそう言った時。


《はい。そうして頂きますと大変有り難いです。お嬢様》


 目の前のステッキからそのような声が響いた。

 少年か少女かは判別が付かないが、少し鼻にかかったような高い声だ。


『ひぎっ!?』


 あまりの驚きに思わず、つい先ほどに大切にしよう、と優しく微笑みけた対象であったのに放り投げてしまった。からんからんと乾いた音を立て、部屋はすぐに静寂に包まれた。


『ど、どうしましょう。折れてしまった……?』


 確かめに行きたい気持ちはあるのだが、得体のしれないものへの恐怖で身体を動かすことは出来なかった。


《いいえ。この程度でしたら許容範囲内です》


 ステッキはぼんやりとした赤い光に包まれ、そして体を起こした。

 ステッキが自分で動き、そして話す。そのような「ありえない」光景を目にして、やっとルリエルは一つの可能性にたどり着いた。


『魔法……?』


《はい。正解ですお嬢様》


『ああ、なんだあ。魔法かあ。そうよね、エルフ製の物なんだものね。なるほどねーーって、まほ、魔法おおおおお!?』


 本日二度目の衝撃に、ルリエルは14歳の令嬢にしてはかなり古いツッコミを披露してしまった。

 お化けあるいはそれに準じるものではないことを知り、一度は落ち着いた。が、それが魔法なら話はまた変わってくる。


 この大陸には、人の国とエルフの国が存在している。エルフは魔法を巧みに操り、人にはそれが出来ない。正確に言えば、突然変異のように人間の中にも魔法を扱えるものは出てくるが、全員が当たり前のように魔法を扱えるエルフとは数が異なる。よって魔法を使える人間は国の最高機関に集められて重宝され、国のためにその力を用いるため、一般の目に触れることはない。魔法はとてもとても貴重なものなのだ。


 当然、ルリエルも目にするのは初めてだ。


《驚かせてしまったなら申し訳がありません。ですが、話を進めさせていただきますと大変に有り難いです》


 不整脈を起こしそうなルリエルとは対象的に、ステッキの口調は一切抑揚がなく、落ち着きのみで構成されている。その平坦な声を聞いていれば、何だか騒ぎ立てている自分の方が恥ずかしくなってきてしまった。


『あ、ええ。ごめんなさい。騒いでしまって』


《いいえ。人間にとって魔法はかなり稀有なものであると聞いております。信じて話を聞いてくださるだけで感謝を致します。さて、私は貴女様にお願いがあります》


『お願い?』


《はい。どうか、私を手に、魔族と戦って頂けないでしょうか》


『はい?』


 あまりに突拍子のない申し出に、人生最大のまぬけな声を出してしまった。魔族とは何なのかしら?戦うとは何なのかしら?と疑問が弾けるように浮かんでくる。


《魔法に馴染みのないお嬢様には理解が難しいかもしれませんが、この世界には平行世界(パラレルワールド)が存在します。そして、その世界ではこの大陸に魔族の国が存在しております。そして、近年平行世界間の(ゲート)を魔族がこじ開けているのです》


『ええっと、ちょっと待って』


《最も大きな(ゲート)はエルフの国側に開いており、それを閉じる大規模な魔法を以って対抗をしております。しかし、人間の国側に空いた(ゲート)には対応が出来ません。放置を長くすればするほど、(ゲート)は大きく開いていくでしょう。そして、そこから溢れてくる魔族も増えて行く。そうなれば、この大陸は終わりです。ですから、人間の国側からもこれに対応をしてくださる人が欲しい。よって、お嬢様にそれをお願いしに参った次第です》


『あの……ですから……』


《魔族というのは、強力な闇の魔法を用いる者たちのことです。見た目こそ我々と似てはおりますが、その魂は破壊衝動で満ちています。凶暴で、かつ強力な者たち。それが魔族です》


『いやいや、本当に待ってちょうだい。ぱられる、とか何とかは私には分からないけど……それに、この国は平和よ。その……魔族が侵入しようとしているなんて聞いていないわ』


《人間の国側では気がついている者はいないのでしょう。まだ、魔族が通れるほど大きな穴は開いていませんでしたから。しかし、本日、(ゲート)はまた一歩大きく開きました。間も無く、魔族がこちら側に侵入します。魔族は人を喰うのです。王都へと出てしまえば、どのようなことが起こるかお判りいただけますか》


『ひっ』


 ぞくりと、背中に寒いものが走った。人を喰う。その言葉があまりにも恐ろしすぎたのだ。


『その、話は私なんかじゃなくて、国王様や……城の方々にするべきなのではなくって?』


《事は一刻を争います。今すぐにでも対応をして頂きたいのです。国同士の話を挟んでいれば間に合わないと判断をしました。エルフの国と人間の国は現在国交を絶っておりますから、国の親交を復活させるような調停式を悠長に行われていたのでは、遅いのです。それに、仮に人間側に正式に対応をしてもらう事になっても、人間では魔族には対抗できませんから》


