第七話
目を覚ませば知らない世界だった。
空からは真っ白の雪が降る廃墟のような空間。まるで真っ白な雪が世界を支配しているように包み込む。そんな大地にいるのは私のクラスメイト達。
「こ、ここは?」、「どこなのよ」という当然の疑問を口にする者もいれば「ここか」と何かを悟っているような人もちらほら。そんなクラスメイトの中、協力できそうな茉莉と強制的に協力させられる予定の鏡谷を探す。するとうずくまっている一人の姿が見える。きっと茉莉だろう。駆け足で茉莉の方へ行き、声を掛ける。
「大丈夫?」
「ふぇ?」
茉莉は顔を上げ、私の顔を見る。すると、
「あ! 夜空ちゃん!」
最初にあった時の余裕のある雰囲気はどこに行ったのやら。最初はクール系かと思ったらのんびり系、ついには駄目駄目系人間に。いや駄目駄目系は言い過ぎか?となると子犬系と言えばいいのか。
「良かったー」
やめろ抱き着くな。みんなが私を見る。白い目で見ている人もいるしわざと視界から外している人もいる。茉莉はそれを察してくれずに、「よがっだー」と涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっている。おい、私の服で拭くな。
無理やり茉莉を引きはがし、私は聞く。
「で、これがどういう事かわ……からないよね」
うん、と何が何だか分からない顔になった茉莉はとりあえず頷いた。
それからもう一度周りを見る。
しかしそこにある物はさっきと同じ。
廃れた廃墟に積もった雪、もっと些細な情報も入れるのなら遠くに大きな工場のような施設がある。しかしそれもここのように廃れているらしく、光も動きもない。あえて言うなら今にも崩れ落ちてしまいそうで不安定だ。
「みんな、とりあえず落ち着こう」
そう言ったのは鏡谷だった。
こんな状況に混乱しているのは鏡谷も同じだろうが、そこで気がめいらないのは結構なものだ。そして彼女は一旦深呼吸し、こう続ける。
「多分、これは何らかの事件ではないと思う」
私もそう思う。と、なるときっと私と鏡谷が考えている事は一緒だろう。
「これは多分試験って奴だよ」
まあ、そうだろう。
あの状態からこういう事になるのは間違いなく試験なんだろう。だがきっと私や鏡谷以外にもすでに察していた人はいただろう。
「はい、質問なんだけど」
クラスメイトの一人が手を上げた。
「っていう事はこれって現実?」
まあ、気になる事だろう。
「それは…」
わかるわけがない。いや、わかるかもしれないけど、少なくとも今の私に茉莉、黙り込んだ鏡谷は分からないだろうと思う。
「それは分からないけど、でももしかしたら何か魔法でここにもっていかれてしまったのかもいしれない。つまり試験は試験だけどこれには危険が伴う可能性があるって事」
ふぅぅん、まあ確かに。試験だからって、魔法によってできた世界だったらとか言って命に係わる怪我をしないとは言えない。しかし、そんな真剣な話をしている中、私は思う。
これは不毛だ。
こんな話をしても結局は「じゃあ、どうする?」って話し合いにしかならない。そしてその話し合いが始まった所で十分もニ十分もやったところでどうせ「集団行動しよう」とか「サバイバルできるように材料を集めよう」という普通の事にしかならないに決まっている。それなら私がここでさっき述べた事を言ってみるか、副委員長であるこの私が。
「ねえ」
その瞬間だった。
うめき声が私を含めたクラスメイトの耳に届く。そしてこのうめき声を私は知っている。あの声だ。気持ち悪く、それでいて何か誘っているような声。そう、ホリックだろう。
「静かに!」
私の声にクラスメイトは言われた通り沈黙をする。そして耳を澄ます。聞こえるのは草をかき分けるような音と自分のバクバクと大きく振動する心臓の音だけだった。
「…………」
あっという間にクラスメイトと別れてしまった。
いや、話が飛び過ぎだ。何があったかと言えば奴らに遭ったのだ。そこで何人かが犠牲となり、私はその隙に茉莉と鏡谷を連れて岩陰に逃げたのだった。
「ん~、んん~」
「あ、ごめん」
鏡谷の口を塞いでいた手を離すと、怒ったふうにこちらを睨む。こっちだって一生懸命なんですぅぅ~。というかむしろなんで私が鏡谷を連れてきてしまったんだ。茉莉はともかくとして自分を大きく見せようとする鏡谷を、とても上から目線で脅してきた鏡谷を、なんで助けてしまったのだろうか。
「なんで、助けたの?」
私が知りたいわ。
「……友達だから…?」
あ、なんか少年漫画っぽい。でも私たちは女だ、つまりは少女漫画っぽいのだ。もう、わけわからない。
すると鏡谷は少し顔を赤らめた。あれ?惚れちゃった?
