第六話
月曜日の事。
強院の地下、二人の女性が空中に魔法で造られたモニターのようなものを見る。そのモニターには教室に集まっている生徒達の姿が映っていた。
「生きのいい生徒が来たね~双さん」
女性が両手に付けた手袋には魔法陣が描かれていて、それに重なるように空中に紫の魔法陣がうごめいている。
「そうですかね。今年はまあまあだと言うのが私の意見ですが」
「いやいや、そんなことないよ。例えばあの子とかこの子とか,っと特にあの子がいいね。他人を簡単に犠牲にできそうだ」
酷い言いぐさだ。しかしまあ、この学校は一応は軍学校だ。そういう子もいないわけでもない。
彼女は手を使えないせいで顎で指すため、正確にどの子か分からなかった。
「どなたですか?」
聞いてみると、
「あの子、ほら、白い髪の子」
え?髪が白い子なんていたっけ?疑問に思いながらも彼女が見ている方向を見る。
確かにいた。世間を舐めたように腐った目をしている少女の事だろう。知らない顔だ。この前の入学式で見たはずなのに覚えていない。これは私の記憶力が悪くなったのだろうか。それとも休んだ?どちらにしても学園長の補佐である私が知らない生徒がいてはならない。
そう思って床に置いていたカバンから名簿を出し、開いて白髪の彼女を探す。ええと、名前は、
「あかつき……よぞら」
「暁夜空?」
はい、と答えると、「へえ」と彼女は怪しげな笑みを浮かべた。
その笑みに不信感を抱いたが、しかしきっと彼女はすぐに話を逸らすだろうと察し、話を終わらせようとする。
「まあ、なんにしても今日はお願いしますね。世界最高峰の魔術師にして強院専属の魔術研究士、オルゴン・L・シリウスさま」
「こういう時だけ様付けなんてしないでおくれよ、三流騎士の匂宮双さま」
………やっぱり苦手だ、この人。
change
朝起きて最初に驚いたのは起きた直後だった。
「なんでですか」
隣で寝ていた蛇喰先輩を見て私は言う。というか私も全裸だった。何故に。
ぐっすり寝ていて返事がない。
そんな蛇喰先輩は裸だった。
よく見ると結構胸がでかい事に気付く。なんというか多分椿さんよりあると思う。
私は最近なにかと胸を触るな~。
どうしよう。そうこうどうしようかと思っているとゆっくりと蛇喰先輩の目が開く。「ん~」と目をこすりながら私を見る。どうやらお互いが裸の事には何も思っていないらしい。つまりこの人が犯人か。
「………おはよう」
「? おはようございます」
とても健やかな笑顔を見せる彼女に疑問を浮かべながらも答える。
「あの、何があったんですか?」
「そりゃ、ねぇ」
何か自己完結して微笑む蛇喰先輩。そしてその仕草と言葉に昨日何があったかを理解してしまった。
あぁ、そういう。
つまりはあれね。昔読んだ本風に言うと「昨晩はお楽しみでしたね」ってやつか。いやはや、まさか初めてが同性とは。まあ、どこぞの男とするのも嫌だったし、よかったと言えばよかった…いいや良くない!ってかなんでそういう事になったんだ。どっちが原因だ?あっちからか、それともこっちからか。どっちなのだろう。
そう思いながらも蛇喰先輩と見つめあっているととある状況が一気に気になり始める。ゆっくりと自分の手を布団の中に突っ込む。
………よかった。まだ初めてを卒業してなかった。良かった良かった。
「ん、どうしたの?」
「いえ、ちょと身体的デリケートゾーンのいろいろを……」
元々デリカシーはないが、こういうのは流石に言えない。まあ結構分かりやすくぼかしたし、理解してくれるだろうか。
「ンンン?」
目をこすりながら答える。きっと朝だから頭がまわってないのだろう。彼女に自分の分の布団をかけ、服を着るため立ち上がる。
一糸まとわぬ完全な裸体が露わになる。だがきっと今の私を見て変な気持ちになる人はいないだろう。だって胸がないんだもん。なって言うか絶壁というやつだ。自分で言うのもなんだがこんなにないのも珍しいと思う。
まあいいや。
制服を着て、バックを背負う。ついでにこの前貸してもらった本も入れ、靴を履くと蛇喰先輩が起き上がって私を見る。
「行ってらっしゃい」
ん?
