9 魔法令嬢、学園で突撃しました。①
夏空の下、ルリエルが叫んだり泣いたりしたこともあり、ほとんどアマーリエに追い出されるような形でルリエルは学園へと入った。
元々は魔法令嬢として夜間動かなくてはならないということもあり、寮生活が必須の学園に入学しなかったという面があったが、進めてしまった入学手続きはもう止めることができない。ただ、寮とは言え貴族の子息令嬢が集まるところだ。寮の部屋は個室であるし、まあ何とかなるか、というのがルリエルの結論だった。
それに魔族が出やすい王都にはディフロンション領よりもむしろ学園の方が近い。
そして、使用人としてルーモスも付いて行った。
もともとルリエル専属の執事であったので、ルーモス自身も絶対に付いていくと思っていたのだが、なんとかあの子を頼みます、とアマーリエにも懇願された。あまりに大らかで貴族令嬢としてかなり抜けているところのあるルリエルはそれが良いところである一面、誰かがしっかりと見ていないと不安であったのだ。
「で、ルリィ。どうして入学初日からへばっているの?」
溶けたキャンディのように大理石のテーブルに張り付いているルリエルを見て、マリーメイが言った。
今日は授業のない日で、ルリエルは入学手続きを終えただけ。とは言え細かな手続きはすべてルーモスがしてくれたので、ルリエルは教師とルーモスが話しているのをうんうん、と横で見ていただけだ。そしてそのままマリーメイに誘われて学園専用のカフェテリアに来ていた。
濃い紺のブレザーに、白色の大きなリボンを合わせた制服を纏ったルリエルは、見た目こそ学園の生徒に馴染んでいたが、その行動は領地にいた時と時に変わりがない。
それを仕方ないわね、と眺めているマリーメイは言葉こそ呆れているが、顔は少しにやついていた。
「やっと入学してきたと思ったら、本当に貴女ってブレないわねぇ。せっかく私が案内してあげているのに」
マリーメイが注文したアーモンドパイを口に運ぶと、ルリエルはぱくりと口を開け、もそもそと食べ始めた。
「私、ひとつのことを考えるとその他のことを忘れるのよね……」
「何の話かわからないけれど、まあ、ルリィはそうでしょうね」
デビュダントの夜、ステッキが降ってきた衝撃で上書きされてしまったけれど、その前に別の衝撃があったのだ。
あの訳知り顔の青年が一体誰だったのか、いまだにルリエルはわからなかった。もともとルリエルが魔法令嬢をしていたことを知っている様子だった上に、さらにステッキが動いて喋っているところまで見られてしまっては、もう言い訳ができない。ものすごい見間違えと言っても、多分信じてくれないだろう。
「この学園で、掘りやすい土ってないかしら?なるべく深く掘れるところがいいわ……」
「……あなた、何を埋めるつもりなの?」
「なんかよく分からない殿方……」
パイを食べる口だけは止めずにいるルリエルを見て、これはダメね、とマリーメイが呟いた。
ルリエルは仮に誰かにばれたとしても、最悪お国にばれなきゃセーフなのでは?と思っていたけれど、それでもルリエルが正体の知らない人が自身の正体を知っているのはやはり怖い。
「そうだわ。ねえ、先日のアイリス侯爵家のパーティにいたお方で、リージュ様のおそばにいらっしゃった殿方を知らない?こう、癖っ毛であまり背の高くない方だったのだけれど」
「ううん、そんな方いたかしら?アイリス侯爵家のみなさまが揃っていらっしゃるのは見たけれど、やっぱりリージュ様が素敵すぎて近くにどなたが居たかなんて見てないわ……。もしかして、その方が気になっているの?!」
がっとマリーメイが前のめりになった。マリーメイの好きなものは、お洒落と、ルリエルと、それから色恋沙汰だ。
「え、いえそういうわけじゃないんだけれど……。どこの家の方なのかしらと思っただけで」
「なあんだ。なら、リージュ様に聞いてみればいいじゃない。一番確実よ」
「私はもうあの肉食獣の目に晒されるのは御免だからそれは良いわ……」
「ああ、ヴィンセント様と踊っている時も凄かったわね?あれが重なると体育館裏の集会に呼び出しよ」
さらに液体化していくルリエルに、「あ、でもねルリィ」と続けた。
「お父様もお母様も言っていたけど、デビュダントとても良かったわよ。あんなダンスの足捌きは見たことがない!ってアイリス家でも話題になっていたとか。しばらくパーティに引っ張りだこなんじゃない?」
「ほうぉ……」
「何よ、その返事は」
*
ただっぴろい学園を一通り歩き回ったその夜、ルリエルは寮の自室のベッドに倒れ込んだ。
クラシカルなインテリアでまとめられた寮は、親元から離れた寮生の過ごしやすさを第一に考えられており、ルリエルもその思いやりをありがたく受け取り、既に部屋に馴染んでいた。
「学園中をあれこれと探ってみましたが、そのような特徴の青年は見つかりませんでした」
慇懃な礼をしながらルーモスが言った。
謎の癖っ毛青年に正体がバレたことはすぐにルーモスにも相談をした。年格好から見て学園に在籍してるのではないかという仮説の元、マリーメイとルリエルが学園を散策している間にルーモスも隠密の如く情報収集をしていたのだが、見つからなかった。
「マリーにも聞いたけれど分からないって。あの方は一体どこのどなただったのかしら……」