「何その顔?」
「ううん、別に~」
「そ、それより!」
ニヤニヤする私とそれを嫌そうな顔をする鏡谷の間に茉莉が割って入る。
「何があったかを整理しようよ」
「生理?」
「「違う!」」
勢いよく二人に突っ込まれる。
「生理じゃなくて整理! もう…あんた、結構下ネタ好きなの?」
別にそういう訳ではないと思うのだけれどもね。そもそも生理が下ネタかっていう課題で話し合って、生理は百パーセント下ネタ!っていう結論が出るかは限らないだろうし。ただ毎日下ネタを挟みながらいちゃつく親の影響だろう。と、そんな生理トークをやめ、真面目に切り出す。
「整理って言っても、よくわからない場所に連れてかれて、そこでホリックに遭って、で、逃げたんでしょ」
「そこよ」
「ど、どこよ」
私の言うと、鏡谷が私の方に指を指しながら言った。
「なんでそんなに他人事みたいに言えるの?クラスメイトでしょ」
ああ、その事か。
「別に思い入れが無いから……?」
「なんで疑問形なのよ……」
だって自分のことについて確証が持てないんだもん。正直自分の考えている事も分からない時だってあるし、そんな所になんの疑問を持っていない。つまりは自分に興味がないのだ。自分について考えている暇があったらもっと色んな事が出来るだろうし。
「……そんな考えだから私のあれに従うつもりだったの?」
いや、それは違う。あれはあの時のコンディションが悪くて言い返せなかっただけだった。
その事を言うと、「そうなんだ」と目を細めた。
「ちょっとちょっと」
またもや茉莉が割って入る。
「何?従うって何?どゆこと」
さっきまでの会話を全部聞いていたらしく、茉莉は次々と疑問を口に出す。
「まあ、かくかくしかじか」
「分かんないよ!」
いちいちうるさいため、鏡谷から説明した。
「えぇ~」
茉莉は「なんでそんな事したんだ」って顔をして鏡谷を見る。いいぞ、もっとやれ。
「と、とりあえずこれからどうするのよ。何か考えあるの?」
「ないよ」
即答だ。さっきまで考えていたのは大体駄目になってるし、っていうかしたくない、めんどくさい。
「……したくないけどサバイバルするための素材集めとか」
あぁ~、と二人は「なるほど」という顔をするも、それに賛同はあまりしなかった。まあ、わかる。サバイバルと言うと必要そうな物は木材や食料だろう。だが今の私たちはそれらをゲットするための道具を持っていないのだ。例えば木を切る為の斧や魚を捕る為の竿、動物を倒す為の槍など。しかもそれだけではなく、奴らを倒すための千号石で出来た武器もない。こんな状況で奴らを倒すのはほぼ不可能と言ってもいい。そしてもし倒したとしても死体から出てくる瘴気で死ぬだろうし、死にはしなくても何らかの状況に陥るだろう。
「まあ、それくらいの問題なら奴ら、ホリックを倒さずに逃げ、道具を作って生活。そしてクリア条件を探すって感じかしら」
「大体そんな感じ」
そう答えるも鏡谷が言った「クリア条件」という言葉でこれが試験である事を思い出す。
そっか、試験なんだっけ。
それにもう一つの問題は期間だ。どれくらい生き残ればいいのか。何日、何時間で何をすればクリアなのか。それが分からなくてはどれだけ勤勉に生きようとしても怠惰に生きようとほぼほぼ変わらないだろう。
「と、とりあえずやるならもう始めませんか?」
「そうだね。時間も有限だし」
思ってもない事を言ってみる。
「じゃあ、最初に集めるべきは食料かしら」
多分そう。なにせサバイバルの経験が無いため、こういう状況で何が必要か、全く分からない。
「あ、向こうに森あるよ」