『私たちの国にも、魔法使いなら……』


《はい、調査済みです。ですが、その方々が魔族と戦った場合、一年以内にその魔法使い全員が魔力を失うか、又は滅びるという可能性が最も高いのです。どの道それでは、(ゲート)を塞ぐまでには至らない。よって、私を作った主は、人間の中から適性のある方を選び、対応を依頼するのが適切であるという結論に至りました》


 一つ返した事に十で返されて、ルリエルの思考回路は止まり始めていた。


《お嬢様の運動能力と、そしてそのーー柔軟な思考に対して、この国で最も適性があると判断されました。魔法に関しては、全て私がサポート致します。どうぞ、私を手に取ってください》


『……魔法が使えるの?』


《はい。魔力源や魔法的知識についてはお気になさらず。全て、私の方で処理致します》


『でも……その、死んでしまうのかもしれないのよね……?』


 恐る恐ると最も口にし難かったことをやっと吐き出した。

 魔族がどんなものかは分からないが、人を喰うと言うことであったり普通の魔法使いでは敵わないということであったり、ということから判断するにかなりの強い者なのだろう。


《そうですね。確実に無いとは言い切ることは出来ません。ですが、これは貴女方の国のためにも必要なことなのです。お嬢様に断られた場合、次に適性のある方を探さなくてはなりませんが、その時間さえも惜しいのです。どうぞ、国のため、大陸のため、お力をお貸し下さい》


 ステッキは言いたいことを全て言い終え、黙った。まるで、ルリエルの決断を待つかのように。


『国のため……』


 ルリエルも貴族だ。家を継ぐことは無いが、その身体には歴史深い貴族の血が流れている。だから、貴族としての矜持がある。

 自分のように普通の令嬢が国の力になれるだなんて、貴族としての役目を果たせるだなんて考えたこともなかった。けれど今、選択の時が訪れているのだ。

 冷えていた指先に、確かに強く血が流れ始める。最初に国の為に功績をあげた初代、そしてその後も人と地を守り続けてきた者たちから継いだ血だ。


『うん、やります。私』


 ルリエルはしっかりと、ステッキを握った。

 すると、手にした部分を中心に赤い光が突如溢れだした。光は一度部屋中に散らばると、すぐにルリエルの元に集まり、そして彼女を包み込んだ。


《大地の祖、古の女神の名の元にこの契約を結ぶ。ヒトの子ルリエル・ディフロンションと我らエルフの地脈を繋ぐ。これより先、エルフの力はヒトの少女の元に、ヒトの少女の命は我らの元に。この契約に応えを──》 

 

 赤の光は一度ルリエルの頭を撫で、そしてその足元に魔方陣を展開した。

 足の指先から髪の毛の一本に至るまで、暖かな何かに包まれている感覚に、ルリエルは瞳を閉じた。


 どの位の時間が流れたのだろうか。

 瞳を開けば、部屋中を覆っていた光は消えていた。


『夢、だったの?』


《いいえ、そのお姿を良く見て下さい》


 手元のステッキは、羽を閉じた休める鳥では無く、羽を羽ばたかせた鳥となっていた。その瞳には、先ほどルリエルを包み込んだものと同様の光が強く宿っている。

 そして、ルリエルの装いは貴族のご令嬢の部屋着ではなく、何とも奇っ怪なものとなっていた。


 膝の頭よりも少し短い丈のワンピースは、白と赤の生地をミルフィーユの様に何層も重ねた不思議なデザインで、シルクのように滑らかでありながら驚くほど軽い。パフスリーブがふんわりと柔らかく、腰元には大きな大きなリボンが結ばれており、まるでプレゼントのようだ。

 白のころんとした形のパンプスに、赤の刺繍の入った白のグローブと、全体は白と赤でまとめられている。


『可愛い……けど不思議な服装ね。エルフってこんな格好をしているのね』


 人間の国では、町娘でも貴族の令嬢であっても膝より短い丈の服は着ないし、そしてこのような色の合わせかたも方も滅多には見ない。


《いいえ。その様な格好はしません》 


『えっ』


《14歳のご令嬢が闘うなら、と我が主が想像されて作られた物でありますので。実用性と同時に可愛らしさも最高になるように考え抜いたとのことです。大変お似合いでいらっしゃいますよ》


