11 魔法令嬢、大魔王が仲間に入りたがっているようです。①
大魔王、もといエリオット王太子バレが確定して、ルリエルは放心状態だった。
最悪お国にバレなければなければ何とかなるのでは!?と思っていたけれど、そのお国の中心とも言える次期国王・エリオットに知られてはもう笑うしか無い。
「ルリエル嬢?大丈夫ですか?」
魂の抜け落ちたルリエルに、黄金比のごとく完璧な顔立ちを寄せるエリオットであったが、ルリエルはそれには気が付かない。変わりにテーブルの上に並べていたスコーンとアプリコットのジャムを寄せると、「ふぁあ!」と魂を飲み込んだ。
その様子を見て一瞬驚いた表情を浮かべたエリオットだったが、すぐに面白そうに笑った。まるで、新しい玩具を手に入れた子供のように純粋な笑顔で。
「どうやら混乱させてしまったようですね。今日はもう止めておきましょうか。その際は是非、あのステッキも連れてきてくださいね。━━もちろん、逃亡は許しませんよ」
「送っていきましょうか?」「明日は迎えに上がりますね」という声を背中に感じながらルリエルは僅かに取り戻した魂でふらふらと部屋を出て行った。
2日連続の心ここに在らずの退場であった。
*
その報告を受けたルーモスは改めて事態を認識して泡を吹き、ステッキはステッキで《うわあ》と発した。
ルーモスは単純にルリエルの身を案じているのだが、ステッキは《話を聞く限り、ちょっとやばい方なのでは》
という気持ちになっていた。ただし、変人奇人はエルフの国で慣れているので、耐性はあった。
《お嬢様、どうしますか?埋めますか?殴って記憶を消しますか?》
「そのようなこと、そのようなこと!」
冷静沈着、執事として感情の昂りは見せないことを矜持としているルーモスも、今日は完全に混乱モードだった。
「いえ、あの人変に手を出しても何かしらで防いでくる気がするの……隙がないというか……」
ルリエルの動物的本能が完全に、あいつはやべぇと認識していた。デンジャー!デンジャー!という真っ赤な信号が頭の中で点滅している。
《ではいっそのこと、こちらの状況を詳らかに話してみてはいかがでしょうか。お嬢様の話を聞く限り、確かにやばさは感じますが、しかし敵意は感じません。むしろ熱烈な好意すら感じるほどです。そこを逆手に取ってみるのです。色仕掛け、と言ってもいいかもしれません。レッツ魔性の女ですよ、魔法だけに》
うまいこと言ったとばかりにステッキは黙るが、ルリエルの表情はずーんと暗い。
《まあですが、一度話を付けるに越したことがないでしょう。必要ならば我が主にも報告をしなくてはなりません。その人間と話をするならば私も同席します》
「貴方、なんだか随分とノリノリじゃないかしら……?」
《そうでしょうか。魔法令嬢であるお嬢様の手助けをするのが私の役割ですので、必要な事だと思い助言をさせていただいております》
とはいうものの、それは詭弁であった。
せっかくはるばるエルフの国から戻ってきたので、単純に手っ取り早く話を進めたくて仕方がなかったのであった。
「まあ……確かにいまいちエリオット殿下が何をしたいのかよく分からないところはあるわね……」
《そうでしょう。そうでしょう。まずはきちんと話してみましょう》
*
その機会は即訪れた。
放心状態のルリエルは覚えていなかっただけで、エリオットは明日迎えにいくと言ってあり、その言葉通り放課後きちんと自ら迎えにきた。ルリエルは所属のクラスも伝えていなかったが、とっくに調べられていたのだった。
注目度の最も高い存在であるエリオットが1年生の教室を直々に訪れ、さらに転入してまもないルリエルを呼び出したというニュースは電光石火のごとく学園内を巡った。
特に驚いたのはマリーメイだった。昨日はリージュ・アイリス様で今日はエリオット殿下……?とびっくりとしていると、「転入の際に生徒会側に提出していただく書類にいくつか不備があったので、直接説明しに来たのですよ」とそれらしい理由を説明した。
一点の曇りもなき口調に、「あら、そうなのですね……?」とクラスメイトたちは納得した。
「では、生徒会室で説明しますよ、ルリエル嬢」
紳士的に昨日と同じ道をエスコートされる。
ルリエルは頭の中で、出荷される牛の様子を思い浮かべていた。るるる、と悲しい歌が流れる。
「では、どうぞお掛けください、レディ」
紅茶を淹れるために背中を向けたエリオットに隙が見えた。その瞬間、ルリエルの中に魔が差した。あれ、今なら背後、取れるんじゃないかしら?と。その発想にはレディらしさは一片たりとも見られない。
鞄の中に入れていたステッキを掴むと瞬時にスコップに変化させた。1秒も無い間にその背中に近づくと━━
「━━掛けていてくださいと言ったではありませんか。ああ、ステッキも持ってきてくれたのですね」
