13 魔法令嬢、大魔王が仲間に入りたがっているようです。③
基本的にルリエルが得意な魔法は、魔族から放たれた魔法を華麗に打ち返すことだ。超高速で自分の放った攻撃を真っ直ぐに打ち返される衝撃は魔族にとってかなりのものである。
しかし、この手首は魔法攻撃をしてくる気配はない。つまりこちらから攻撃あるのみである。
「ポーム攻撃行きますわよ!」
《あ……》
ステッキのとってあまりいい思い出の無いポーム攻撃。ルリエルが謎の青年探しに気を取られてしまっている間にボディのメンテナンスをしてせっかくつるつるのぴかぴかになっても、またこうなるのか……という思いだった。
ルリエルは器用に聖属性の球を作り出し、ばこおおおん、と張り裂けるほどの音を立てて手首へと打ち込んだ。
「全然効いていませんわね……」
的に対して球が小さすぎるようで、攻撃は当たってもほとんど効果がないようだった。
むしろ攻撃者に気づいて反撃をしてきた。巨大な手がひらりと動き、地面に叩きつけられる。竜巻のような疾風と身体が割れそうなほどの地響きが一気に襲う。
近くにあった一番大きな木にしがみついているが、その木ですら根本から抜けてしまいそうなほどの激しい状況だ。ルリエルの金色の長い髪が大きく揺れる。
そして、唸るように震えた腕から霧のような魔力が膨れ上がり、地面へと散り散りとなって放たれて行く。やがてその霧は狼のような黒い生き物に形作られていった。この魔法はルリエルも見たことがある。魔族の眷属を召喚する魔法だ。
数十匹ほどの闇狼が吠え、ルリエルの方へと向かって行く。牙はとても鋭く、おそらく毒も含まれている。しかし狼の相手をしていては、門がこじ開けられる一方だ。ルリエルはぐぬぬと唸った。
その問い、闇狼の先頭の一匹をエリオットの細剣が突いた。
「エリオット殿下!」
正確に頭の真ん中を突き、そのまま軽やかに二匹目、三匹目へと向かって行く。その動きには無駄がない。
「こちらはお気になさらず!」
あ、あれは大丈夫そうだな、と思い、風の間をくぐり抜けるように飛び立った。四方八方から攻撃を放つが、サイズ比的に見ればルリエルは小鳥のようなものだ。攻撃はほとんど意味をなさず、そして反撃の勢いは強い。一度でもその手に掠ってしまえば骨折どころの話ではなく、身体ごと潰されてしまうだろう。
ただし球数で勝負するのはあまり良い方法とは言えない。ルリエルの体力が尽きてしまっては全てお終いだからだ。
いっそ、ものすっごく大きな球を作って全力で打ち込もうかしら……と思っていると、
「一度、動きを止めてはどうでしょう。一度動きさえ止めてしまえば如何様にも対処できるのでは」
という天の声が入り、なるほど、とルリエルは納得した。
エリオットが見るに、反撃はしてくるが門の向こう側に戻ろうとする気配はない。戻る前に捉えた方が話が早いのではないかと思ったのであった。ステッキからして見れば命拾いだ。
「動きを止める、動きを止める……」
ルリエルの頭の中に大きな円柱状のものが縄で括られている映像がぼんやりと浮かんでくる。何となく知っているような、知らないようなその物体の名前は。
「ハムですわね!」
すぐに魔法でタコ糸を出現させて放つと、規則的に手首に絡ませた。料理室で見たことがあるような丁寧に丁寧に括られたハムの図だ。黒っぽいモヤを纏っているところも相まってこんがりと焼かれた焼き豚のように見えなくもない。
縛られた手首は抵抗するように動くが、しかし解けはしない。ステッキの魔法処理によって聖属性魔法が付与された糸になっているため地味にダメージも入る。
「さすが、お見事です。ルリエル嬢。その可憐なご勇姿に感動いたしました」
動きを封じた途端に眷属の闇狼も消え去り、エリオットは細剣を納めた。
「それほどでもございませんわ」
おだての褒め言葉にはめっぽう弱いルリエルが、おほほと笑う。
「もしかしてあの手首、門の向こうに戻れないのではないでしょうか?」
すっかり動きが封じられた手首は、もぞもぞと逃げるように動いているが上には戻っていかない。そこから出てきたのであるから戻れるのが当然だと思っていたが、確かにおかしな光景ではある。
「では……あそこから動けないのでしたら、とりあえずローストいたしますか」
