第一話
戦闘描写を頑張ろうと思う。
実家にあった本の話だ。
『七つの大罪』
エジプトという昔滅んだ国の本だ。七つ。つまり「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憤怒」、「怠惰」、「傲慢」、「嫉妬」。
タイトルとこれらの単語。どれも人にはあるものだ。大罪と呼ばれるほど、悪いものでもないと私、暁 夜空は思う。私だって嫌なことがあってやけ食いしてしまうこともあるし、勉学に怠けてしまうこともある。怒るとこだってあるし、欲が出てしまうこともある。
それで私は思う。
これらの罪。これらは自分の身を脅かす事態を招いてしまう感情を大きく分けたものだろう、と。
こういう何かについて、自分の考えを述べることは嫌いではないが苦手だ。なにせ、そのなにかを私はちゃんと読んでいないからだ。中学校の時、頭のいいクラスメイトと同じ本の感想を言い合うという場面があり、それを嫌というほど自覚してしまった。彼女のその本を呼んだ感想と私の感想の厚みは天と地ほどの差だった。そこからは私は自分の考えを述べないように立ち回ってきた。………うっ
走る電車の中、ずっと下を向いて本を読んでいたせいか気持ちが悪く、吐きそうになる。完全な自業自得だ。ちょっと考えればわかることだろう。昔、初めて電車に乗ったころはまだ夢といい感性があり、ずっと外の風景を見ていた。しかし、冷め切った現実を受け入れ始めてから風景くらいでは喜ばなくなってきてしまった。
「大丈夫ですか?」
そう話かけてくれたのは反対側に座っていた子連れの女性だった。子供はくまのぬいぐるみの手を動かしている。その様子はとってもかわいい、しかし男の子だというのが惜しい所だ。
「ああいえ、大丈夫ですよ」
両手の手のひらを動かして笑う。すると、じっと私を見ていた男の子は、
「おねえちゃん、その白い髪って地毛?」
言われて自分が髪の毛をいじっているのに気付く。
「うん、そうだよ」
ストレスで白くなったわけではない。代々家の家系は何故か髪は白いのだ。別にいじめられたわけでもないが、所々変な目で見られることはあった。多分私がこんな冷めた感性になった理由の一つではあるだろう。
子連れ親子と会話が終わると再び本を開くことはなく、じっと車窓から外を見る。
何もない。ほぼ砂漠と言ってもいいほどに何にもない。遠くにオアシスのように町が数個微妙にあるくらいだ。外を見ながらぼーっとしていると私のいる車両に一人の男性が入り、言う。
「次の駅は小仁川町です。降りる方は今のうちにチケットを見せてください」
確か次で降りるのだったか?そう思いポケットに入っていた一枚の紙を取りだす。母が書いてくれた地図だ。字がとても汚い母だが、十何年も読んでいると慣れるものだ。お、どうやら次で降りるらしい。
小仁川町の駅で降り、車掌さんに話を聞くと次に乗るべき電車は明日の朝一らしい。今の時間は昼の三時。お昼は電車で済ませていたが小腹が空いたため近くのお店に入った。席に座るとウェイトレスが目の前に来て、『ご注文はお決まりですか?』と聞いてくる。今座ったんだから決まってるわけ無いだろうが。なんてことは表に出さずに「コーヒーありますか?」と答えてみる。はいございます、とにこやかにウェイトレスは答る。ついでに「おすすめはありますか?」とも聞いてみる。
「トーストなどどうでしょう。コーヒーにも合っておいしいですよ」とまたもやにこやかに答える。こういう人と話していると自分がどんなに周りを見下してしまっているかが嫌というほどわかってしまう。と、とんな事はどうでもよく、ウェイトレスは厨房に向かう。静かなおかげで本が読めそうだ。
「どうぞ」
本を読んでると、小さい声でコーヒーをテーブルの上に置く。きっと読書の邪魔をしないようにしてくれたのだろう。やさしいなぁ。コーヒーを一口飲み、また本を読む。ニ、三分すると、トーストがテーブルに乗る。そこで本を閉じ、バッグにしまう。
「頂きます」
手を合わせお辞儀をする。これは私のおじいちゃんが言っていた約束事だ。よそで食べる時はきちんとしろと。おかげで町では「いい子の夜空ちゃん」で通っていた。そんなことはどうでもよく、一口。おお、
「おいしい~」
ほっぺが零れる、とまではいかないまでも自分で作るよりは何十倍もおいしい。と、私が笑顔で食べているのをウェイトレスが見ているのに気づき、少し恥ずかしくなった。
あ、と思い出し、ウェイトレスにこっちに来てほしいとジェスチャーをする。
「あのぅこの町の宿はどこにありますか?」
「宿ならここを出て突き当りを右に行った所ですよ」
聞いた質問にすぐ答えてくれるウエイトレス。慣れるのかぁとか思い、
「ありがとう。あと、ごちそうさま、おいしかったです」、と席を立ち、お金を払い店を出る。
ええーっと、ここを右で………あれ?