奇襲は完膚なきまでに封じ込められた。右手をしっかりと掴まれており、先日の寮突撃の際のデジャビュのようになっていた。
身体能力に優れているルリエルでも対抗できないほど反射神経が良すぎる。後でステッキに聞いたが、魔法的な加護を受けているということではなく、純粋な生身のスペックが並外れて高いという事であった。
「本当に埋める気だったのですね。何かの比喩かと思っていましたよ」
「埋めるのが一番手っ取り早いと思いましたの……」
ルリエルはもごもごと言った。いたずらが見つかった時の子どもぐらいバツが悪かった。
光が弾けるようにしてステッキが元の形に戻った。それをエリオットは眩しそうに眺めた。
《お嬢様に任せていると話が進まなさそうですので、ここからは私が進行させていただきます。初めまして。エリオット・ウィ・エヴィリアーテ王太子殿下》
まるでお辞儀をするようにステッキが前へと少しだけ倒れた。
「これはご丁寧にありがとうございます。私は今、この国の王太子という立場ではなくエリオットというただの個人として話をしています。当然、エルフと通じていることや外交法などの話をするつもりはありません」
《お心遣い痛み入ります。私としても━━いいえ、私の主であるエルフ側も貴方に敵意がないなら問題が無いと認識しております。恐れ入りますが貴方がルリエル嬢を探すに至った経緯を教えていただけますか?》
一応の当事者であるはずのルリエルをさしおき、2人はう少しシリアスな雰囲気を纏った。
「……私は2年前にルリエル嬢が飛行しているのを見かけてからずっとその姿を探してきました。飛行魔法など高度な魔法は魔法器具程度では実現できません。私は最初エルフがこの国に来たのかとそう思いましたよ。けれど、その後王都で起こった異変や……その痕跡を調べるほどそれはこの国のレディであるのではないかとそう思うようになりました」
それで、さまざまな街や、夜会などに姿を変えて出向いていたのです、と続けた。
「ええと、王都で起こった異変や痕跡とは……?」
「心当たりがありませんか?例えば急に……祟りとしか言いようが無い事件が相次いで起き、しかしある夜を境にそれはぴたっと無くなる。しかも、そのような出来事が起こった場所には常に地形が抉り取られるような痕であったり、不可解な現象が残されている。そういうことが2年の間何度も起これば、違和感を覚えるのも当然でしょう?」
確かにばっちり心当たりはあった。
「人も雇ったりしましてね、何とか僅かでも残っている手がかりを見つけていたのですよ。あれこれとね」
それは全く心当たりがなかった。
「と、まあ私の話はこの程度です。今度はそちらの話をお聞かせいただけますか?」
《わかりました、では、お話ししましょう》
と、ステッキがぺらぺらとこれまでの2年間のいきさつを話し始めた。
人間の国側に、魔族が門をこじ開けたこと。それに対応するためにエルフがルリエルを魔法令嬢として選び、戦い続けてきたこと。2年で一度落ち着き、新たな任務のためにまたステッキが戻ってきたこと。
「なるほど……それで根本の魔族を滅するというのは具体的にどう?」
ステッキは感涙で体を濡らしそうだった。ここ数日進まなかった話が、やっとこの一言だけで進展しそうなのだ。
《簡単なこと。平行世界の方に侵入し、直接叩きに行けば良いのです》
「ちょちょちょ、ちょっと待ってちょうだい。それは魔族の国に行くということなの?」
《はい。向こうもまさか乗り込んで直接突撃してくるとは思っていないでしょうから、その油断を突くのです。突拍子もない作戦はお嬢様の得意中の得意でしょう》
さすがに考えなしのルリエルであってもそれがえらいこっちゃということは理解できる。
魔族の国というのはどういうものなのか理解はできないが、この2年で戦ってきたようなモノたちがうじゃうじゃいる世界など想像もできない。
「確かに人間が直接乗り込んでくるとは思わないでしょうね。作戦としては面白いかもしれませんが……その魔族の国の地形が分からないというのはとても不利ですね。まずは見つからないように偵察から出来ないのでしょうか?」
《エルフ側でもある程度の情報は持っていますが、それは確かに賛同するべき意見ですね》
「あのう、お話をあまり先に進めないでいただきたいのですが……」
いつの間にかに、さらりとエリオットが作戦会議に入り込んでいる。
「ルリエル嬢、次の作戦から私も同行をさせてください」
「えっ」
《えっ》
「そんなに驚く事でしょうか?知ってしまえば、貴女一人にこのような重責を負わせることは出来ません」
ああ、そういえばこれを言っておりませんでしたね、とエリオットは続けた。
「私は貴方のことを好いているのです。一目惚れ、というものですよ」
ブクマ、評価ありがとうございます!




