第二話
『ホリック』についての説明をしようと思う。
一言で言えば、怪物だ。そして人類を追い詰めた宿敵であり天敵。人類が命さながら逃げた狩人。その何処が駄目かと言えば瘴気である。奴らの瘴気を吸った人々は次々と倒れ、死んでいく。
型は様々で最も知られている姿はワーム型。名前の通りの細長い虫のような姿のことだ。
ただ、この場合の細長いは人間の持つ概念の細いでは無く、少なくとも一軒家ほどの直径を成す。顔には目や鼻、耳などの機関は見当たらず、顔面すべてが大きな口と大きなキバに覆われている。ホリックはその口で人を食う。食い散らかす。気色悪いのなんのって……でだ、そんな巨大な怪物が現れた時の私の第一声は、
「…………!!」と、言葉に出来なかったのだ。というかしなかった。こんな時に「いやぁぁぁぁぁぁ」とか、「な、なんで」とかいうよな性格では無く、驚いた時にノーリアクションで通してしまうのが私だからだ。幼い頃に幼稚園で友達がやってくれたサプライズパーティーに対しての私の反応は「あ、うん」だった。そりゃ、友達減るわ!
まあ、そんな事はさておき、現実逃避をやめよう。
「きゃああぁぁぁぁぁ」と叫ぶ観客。そんな声を上げる人から食べられたり、しっぽで薙ぎ払われたりで地獄絵図だ。さっきまでお茶らけた様子だった司会もそれを見ていた人々も逃げま……待て、何か大事な事を、いや人がいないか?
男の子!!
私は逃げ出そうとしていた足を止め、急いで周りを見渡す。すると阿鼻叫喚のような視界に一人の男の子が映る。
「いた!」と私はすぐに彼の元へ走る。そして「早く、逃げなきゃ!」と言う。しかし彼は動かない。男の子の目線の先はずっとホリックを向いている。そして
ホリックもこちらを見ていた。
「!!」
ああ、もう嫌だ!!奴らには目が無いってか目がどこにあるかも分からないが顔はこちらを見ているのは分かる。
駄目だ、どうしよう。ここで自分だけが逃げる事は簡単だがそれじゃあ個人的な道徳に反する。背徳って奴だ。この子も助けなきゃいけない!そぐに彼の視界を手のひらでふさぐ。
「見ちゃ駄目だ。ゆっくり後ずさりだ」
彼の耳元で小さく言う。うん、と小さく頷く。
ゆっくりと、ゆっくりと後ろに下がる。ホリックはこちらの動きを見計らうようにじっと見ている。
よし、きっと今の内にみんなは逃げてくれるだろうが……。さあさあ、このまま、安全圏まで行って騎士の誰かが助けてくれればオールオッケーだ。っと、あ……、
(こりゃ無理だ)
何が無理と言えば、視界のホリックの向こうにもう一匹……いや、二匹のホリックが見える。おいおい、何故世界は私の嫌がる事を次から次へと、実はこの旅(高校のある町までの)に出るのも嫌だったんだ。しかも旅に出る前日も大事にとっておいた私のスカートの丈がががががががぁぁぁ。
だが今はそんな事はどうでもいい!!
さっきまでの状況は猛獣から目をそらさずに逃げるくらいの危険度だったが、今はさっきのに群れが加わったような状態だ。
と現実逃避はやめて、視界に入っている目先のホリックに目をやる、瞬間だった。
づこっ
(あ、やべ!)
こんな大事な時に小石に躓くのはどのくらいの確率だろうか…。いや、確率は関係無いか。つまりはまた世界が私にした嫌がらせか。
マジかよ世界最低だな。
てか、私マジでヤバくね?
急いで姿勢を立て直すがそれも遅くホリックはこちらに飛び掛かる。
私はすぐに男の子を庇うように抱きかかえる。そんな行為に意味があるのかと聞かれれば無いが心の問題だろう。こうしとけばこれを見ていた人からいい人に称号をもらえる。
さあ、終わりだぁ!私はどんな味がするのかな?