《お嬢様、横から申し訳ございませんが、あの件に関しては私も責任の一端を感じておりますのでご協力をしましょう。本当はそろそろ我が主からの言伝をしたいのですが。どうやらその問題が解決しないと私の話を聞いてくれないようですので》
「え、どうにか出来るの?」
《あの人間が見つかれば良いのですよね。お任せください》
はるばるエルフの国から戻ってきた━━と言っても、対魔族特化型魔力稼働器具のコアの部分のみがエルフの国のシステムに戻されていただけなので距離的な移動はないのだけれど━━ステッキだったが、肝心のルリエルにあれやこれやと説明をしたくとも、入学の準備だの、謎の青年だのとルリエルの意識は分散していた。
となると先にそちらを片付けないと、ルリエルの少ない脳回路はこちらに配分してくれないというのはステッキはいたく分かっていた。
《では、まずは変身を》
「分かりましたわ!」
がっと勢いよくステッキを掴む。
ルリエルを優しく包む暖かな光。頭の鉄板から足の先まで何かが流れ込むような感覚。約2ヶ月ぶりのその感覚は、懐かしさすら感じら程であった。
白と赤を基調としたスカートが膝上がふわりと揺れ、魔法令嬢・ルリエルが降り立った。
ルリエルの勢いと思い切りの良さだけは「完璧!」と、戦う女の子が好きなエルフがスタンディングオベーションをしそうだ、とステッキは思った。
ルリエルの考えを尊重するために見守ることを決めていたルーモスだったが、実際またルリエルの変身した姿を見てしまうと、「お嬢様……」とそっと目頭を押さえた。華々しく社交会にデビューを出来、このままルリエルが普通の御令嬢としての幸せに向かっていけるかと思っていたからだ。
「それで、どうしたら良いのかしら?」
《とりあえず高いところに出ていただけますか。辺りが一望できるところが理想的です》
「わかったわ!」
窓枠に手をかけ、「じゃ、行ってくるわ!」と力強くルーモスに伝えてからルリエルは出て行った。「ご無事を祈っております」とほろりと涙をこぼしながらルーモスはその背中に言った。
軽快に寮の外壁を登り、そのままいくつかの建物を登ったり超えたりしていき、学園内で一番高い塔にたどり着いた。足の置く場所はほんの数センチ程度しかなく、ルリエルは片足で器用に立っていた。
夜の学園はすっかり静まりかえっていて、唸るような風の音だけを感じる。遠くには王都のきらきらとした光も見られた。
《このぐらいあれば十分でしょう。探索はこちらで行いますので、お嬢様は目を閉じ、例の男性のことを思い浮かべてください。姿形だけでなく、喋り方や仕草までよくよくイメージしてください》
「わかったわ」
ステッキが地脈に接続する形で探索魔法を展開した。ルリエルが必死にあの青年の記憶を辿っていくと、ルリエルを中心に蜘蛛の巣のように光の脈が広がっていった。
紅茶を一杯飲み終わる程度の時間が過ぎ去り、《目を開けていただいて良いですよ》とステッキが発した。急激な疲労感に襲われたルリエルは、ぜえはあと息を吐きながら、
「なんだかものすごく疲れたのだけど……」
《一時探索範囲を王都まで広げていましたので、経由地であるお嬢様の体力の消耗は当然ですね。しかし、もの凄く疲れた、程度で済むのはさすがです。無事に見つかりました》
「まあ!」
《どうやら本来の姿形から変えていたようですね。若干苦戦しましたが、お嬢様の記憶にあった歩き方、話し方の癖、匂いや根本の声質は偽れきれていなかったようですね》
続けられた《物忘れの良さが特徴かと思っていたのですが、根っこではきちんと覚えられているのは流石です》という呟きに若干「?」を浮かべたルリエルだったが、
「では、どこの方だったの?勿体ぶっていないで教えてちょうだい」
《はい。こちらです》
ぐいっと引っ張られる形で塔からまっすぐ落ちた。
重力を感じながら、真っ逆さまに落ちていく。数十メートル先には、塔の下にある建物の石壁。
ゼロ距離のところに石壁が迫り、「なんか防御!!!!!」だけ辛うじて叫んだ。両手を胸の前でクロスさせ、最大限での防御体勢に入ったところで綺麗に石壁に正面から激突した。膜のような結界を張り、何とか衝撃を減らしつつそのまま真っ逆さまに石壁を壊しながら落ちていく。
ルリエルが激突したその石は、最高級の硬度と価格を誇る石壁。そこは、とある寮の天井であった。
「いったあああああい!」
状況を把握するよりも、痛みの方が先に来た。ルリエルは完全に涙目だった。
「今のは流石にひどすぎないかしら!!落ちるなら落ちるって先に言ってくださいな!!」
《申し訳ございません。ですが、この方が手っ取り早いと思いましたので》
ほら、とステッキが示す先に、男性が一人。椅子に深く腰掛けたまま、首だけルリエルの方に向けている。
けれどルリエルがデビュダントで会ったあのブラウンの癖っ毛が特徴的な方ではなかった。
艶やかな黒の髪に、薄暗い部屋の中でも鮮やかに目立つエメラルドグリーンの瞳。美を象徴するような甘い顔立ち。そして右手の人差し指には、王家の紋章を嵌め込んだ大きな宝石がひとつ。
驚いたように目を何度かぱちぱちと瞬きしていたが、ルリエルとしばらく視線を合わせてから、
「まさか貴女の方から会いにきてくれるとは。お久しぶりですね、ルリエル嬢」
目元をきゅっとさせて微笑んだ。