「行かないんですか?」
うん、と当たり前のように答える。
ああ、そっか。特待生だからいいのか。っていいや、良いわけ無いだろう。
「行きませんか?」
「え?」
「行きませんか?」
「いや………」
「い き ま せ ん か?」
「………はひ」
意外と押せばイケた。しかし彼女は二段べッドから出ようとしない。
まあ、いいや
「行ってきます」
あい、と手を振る。
家を出て道を歩く。休日の内に何回か散歩をしたのでもう全く迷わない。
朝に疲れるなんて多分初めてだ。
「疲れだ」
「そうかい」
本当に疲れた。疲れたっていうかいろんなことがあって頭が痛いの方だろう。
「まあ、そのくらいは日常だと思えばいいと思うよ」
これが日常とか、どんな生活してるんだ。
「それに今日は試験ですよ。朝からこんなんじゃ」
「いやいや、ピンチはチャンスって奴だよ」
ないない。今までの人生でピンチがチャンスだった事は一度もない。
「そうですかね」
「そうだよ」
そっかー。ってあれ?
「うわっ」
無意識に会話をしていたのは薺先輩だった。驚き!
「び、びっくりしました」
「別に驚かそうとした気はないよ」
ふふっ、と笑う薺先輩。
「で、今日試験なんだって?」
「はい。あ、何かアドバイスとかありますか?」
ないない、と笑いながら答える。
「え?」
「だってあれ、どうにもならない人はどうにもならないよ」
なんとなく意味ありげな発言だ。
「まあ、あえて言うなら「無駄な事はしない」かな?」
無駄な事はいない、当たり前だろう。
「具体的には…」
「さあ、どうだろうね」
適当にはぐらか薺先輩。すると歩く足を違う道に向ける。向こうは体育ホール。屋内でのスポーツや訓練に使う施設だ。
「じゃあ、私こっちだから」
「え?あ、はい」
話が途切れるのもお構いなしに薺先輩は体育ホールに向かう。
「………」
行くか。
彼女の後姿を見ながらそう思う。
教室に集められたクラスメイト。そう、つまりは試験当日。みんなはワクワクしている人もいるし、「いやぁ、昨日全く寝なかったんだよね」並みにどうでもいい不幸自慢をしている人もいる。
「ようね、でも頑張りましょう」
後ろから聞こえる声は鏡谷だろう。声質でも分かるし、何より視線が凄い。こんな視線を送られてしまったら無視はできない。こちらもキョロキョロと鏡谷の表情をうかがう。
鏡谷は数人のグループで会話しながらも違和感のない仕草でずっと私を睨む。すごい特技だ。これがリア充というものなのだろうか、いいなぁ~。そのコミュニケーション能力欲しいな。鏡谷の方を見ていると、突然こちらへ寄ってきた。
「おはよう」
やめて、笑顔が怖い。
「お、おはよう。鏡谷さん」
「さん付けなんてしないでよ。鏡谷でいい。それと」
鏡谷は耳元で言う。
「今日はお願いね」
うっは怖えぇぇぇぇぇぇ。
鏡谷はそれを言うとすぐにいたグループに戻って行った。
「何話してたの?」
「ん? ないしょ」
女は怖いな。私も女だけど。
早く始まんないかな~と思っていると、時計に目を何度も見ていると、ドアが静かに開くのに気づく。ドアの向こうには震えながらゆっくりをドアを開ける茉莉の姿だった。彼女はそっとそーっと歩いて机に座る。丁度私のとなりだ。そういえば昨日、空席だったっけ。
「お、おはよう。今日も遅刻しちゃった。で、でも今日もちゃんと理由があるんだよ!実はあの先生に反省文を書けって言われちゃって。私、作文とか苦手だからさ、全然書けなくってね」
いや、聞いてないよ
「おはよう、大変だったね」
あたりさわりのない挨拶をするだけにした。
何顔赤らめてんの?
「おはよう。みんないるか?」
ドアが開くのと同時に大人の声が聞こえる。みんなが話していた話題を切り上げ、渋せんのいる教卓を方を見る。渋せんは周りを見渡し、一息つくと「号令」と言う。
「き、起立。気を付け、礼」
「「おはようございます」」
おはござで。
「きゃんと挨拶をしろ、暁」
ば、ばれた?