諦め、目を塞ぐ。驚いたとも言ってもいい。
「大丈夫?」
女性の声が耳に響いた。それと同時に頬に液体がかかる。震えながらも目を開ける。そこには私たちに背を向けて佇む一人の女性の姿があった。真っ黒な首までの髪。後ろ姿だけでは分からないがどこからか凛とした雰囲気を醸し出している。手には大きな太刀のような武器を持っている。服装は迷彩柄の軍服のようにも見えるが私は確信を持って言える。これはある学校の制服であると。しかし、そんなかっこいい場面であっても危機的状況だったことには違いない。視線を彼女から先までいたホリックに移す。しかし、さっきまで見えていた所に姿は無い。すこし見渡してみる。と、地面に横たわる一匹の死体。そこからは赤黒い血が垂れていて、私の頬にかかってきたのはきっとこれだろう。
「大丈夫って聞いてるの?」
返事をしない私に女性はまた問いかける。今度はしかっりとこちらを向いて。
雰囲気通りに凛とした顔。細長い目にメガネが似合っている。綺麗な表情だ。
「あ、ありがとうございます!」
「そう、ならすぐに下がって。危ないよ」
顔色一つ変えずに彼女は言う。私はすぐに男の子の手を取って下がる。
私太刀はは崩れたテントの残骸に隠れ、すっと彼女の方を見る。
「ふぅ……」
彼女は大きな深呼吸をし、奥にいる二匹のホリックに向けて進む。その足には戸惑いも何もなく、只々覚悟を決めているように勢いをつけていく。だ、だ、だ、だ、だ、と走り出し、ホリックとの距離が三十メートルほどになった時、だん!っと飛ぶ。この飛ぶは比喩表現などではなく、飛んだのだ。正確には飛び跳ねたというべきだろうか。地面を思いっ切り踏みしめその反動を利用したように飛んだのだ。
彼女は異様なほどに飛び、そのまま彼女はホリックの目の前まで飛ぶ。その瞬間、彼女は持っていた大太刀から鞘から抜き(抜くと言うより下に落とした)、それを思いっ切り力を振り絞りホリックを切り刻む。非リックのは上下に割かれ、バタリと無残に朽ち果てる。ホリックはこのように死んだ時、瘴気は出るはずだが、今回は出ない。さっきもだ。それはきっと千号石のおかげだろう。
千号石というのはホリックが現れてから約100年ほど前に発見された鉱物である。特殊な光を発する鉱物で、色は半透明。しかし着色料によく染まるため、宝石として使われていたこともあった。
だが、それがホリックに有効であることが発見されたのだ。詳しい理由は現在研究中らしくよくわかっていない。しかもこの千号石、ホリックの死体から出る瘴気を百パーセントカットすることが出来るのだ。
そのため、千号石で剣などの武器を作り、ホリックと戦うことが出来る。ありがとう千号石。今、人類がこうして鉄道を引いたり、愉快なサーカスが開かれているのはほぼ大体このおかげなのだ。
そして彼女が持っている大太刀もきっと千号石でできているのだろう。
彼女は一匹倒すとまた走り出し、同じように飛ぶ。すると今度は回し切り。体をぶんぶんと回転させながらその勢いを大太刀でホリックに与える。けっこうな威力だったらしく(見た感じ絶対痛いじゃ済まない)ホリックは真っ二つではなく断面がぐちゃぐちゃバラバラと地面に落ちる。
「す、すげぇ」
ボキャブラリーの乏しい私にはこれぐらいしか言えなかった。同じく男の子も圧巻だろう、顔を見る。その表情はきっと私と変わらないくらいの驚いた表情だろう。
「………終わりましたよ」
こうしてほぼ十分もしない内に三体のホリックに対し、華麗な勝利を彼女は勝ち取ったのである。
「よかった~」