茉莉は手で眉毛あたりに当てて、鏡谷のいる方向の向こう側をもう一つの腕で指を指す。
茉莉の指した方向を見ると、確かに森があった。しかし雪が積もっているせいか、一回見ただけじゃあ、分かりにくく見えなかった。
「……じゃあ、行くか」
力なくそう言って立ち上がる。
さて、始めるか。
そう言って私は雪のように白い乱れた髪の毛を整えた。
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「ちょ、ちょっと」
私は彼女、シリウスに言う。
「流石にやりすぎなんじゃないの?いきなり三人も脱落なんて…」
そう言うもシリウスからは返事が返ってこない。
「……いいんですか、本当に」
「いいんだよ、いきなりの攻撃に対応できないなら「称号」を得る事は出来ないよ。ま、対応できた所でクリアできなくちゃあんまり意味ないけどね」
そう笑いながら言う。顔が見えないため、本当に笑っているかは謎。
「まあ試験なんてこんなもんだよ」
試験。
そう、これは試験だ。彼女、シリウスの魔法によって作られた意識的空間に意識のみを誘導し、その空間で行われる試験。
クリア条件は生きる事。具体的に言えば、勝利者として生きる事である。
そしてその勝利者というのは様々な解釈があり、例えば「生きるために敵を倒した者」や「利益を得るために努力し、利益を得た者」などがある。実例を言えば椿さんや薺さんは「生きるために敵を倒した者」の部類に入る。
「そういえばさ、今回はなんていう「称号」が用意されてるんだっけ?」
「少しお待ちを」
そう言って足元にあるカバンから資料を取り、紙をめくる。
「≪色彩指揮≫……ね。正直そろそろネタ切れ感が出てくるかと思ったけど、あの先生はバリバリ現役ね」
そろそろと言うのはその「称号」というシステムが始まってもう何年だか分からないくらいだという事である。今まで七十の「称号」が出てきたが実際に「称号」を得た人物は薺さん、椿さん、蛇喰さんの三人も入れて二十人ちょっとだけ。それだけこの試験は難しい、いや難しいではなく難解なのだ。そもそもクリア方法も分からないゲームをクリアしろなんて、出来るわけがないに決まっている。こんな方法で優秀者に「称号」を与えるというのは自分の所属学校は結構いい加減だ。
「≪色彩指揮≫ねぇ。流石宮本先生。略して宮せん、つまりさすしの」
ちなみに宮本先生と言うのは我が校の保険の先生、教授である。そして「称号」の名づけをしている先生だ。椿くんや薺くんたちの≪戦場戦姫≫と名付けたのも彼女だ。正直私にはこういったセンスはよく分からないが、一部の生徒に人気らしい。よく分からないわ。
「そういえば、さっき言ってた白髪の子、どんな感じ?」
話を変えると、「ん?」と彼女は聞き直す。
「いや、だからあの子、暁夜空はどうなのって」
ああ、とシリウスは返事をし、
「どうかな~」
と返す。
「まだ始まったばかりだしね。仲間と一緒に行動し始めたよ。まあでもこれからの展開次第って感じだよ」
まあ、そうだな。
そろそろ始まって五分くらいか。向こう側の空間はこちらとの時間差は大きく、こちらの五分が向こうの三十分だ。
きっと動きがあるだろう。
「……あんまり動き無いなー。早送りでもするか」
していいのか?
彼女が魔法操作をしていると何かに気が付いたのか、「お!」と笑みを浮かべる。
「そう来たか」
興味深げに彼女が言う。それが気になり、モニターを見る。
「…えぇ」
流石に早くないか
続く
試験編って感じです。
出来れば感想、レビューください。出来ればでいいです。