ルリエルはフォークのようにちゃっとステッキを構えた。
《どうせならば研究のため、腕は持ち帰りたいと我が主が言っております。ローストはちょっと……》
ふむ、とエリオットが考える素振りを見せた。
「ちなみに門の封印というのはどうするものなのでしょうか?」
《それは簡単なことです。封印魔法であの裂け目を繋いでしまえば良いのですから》
「では、今の状態で封印をしてしまえば腕だけこちらに切り落とされるのでは?」
微笑みながら言うにしては、なかなかにエグい発想だった。ステッキは、ちょっとやばめの発想の人間しか実はこの国にいないのではないか、と思った。
《まあ、たしかに聖属性魔法で切断をすることになるので確実ではありますが……》
ステッキに身体があったら、じーっという様子でルリエルに向き合っていたところだった。
「?どうかしましたの?」
《いえ、では封印魔法を展開しましょう》
「あいわかった、ですわ!」
門の封印は非常に大きな魔法だ。
身体中の血流が全て反転しそうなほど激しく心臓が動く。ルリエルを中心に風が湧き起こり、足元の草木が大きく揺れた。これまでどのようなことがあっても動じなかったエリオットが、その様子を見て一歩下がった。これ以上近くにいては邪魔になると感じるほど真剣な様子であったからだ。
魔法の発動する限界に達すると門の近くまで飛び立った。蠢く手首の上空まで届き、震えるほど魔力を溜め込んだステッキを思い切り振る。
ガーネットのようなクリスタルのような、赤色や透明の輝きが天に広がり、吸い込まれるように門へと舞って行く。それはやがて門を塞ぐ糸のように形作られて行く。
「縫い上げるようなイメージで……!」
踊るようにステッキを動かし、最後にひとつ大きく回した途端に輝きが止んだ。
門がじわりじわりと塞がっていき、そしてややして大きな音とともに手首が落ちた。
おお、とルリエルの元に駆け寄ったエリオットだったが、上空を見て気がついたことがあった。
「……微妙に、門が塞ぎ切られていないような気がしますが」
《これはいつものことです》
門の封印は縫合するようなイメージと伝えたところ、裁縫全般が苦手なルリエルによる、とても雑な封印が毎度爆誕することになった。封印としては不安が残るので、この後毎回頑張ってちまちまと縫う作業が待っている。
「今日は結構うまくいきましたわ」
笑顔輝くルリエルに、エリオットはさすがですね、と声をかけた。ボールを拾ってきた犬のようにも見えた。
「それで、この腕はどうしたら良いのでしょうか?」
切断面は聖属性魔法で切り落としたので白く輝いているが、そもそもの腕も人間のそれとは全く肌感が違った。皮膚というよりも鱗というようなものが隙間無く埋まっている。この状態では確かに威力の弱い魔法は傷一つつけられないだろう。
《今から我が主のところに転送します。魔族の身体を研究する良い実験材料になります。━━座標接続、完了》
ステッキのいうがまま魔法を使うと、瞬時に大きな箱のようなものに詰められて、そのまま空間へと消えていった。
魔族の魔力を含んだ風が止み、虫の音が遠くに聞こえる平和な夜が戻った。もう少し待てば動物達も森に帰ってくるだろう。何とかルリエルの苦手な裁縫の仕上げも終わり、ひと段落、という状態になった。
「しかし、改めて見ると魔族とはやはり恐ろしいものですね。ルリエル嬢が今まで一人でこのような過酷な状況で国を守ってくださっていたとは……感服致しました」
真面目な話に弱いルリエルは、綺麗な顔が真剣な表情でそう語り、心配するように眉根を寄せている様子に少し困った。
「いえ、ええと、それほどでもございませんわ……苦戦することも多いですし……」
「あれほど強大ですとそうですよね……。やはりどこか遠くで貴女がこのような戦いをされていると思うと胸が痛みます。せめてお邪魔にはならないことことだけはお約束しましょう。どうぞこれからもお連れください」
「ええと……」
「そうですね、たとえば私に出来ることと言えば細やかなこととなりますが、魔族のとの戦いが終わった後には慰労として茶会を開きましょう。私の部屋付きの菓子職人の腕は一級ですよ」
「乗りましたわ!」
「流石ですね、……ルリィ」
そして、大魔王(ルリエル視点)が仲間入りしたのだった。




