14 魔法令嬢、平行世界に侵入しました。①
結論、エリオットの菓子職人の腕は最高だったぜ……と、時世の句のようにルリエルは言った。
久しぶりの全力魔法行使に若干体力を削り取られたルリエルはその晩、そのように呟いてからベッドに横になった。その後、あらかたの説明は替わりにステッキからルーモスにされた。
そして翌日から、かつて門が開かれた場所のパトロールが決行された。
例の魔族の腕は切り落としたが、しかし魔族の回復力は人間のそれとは比にならない。腕一本程度なら一晩で復活をするであろうし、また別の門の痕を狙ってくるということも当然考えられる━━ルリエルの立場のために言っておくと、雑な縫合のせいだけではなく門がそこにあったというだけで、裂けやすくなる━━ためであった。
実際、既に裂けかけているところもあった上、縫合途中にすぐ向こう側にいる魔族が降ってきたこともあった。
並行して、エルフ側では先日の腕の解析と、それから平行世界側の突入時の作戦立てが進んでいた。
敵を解析できればより効果的な聖属性魔法の発明も可能で、そして平行世界側の大体の地理関係が分かれば隠密行動時にも役に立つからだ。というやりとりは既にエリオットが主導で進めるようになっていた。
「エリオット様、今日も行きますか?」
夜になるとルリエルはそう言ってエリオットの部屋の窓を叩く。その言葉自体のイントネーションは「今日部活行きますか、先輩?」に近い。
あれから本当に毎日エリオットは同行していた。どんなに夜遅くても、明け方までとなっても一切その美貌と笑みを崩さずにいる。その上、眷属が出現した際には的確に対応をし、ルリエルへのアドバイスも忘れない。そうなってくるとルリエルも今日も行くかな〜ぐらいの気持ちとなってきた。
「もちろんお供させていただきますよ、ルリィ。それにしても私のことはぜひ”エル”と呼んでくださいと何度もお伝えしているのになかなか呼んでくださいませんね」
「ちょっと遠慮させていただこうかなと……」
「残念ですが、そういう硬派なところもまた魅力的ですよ」
エリオットからの熱烈なアプローチは毎日続いていた。
こういった言葉はもちろん、部屋にも毎日贈り物が届けられる。アクセサリーやぬいぐるみ、花束に始まったプレゼントだったが今では珍しい菓子や食材などがメインになっている。それもルリエルの嗜好に合っているものだ。お茶会で美味しい美味しいと言っていたものを参考に贈り物を変えてきているようだ。
高スペックなところと他言無用を貫く点は信用している上、話も面白く知識も豊富でほえーとなることも多い。が、ルリエルの本能な部分がまだアラートを出していた。それは「身の危険」と言い換えても良いかもしれない。
とは言え、エリオットもルリエルに過度に触れることもなく、言葉上で愛情表現を続けるに留まっている。おまけに学園内でも過度に話しかけられることもなく、あくまで生徒会活動で用があったときのみ、という体になっていた。
運動能力全振りルリエルの競技における汎用性の高さはすぐに学園内で知れ渡るところとなり、各クラブ活動に助っ人として呼ばれることも多い。その調整に入っているのが生徒会でもあったので、まあエリオット殿下から呼び出されているのも納得してあげましょう、というのが生徒たち、主に御令嬢陣の見解だった。よって、現時点では体育館裏お姉様集会への召集は逃れている。
ということで伯爵令嬢と次期国王のペアによる王都行脚は続いていた。
「そういえばずっとお尋ねしようと思っていたのですが、そのドレスはルリィのデザインで?」
「いえ、これはエルフの方のお好みだとか。ええと、何でしたっけ?ろりこん……まほうしょうじょモノ好き?でしたかしら?」
《そうですね、そのロリコン変態魔法少女モノ好きです。それが何か?》
エリオットは苦笑しながら続けた。
「なかなかの言いようですね……。それにルリィはデビュダントも終えている立派なレディですよ。……いえ、特になんてことはないのですが。変わったデザインでしたので気になったまでです」
「エリオット様は服飾に興味があるのですか?」
「いえ私はルリィが着ていればどのような服であっても興味がありますが、服飾に興味のある者が周りにいるので、変わった意匠のものは少し気になってしまいまして」
服飾に疎いルリエルが見ただけでも、生地や縫合、装飾の入れ方は全て人間界のそれとは一切異なる。服飾好きと言えばルリエルの周りではマリーメイが思い付くけれど、確かに物凄く興味を持つだろう。
知らない国のお菓子を見た時のルリエルのようなものだ。
「すみません、これは余談でしたね。今日はどうされるのですか?」
《今日は門の向こう側へと侵入してみようと思っております。ただ現段階では、門をこじ開けようとしている魔族探索までは目的としていません。認識阻害魔法の効果の確認と、こちら側で推定している平行世界の地理関係の検証を目的にしています》
「認識阻害魔法ですの?シールドみたいなものでしょうか?確かシールドは魔力消費が激しいのでずっと使えないと前に言われたような気が……するような……」
《……私は今猛烈に感動しています。私の発言をお嬢様が覚えていてくださるとは……。そうですね、魔族側は人間の匂いに敏感ですから、何の対策もせずに入り込めば立ち所にバレて終わりでしょう。しかし、シールド魔法の展開ではお嬢様の魔力が持ちません。そこでご用意したのがこちらです》
ここで、先ほどお願いしたものを取り出してもらっていいですか?とステッキに耳打ちされた。
なんだかたまに露店のおいちゃんがやっているトークのようね……とルリエルは思った。そう思いつつ、ルリエルは大人しく底の方にどろりとした液体が入ったガラス瓶を取り出した。
《先日の腕を研究することで、新しく対魔族特化の認識阻害魔法を発動できる魔法薬を開発いたしました。うまく発動すれば魔法の発動なく魔族に気づかれずに潜入することができます》
おー、とルリエルは拍手した。エリオットは「うまく発動すれば?」と眉根を寄せた。
「うまく発動すればとは、」
「これを飲めば良いのでしょうか?あまり美味しくなさそうですが……」
エリオットが口を挟もうとする前に、ルリエルはぐいっと煽るようにどろどろの黒い液体を喉に流し込んだ。うっ、というおよそご令嬢らしく無い声をあげながらなんとか飲み込む。とても簡単に言えば、不味かった。一番苦い葉の部分と土と泥を掛け合わせてそこになぜか甘味と乳酸菌を足したような味がする。平たく言えば、クソほどにまずい。
《流石の思い切りのよさで助かります。エリオット殿下のものもありますのでどうぞ》
「え、ええ……」