迷った。
まさか自分が迷子になるとは…。迷子にあったのは幼稚園の頃以来だよ。まあ、行ったことのない地域では迷子になるものだろうが道を聞いた手前、さすがに迷子になるとは思わなかった。
さてどうしようか……。
そう周りを見渡しているとさっきの電車で一緒だった男の子が一人でいた。遠くでよく見えないが、母はいないらしい。迷子なのだろうか?ならやばい。私は今、あの子と同レベル、いや同レベルでは無いものの彼と同じ状況であることは確かだ。ここ仲間同士、仲良くしよう。
駆け足で男の子のもとへ駆けていき、とんとん、と肩を叩く。男の子は振り向く。すると、その顔は泣いては無いものの今にも泣きそうな表情であった。よし、こういう時は頼れるお姉さんモードだ。笑顔を作る、いつものことだ。
「大丈夫? 迷子?」
彼は小さな声で「うん」と頷く。
「そっか、じゃあお姉さんと一緒に探そうか」
彼はまた小さく、「うん」と頷く。私は彼の手を繋ぎ、歩き出す。
「お母さーん」
「お、おかあさぁん」
歩きながら私たちは彼の母を探す。
「ねえ、お母さんの名前ってわかる?」
ううん、と彼は言う。まあ、最近は知らない子も多いし。
うーん、困ったな。このまま、探しても駄目そうだ。そんな事を思いつつ、周りをもう一度見渡す。
八百屋、アクセサリーショップ、武器屋、さっきのカフェ?、サーカス………お。
「ねえねえ」
「ん?」
また肩をとんとんと叩きサーカスの方を指さす。
「あれ、何か知ってる?」
サーカス。私も正直見た事は無いが本で何回か読んだことがある。なんか凄い奴だ。
ううん、と首を振る。そうか…。
「じゃあさ、見に行こうか?」
「面白い?」
「うん(多分)」
じゃあ行く、と涙をぬぐう男の子。手をつないだまま、サーカスの方に行ってみる。受付に何円か聞いてみると子供は無料で私は2500円らしい。なるほど、こうして親子連れからぼったくってるのか。うまいな。
バックの中から財布を取り出し、お札と小銭を受付に払い、中に入る。外見は大きな赤いテントのようなもので中身も思った通り、パイプ椅子が百個くらい(もうちょっと)並べられていてステージの方を向いている。椅子にはもう半分以上が埋まっていた。前の方に歩いて行き、最前列のニ、三個後ろの列に座る。
さっきの受付の人によると始まるのはあと五分後らしい。席にそこで腕についている腕時計を見る。大都市に住む人はもっといい物を持ってるらしいがこれは父のおさがりで家を出た時、つまり二日前にもらったもので昔は銀色でかっこよかったが今では錆びて茶色くなっている。でも私はこの「長く使い込まれている」っていう感じが大好きだ。
さて時間はっと……。
「どうもどうも、始まりますよ」
時計を見ようとすると、ステージの上で話し出すお茶らけた衣装を着た男性が出てくる。ちらっと男の子を見てみるとさっきまでの泣き顔は何だったのか、ステージの上に興味深々。さて、じゃあ私は適当に居眠りにでも……っじゃなかった!ここに入るのに結構金かかったんだから。危ない危ない、危うく2500円無駄にするところだった。さあ、楽しむぞぉ!
つまんねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。
いや、別につまらなくはない。正確には面白くないのだ。
ただただ人と動物が演芸をしているだけ。最初はおおと思う所はあったが、三分後にはただただつまらない芸と化した。
だが少し周りを見渡してみてもみんな楽しそうに見ている。なんだ、この温度の差は…。ま、まあ男の子は楽しんでいるようだし、自己犠牲の精神だ。大丈夫、いつもやっていたことだ。
「ありがとうございました」
終わった~。長い闘いだった。何と戦ったかと言えば睡魔との闘いだ。
「楽しかった?」
「うん!凄かった!」
目をキラッキラに輝かせた男の子。まあ彼の笑顔が2500円だったという事だろう。安い安い…安い?
さてと、男の子を笑顔にしたなら後はお母さんを探すだけだ。ってあれ?サーカスを見ていた時、お母さんは一生懸命男の子を探してたのではないか?だとしたらどうしよう。誘拐かと思われるだろうか。いや、大丈夫だ。彼女はそんな事を考える人間では無いだろう。まあ一回言葉交わしただけだが。
立ち上がり、男の子に手を差し伸べようとした、
「ほら、行こう——」
その瞬間だった。
空が開けたのだ。
「…!」
大きなテントの天井が完全に消え去り、壁は崩れ落ちる。そして現れる怪物。
私は察する。そう来たか……と。
大きなワーム型の怪物……『ホリック』を目にして。
続く