「口に出てたぞ」
「マジですか」
「嘘だ」
えぇ。渋せんって冗談いう人だったのか、意外だ。ってあれ?つまり心を読まれた?もしや私が渋せんと呼んでいる事も……。
「んじゃまあ、とりあえず準備できるまで時間はあるし、その間に教科書配るぞ」
流石に渋せんと呼んでいるのはばれてはいないらしく、私を気にしないように渋せんは話す。
「じゃあ暁に鏡谷、それと数人ついてきてくれ」
呼ばれたので鏡谷とその他数人(鏡谷の取り巻きと茉莉)を連れて、職員室のある二階に行く。
「んじゃ、ちょいと待ち」
そういうと、渋せんは職員室の奥に行くと、大量の教科書が運ばれてくる。
「これ持つんですか?」
「ああ、まあみんなで分けな。私も一応は持つ」
そう言ってる渋せんの手にはたった五冊ほどの資料しかなかったのだ。これには私以外のみんなも苦笑い。おいおい。
さて、思っていても終わらない。始めるか。
「よっこいしょっと」
すこし多めに二十冊。するとそれに続くように鏡谷が十冊、取り巻きが十冊と全て取って行った。
「あれ、私は?」
困惑する茉莉を差し置いて教室へ向かう三人。教室に着くとその教科書を全員に配り、渋せんはそれらの教科書についていたであろう説明書を読んだ。
「えーっと『この教科書は未来を担う皆様に無』……む…なんて読むんだ?」
「多分無償だと思います」
私もそう思います。っていうか、それくらいは読めない?私でも読めるよ。
「………やっぱいいや」
おい!ときっとクラスメイト全員が思っただろう。隣の茉莉もそんな顔していた。
渋せんは何度も時計を見ながら何かを待っているようだった。
キーンコーンカーンコーン
時計が鳴る。すると渋せんはニヤリと微笑み、私たちに向けて手を突き出す。
パチン。
指を鳴らすと渋せんは言う。
「試験、開始」
、と。
瞬間、私たちの意識が途切れた。
「………あ、やべ。ルール言うの忘れてた。ってあれ? 言わなくていいんだっけか」
change
「試験開始っと」
両手に浮かぶ魔法陣が怪しげに光る。これは彼女、オルゴン・L・シリウスの魔法である。俗に言う催眠魔法である。これを使うには膨大な魔力に使う相手が油断してなければならない。彼女が唯一できる魔法といってもいい。と言っても固有魔法ではないけれど。
「順調ですか?」
「そりゃね。私を誰だと思っているのさ」
「戦えない魔術師」
はは、と笑うシリウス。別にギャグのつもりはない。彼女は戦わない、というよりは戦えないのだ。昔はとても強い魔術師だったらしいが、何かのきっかけから全く攻撃魔法が出来なくなってしまったらしいのだ。しかし、攻撃魔法の中に「催眠魔法」が入っていないという事から、妨害魔法や防御魔法は大丈夫らしい。
「まあ、その通りだけどさ。改めて言われると傷つくよ」
「ごめんなさい」
素直に謝る。実際の位はシリウスの方が結構上だからだ。彼女は気にしてないらしいが建前上は礼儀正しく……なんてもう遅いけど。
「ん、まあいいよ。君と僕の仲だ。どんな嫌がらせだろうと僕はそれを褒め言葉と取るよ」
いや、それは違う。
「そうですかね。で、話は変わりますが、さっき言っていた子…暁夜空さんに何を期待しているのですか?私の目から見ても少しひねくれた餓鬼くらいにしか」
「ふーん。まあ確かに専門外の部分だからね。僕もそれ以外を考えればただの死んだ魚の目の奴だ」
私とシリウス、彼女への悪口でどっちが酷いのだろうか。
「ま、薺くんや蛇喰くん、椿くんのような天才かは分からないけどね」
まあそうだ。彼女たちはいうなれば「鬼才」なのだ。
生まれつき持っていた魔法。
目的のために努力した能力。
環境によって生まれた英傑。
どれもこの学園にいる史上最強で史上最高の生徒達だ。どんな人でもあの目を見ればわかる。敵に敬意を表し、それでいて容赦などと言う甘ったるい考えは持たない。普段とはかけ離れた姿はまさに「鬼」だ。
「しかし、あの子が絶対に彼女達に適わないという事でもないでしょう?」
「まあね。そこらへんも含めて今日見るんだよ」
正直あまり気は進まない。
しかしこれから彼女達に行うのはすべてが「嘘」であり「真」である。いつか知ってしまう世界の真実。だからこそ知らなければいけない。
「ふう、考えても仕方ないよ」
「……分かってます。それよりもそろそろ開始では?」
うん、とシリウスが詠唱を始める。やがて言い終わると、シリウス、そして私は誠意を持ってモニターの向こう側にいる少女たちに言う。
「「試験開始」」
と。
続く