12 魔法令嬢、大魔王が仲間に入りたがっているようです。②
「はい?」
「言葉の通りですよ。貴女を一目見た時に私は恋に落ち、そして貴女を手に入れたいと渇望してきました。そしてこうやって出会えたのですから、こんなに幸運なことはありません。それに国のためと、そのような危険な任務に就いていらっしゃるのでしたらすぐ近くで手助けをしたいと思うのは当然ではありませんか?」
何の魔法も掛かっていないはずなのに、エリオットは光を帯びているようにきらきらと輝いている。
「ええと……エリオット殿下……?」
ルリエル・ディフロンション16歳。恋愛経験皆無の身からすれば、熱っぽく話すエリオットは熱病に冒されているかのように見えた。
「つまり、もう手放さないという事ですよ、レディ」
そのままルリエルの手を取り、甲に口付けを落とした。
離れて見れば、王子様が愛を告げるロマンス小説のような出来事だった。
しかしながらルリエルは一時驚いた表情を浮かべていたが、そのまま怪訝な顔になった。だって、おかしない?あの奇怪な服で飛んでるのを見て一目惚れっておかしない?ほんまに?という顔だ。
「疑うのも無理ありませんね。私からすれば2年も探し続けていた乙女ですが、貴女からすれば昨日今日で出てきた程度の存在です」
そこで言葉を切り、
「ですから信頼していただけるようにこれから努力いたします。どうぞ私をお連れください」
と跪いた。
「貴方も、それでいかがでしょう?私を連れて行くメリットは貴方にも幾分かあるかと思いますが」
《メリットですか。例えばどのようなものでしょう?》
「私はある程度の魔法的知見があります。昨晩からの様子を見る限り、ルリエル嬢の魔法はトリッキーでありそれが強みとも言えますが、貴方へのダメージも同時に大きい。ルリエル嬢が魔法を制御する方法をお伝えすることも可能です」
《どうぞ、同行をお願いいたします》
「ちょっとお待ちくださいな、ステッキさん!」
見事なるまでの手のひら返しだった。
そしてステッキを通じて人間の国側を覗いているエルフもまた、ぽっと出の青年に期待してる点があった。魔法少女には、純粋な恋も付き物である。それは幼馴染であり、同級生であり、そして憧れの先輩でもある。
可憐に、しかし強く戦う魔法少女像の実現のためにはこういった駒もいるのは悪いことではないのではないかと、そう思った。
「では、どうぞよろしくお願いいたしますね」
「いえ、で、魔族退治というのはとても危険が伴うものでして、おそらく王族の方がご一緒されるのには……」
「それは心得ておりますよ。ですが、私も武術と剣術に覚えがあります。足を引っ張るようなことは致しませんよ」
にっこりとエリオットは笑った。エリオットの背後から溢れんほどの大魔王オーラを感じる。有無を言わせない様子だ。
「ですが……」
そう言われても、万が一エリオットに何かあれば、今度こそ確実にルリエルは有罪判決だ。国外追放などという甘いものではなく、処刑にお家潰しということだってあり得るかもしれない。というかほぼ確実にそうなる。こんにちは処刑台だ。
《緊急情報です。魔族が侵入しようとしている気配を察知しました。至急、王都に向かいましょう。お嬢様、変身を》
恐ろしいタイミングでステッキが告げた。
いつの間にかに時間は過ぎ、窓の外は真っ暗になっていた。
「それは大変ですね。すぐに行きましょう」
とてもナチュラルにエリオットが言った。腰元では、いつの間にかに細剣が輝いている。
「ちょ、ちょ、ちょっとお待ちくださいな。事態に色々と着いていけないのですが……」
普段はマリーメイを筆頭に突っ込まれてばかりのルリエルだったが、今日は珍しくルリエル自身がツッコミ担当になっていた。
《?何か疑問に思われるところがありますか?》
「あ、もうそういうノリなのですわね……ええい、でしたらもうどうにでもなりやがれですわ!!」
ルリエルはステッキを握った。ほんのりと温かい魔力がステッキから流れ込んでくるのを感じる。久しぶりの感覚だ。そしてステッキに鎮座していた鳥の目が紅く光り━━