『あ、ありがとう』


《そして、早速で申し訳ありませんが。門から魔族が一人、侵入してきたようです。お嬢様、王都へ》


『王都って……ここから馬車を走らせても小一時間はかかるのよ。私一人では馬車は出せないわ』


《そのための魔法ですよ。お嬢様は今、魔法使い……いいえ、魔法令嬢なのです。空を翔ぶことは造作もないことです》


 手にしたステッキに引っ張られるようにして、ルリエルはバルコニーに出た。ルリエルの部屋は三階に位置している。二階からであれば飛び降りたこともあるが、三階となれば話は別だ。

 眼下には、夜の闇を吸い込んだ地面が広がっている。


『あの……やっぱり一階までは階段で降りたらどうかしら。ね』


《大変申し訳ありませんが、その時間すら惜しいのです。空を飛ぶ鳥を頭に思い浮かべて下さい。行きますよ》


『ひっ』


 足の先が、バルコニーの縁から離れた。


(鳥鳥鳥鳥鳥鳥とりいいいいいいいいいーーーーー!!!)


 確実に近づいてくる地面に、驚きのあまり目から涙が溢れた。身体が重い。こんなことならディナーのデザートをお替りなんてしなければ良かったと後悔の念が生まれるが、それも今となっては遅い。

 ぎゅっと目をつぶって来るべき衝撃に備えるが、それは訪れることはなかった。

 鼻先が、少し触れるところでルリエルは止まっていた。


『浮かんでいる……?』


 紐でくくられて部屋から吊るされているのでは、と思ったが身体に紐はくっついていない。変わりに、背中には純白の羽が広げられていた。ステッキの頭に付いている鳥と同じもののようであった。


『羽が生えている……!?すごい、飛んでいるわ!』


《正確に言えば、お嬢様の背中から生えているわけではなくあくまで擬似装着ではあるのですが。しかし、流石でいらっしゃいます。さあ、そのまま王都へ向かいましょう》

 

 そうして、ステッキの鳥の目から赤い光が漏れた。その光ははっきりと南東を示している。


《侵入した魔族はこちらの方角にいます。お急ぎを》


『え、ええ』

 

 その、目から赤い光を放っている様を正直少し不気味と思いながらも、光の指し示す方角へと身体を向ける。

 あっちへ、と念じるとそれ通りに羽が勝手に動くのだ。ばさり、ばさりと空気を切る音だけが夜空に響く。星と月が近く、屋敷がまるでおままごとの家のように小さく見えた。


 馬車で王都へと向かう際に苦労する山をやすやすと飛び越えれば、驚くほど簡単に王都へとたどり着いた。

 夜も更けているとは言え、流石は王都。あちらこちらに橙色の光が灯っていて、時折笑い声さえ響いてくる。夜遊びの経験など無いルリエルは、それを新鮮な気持ちで眺めていた。


《私が言うのも難なのですが、お嬢様。これから魔族との戦いに赴かれるというのに随分とリラックスをされていらっしゃるのですね》


『リラックス……はしていないと思うのだけれど、でも、何だか大丈夫な気がするの。何となくね』


 へへへ、と柔らかく笑うルリエルを見て、


《流石は、我が主がこの国の令嬢の中で最もーー柔軟な思考をされていると判断された方。どうぞそのまま、過度に緊張なさらずにいて下さい。魔族がいるところまではもう間も無くです》


『分かったわ。……あら?』


 背中に力を込め、より早く飛ぼうと意気込んでいた時。ふと、視線を感じた。

 はっと首を曲げると、その遠く先には王城があった。その塔のひとつから、誰かの視線を感じたのだ。


『確認なのだけど、この姿は他の方からは見えるのかしら?』


《そうですね。シールドはかけることは出来るのですが、長時間続けると魔力消費が激しいので。現在はかけておりません》


『……ええ〜』


 お気楽な思考をしているルリエルではあるが、このような奇怪な格好をして、空を飛び回っているところを見られて良しと出来ない事ぐらいは分かっていた。今の格好はとてもではないがご令嬢向きの服装ではないし、何より魔法を使っているのだ。エルフの国からの侵入者と思われれば、魔族よりも先にルリエルが処分されるかもしれない。


『ちなみになのだけど、今私を見たかもしれない方の記憶を奪う魔法というのは……?』


《可能ではありますが、この距離からでは難しいですね。それに、記憶を奪う魔法というのはなかなかに厄介ですので、魔法を使うよりも直接殴って倒した方が話が早いと思いますが》


『何かしら、その暴力的な発想は』


 つまるところ、見られてしまったものは仕方がないじゃん、ということでかたをつけるしかないようだ。どの道、あの距離からでは「何かが飛んでいる?」ぐらいにしか見えないだろう。


 建物の近くは飛ばないようにしようと決意し、ルリエルは改めて羽に力を込めた。


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