もう一度さっき行ったお店に戻り、コーヒーをもらう。
さっさと男の子を母親に引き取ってもらい、適当に町をぶらぶらと歩いているとたまたまこの店にたどり着いたのである。
「聞きましたよお客さん。怪物からお子さん助けたそうじゃないですか」
話が早いっすねぇ。あとその言い方は語弊があるかも……。まあ、いい意味で通っているならいいか。そうしてコーヒーを一口。さてと、また本を読もうか、
「同席しますね」
驚く。慄く。戦慄…はしないがコーヒーを吹くくらい驚いた。だってさっき戦っていた女性がはなしかけてきたのだから。彼女とウェイトレスは驚いた私を無視し、オーダーをする。酷くね。
「えっと~」
「名前は?」
「はい?」
「名前」
「ああ」
と、「暁夜空です」と答える。
「そっか、暁夜空……いい名前だ。」
そうかな?初めて言われる気がする。いや、幼稚園の頃に言われたかな?まあいいや。自分の名前なんて褒められてもも自分が褒められてるって感じしないし。それよりも、
「私は近衛椿、宜しくね」
「あ、はい」
胸おっきいなぁ。椿さんを十だとすると私は二くらいだ。そのくらいの胸囲、驚異。
椿さんは私のいかがわしい目線を気にせずにコーヒーを飲む。
「さっきはありがとね」
え? 何が? 実際椿さんに助けてもらってそれで終わりなのになぜか。素直に居城に下がったことだろうか。これも普通のことだろう。お礼を言われることではない。黙って考えている私に答えを提示するように椿さんが口を開く。
「男の子、助けてたじゃん。身を犠牲にして」
ああ、と納得する。確かに道徳的というか常識的には「子供を助ける」はとてもいいことらしい。そんな事をしたのだからお礼は言われる……のか。ああ、そういえばと言おうとしていたことを思いだす。
「その制服って強院ですよね」
彼女は少し驚いたような表情をしたが、すぐに「そうよ、よく知ってるわね」と答える。
強院。
正式名称は軍事強攻女子学院。ホリックに対抗する者を育成する学校である。
「実は私、今年から通うんですよ」
驚異の新事実。そう、私暁夜空は強院に通うのだ。そしてこの旅も強院のある都市『リグロット』に向かう旅だったのだ。な、なんだってー。
「へぇ、そうなの」
そこまで驚いてくれなかった。まぁいいけど。
「ならさ、一緒に行かない? リグロットまで」
え? 意外な言葉だった。
「いや、別に嫌ならいいけど。だって行く場所が一緒なんだから仲良くいかない?一応同じ学校に通うんだし」
それに…と繋げる彼女。こういう意味深なつなぎは少し苦手だ。そんな事は口に出さず、彼女の言葉を待つ。三秒ほどすると彼女は答える。
「次の電車、明日の朝でしょ。起きれないから一緒に宿、泊まれないかな~って」
ははは と照れる彼女。そんな彼女に私は、
(か、かわえぇぇ)
戦う時のあの乾いた冷たい目はどこへ行ったのやら。さっきの彼女を鬼と例えるのなら今の彼女は天使だ。大天使椿さまやぁ。と適当にふざけていると彼女がこちらを見ているのに気づく。きっとというか確実に返事を待っているようだ。
「はい、こちらこそよろしくお願いします!」
さっきの男の子に対する『お姉ちゃんモード』と逆、『後輩モード』を発動だ。
かわいい猫を演じるのだ。と言ってもこれくらは演じなくても素でいいのかな。ま、いっか。
「ううん、こちらこそよろしくね。私、本当に朝苦手でね。目覚まし時計も学校の寮に置いてきちゃったし、どうしようかと思ったよ。でも夜空ちゃんがいれば安心だね」
あれ?なんか重いな
続く