「あの……エリオット殿下、そこまで見なくても……」
エリオット殿下が美しいエメラルドの瞳をしっかりと開き、ルリエルを凝視していた。
「……失礼、これは申し訳ございません。これほど希少な機会に巡り会うこともなかなか無いと思い、つい」
「最短着替えですわ!」
ぱん、とコーンが弾けるような音がして、その次の瞬間にはスイーツのように甘く可愛らしい姿に魔法令嬢ルリエルの姿になっていた。ヴェールを何層も重ねたようなスカートが揺れる。
「ああ……この姿もやはりとても素敵ですね」
エリオットはもう頭を垂れそうな勢いだ。とてつもなく”やばい”光景だった。
ルリエルが飛行魔法を展開して羽を生やした時にもう一悶着あったのだが、それは置いておき、ルリエルは宙を飛び、エリオットは馬で王都に向かっていた。飛行魔法も相当に早いのだが、エリオットの愛馬も遅れを取らないほどに早かった。
馬の邪魔にならない程度に低く飛んでいるルリエルは、
「それで、どこに魔族が出たのでしょうか?」
《正確に言えばまだ魔族は現れていません。先日閉じた門を向こう側からこじ開けようとしているモノがいるようですね。放っておけばまた開いてしまいます。早急に対応を》
平行世界間に無理やり開けられた門は、言わば傷口のようなものである。そして門の封印は縫合手術のようなものだ。仮に塞いだとしてもこじ開ければまた傷口は簡単に開いてしまう。
今向かっているところはルリエル達が最後━━全然最後じゃなかったのだが━━の戦いをした、王宮から少し奥に入った森の中だった。
「このようなところに……」とエリオットは目を細めた。
夏の夜に、涼しく、しかしねっとりとした湿度を含んだ風が吹いている。それは魔族側の魔力を含んだ風だ。
上空を見上げれば、空間に歪みが生まれていた。大きく変彩効果のような光の線が入り、その上下で続いているはずの雲や空の色がズレている。そここそが、門があった場所であった。
確かにルリエルが封じた時には、なんてことない普通の光景になっていたはずだった。
《かなり修復されてきていますね》
ステッキがそう言った直後、ずしん、という音がした。
「う”、!」
空を見上げていたルリエルが唸り声を上げた。
卵の殻がぱりぱりと割れるように光の線が裂けて行く。何も知らない者が見れば、神々しい現象だとすら思うかもしれない。みるみるうちに裂け目は広がっていき、ぱっくりと穴が開いた。
わずかな光もない漆黒の空がその裂け目の奥に一時見え、そしてその次のタイミングには裂け目から拳が落ちてきた。
森の鳥が全て驚いて飛び立つような地響きによろけたルリエルとエリオットだったが、非常事態でもルリエルを支えたエリオットは紳士の国の住民だった。
「あ、ありがとうございます、エリオット殿下」
「いえ、このぐらいは。それよりもあれは……」
成人男性が5人手を繋いで囲んでも足りないほど大きな大きな拳だ。関節や骨の様子から見ておそらく男の右手。爪だけは黒くてピンと尖っている。それが手首から先だけが裂け目から出てきている。ものすごく、奇妙な光景だった。
「あれが魔族ですか?」
「あそこまで大きいと何がなにやらわかりませんわね……」
右手は裂け目を広げるようにもぞもぞと動いている。その動きは大型の虫のようにも見えて、「うわあ」とルリエルはつぶやいた。
しかし、黒いもやのようなものを纏っている姿はルリエルの知っている魔族の姿と一致していた。
《あれは早く止めないと厄介です。門が拡張されれば、大型の魔族も侵入するようになってしまいます》
「それはやばいやつですわね。……エリオット殿下はこちらでお待ちください。ステッキさん、何か防御できるものは作れるかしら?」
《簡単な防御魔法を付与したものでしたらお嬢様でも作れますよ》
ルリエルはその言葉を受けて防御魔法を付与したローブを作り、エリオットに渡した。ルリエルの衣装と同じ生地を使ったつるりとした白のローブだ。
そしてそのまま地を蹴り、空を駆けるようにして大きな手のところに走っていった。それを眩しそうにエリオットは眺めた。




