第十三話
ある日、私は学校に隣接しているカフェテリアでカフェモカを一人飲んで黄昏ていた。女子高生がこうやって座っているのはきっと絵になるだろう。いや、ならないか。
この前、いろいろとあった。
何があったかと言えばそれはもういろいろとあったのだ。
絶対合わないであろう腹黒少女と最近どのキャラが本物か分からない女と一緒に異世界でサバイバルをしたりと、それで≪色彩指揮≫という称号を得てしまったりとそれはもういろいろとあったのだ。
「ふうん、それはすごい日だったんだね」
そうなんですよ。
しかもあの世界で過ごした時間はこの世界のたった一時間ちょいなんですよ。本当にやばいでっせ。やっぱり魔法ってすごいんだなーって再確認しました。
「ま、シリウスさんは強いからね。少し前に博士帽をもらったこともある科学者らしいよ」
シリウス。
そう、シリウスシリウス。
あの人って正体不明で神出鬼没って噂聞いてたんだけど、意外とそういうの分かってるんですね。
「まあね、でも天涯孤独で親しいのはたった一人の弟子のみ。そういう意味では近寄りがたくてミステリアスって感じなんじゃない?」
天涯孤独はミステリアス。多分それ言ってる人大体未亡人大好物ですよ。
「ま、まあまあ。そういうのは偏見を生んで戦争を生むよ」
「それは大げさと言うもので……ってふぁあ!」
ついこの前も見たぞこの心霊現象っ! って心霊現象でもない!
「……何やってんすか薺先輩」
「およ、別に私は特別な事してる訳はなんだけどなぁ」
三崎薺。通称なずなん。
「そんな通称はない」
……まあ、置いておいて。
蛇喰先輩と椿さんと一緒で≪戦場戦姫≫という称号……いや、もう称号というのはやめよう。どっちかって言ったらチームって感じだし。称号称号って言うとなんか変な感じだ。というわけで今から私はチームと呼ぼう。
「そういえばよぞたんは称号をもらったんだっけ?」
「……そうなんですけど、その呼び方やめてください」
流石にそれは痛い。急所に大ダメージだ。どのくらい痛いかと言えば腹パンくらい痛い。嘘、本当は怪物に吹っ飛ばされた時くらい痛い。これも嘘かも。
「なんだっけ、称号?」
「えっとですね、ヴァイスってやつです」
それを聞くと薺先輩はほほうとにやける。
「そっかそっか。ヴァイスか、かっこいいじゃん」
「いや~≪戦場戦姫≫には敵いませんよ」
「謝るからそれはやめて…」
ふふっ、なんか称号持ってる人の弱点を知ってしまった気がする。諸刃の剣だけど。
「っていうか、あの試験先輩たちもしたんですか?」
当然の質問、あんなものをやるってのは流石にやばいんじゃないのか。あの椿さんの強さを知っている私だけど、あの時敵だったでっかいホリックと私の戦った怪物は正直怪物の方が強かったと思う。
しかし薺先輩は
「いやあ、残念な事に私はその試験受けてないんだよね」
全然残念そうじゃない表情の薺先輩。ぜってぇ嬉しいだろこのこのー。
「でもそんな試験をいきなりやるなんてすごいね。私の時はまだシリウスさんが来ていなかったからね」
「そうなんですか」
私はずずずともうなくなったカフェモカを啜った。流石に行儀が悪いかな? まあいいや。私の人生に男という言葉は一切ない。ま、それはそれとして、
「先輩の時の試練はどんな感じのだったんですか?」
「ん? それはね…」
薺先輩が話し出そうとすると私の後ろに何かが現れたかのような視線を送って黙る。何々、ビックフッドでもいるんですか? そんな冗談を言おうと私は振り向いた。
「…どうも」
「……どうも」
えっと、誰だっけ? このすらりとした女性は。何だかここまで出てきてるんだけどはっきりとは出てこない。あれ? 私こんなに物覚え悪かったっけ?
はてなマークを浮かべる私に薺先輩は耳打ちする。「匂宮双先生だよ」と。
一瞬で私の背筋はゾゾゾとする。そうだよ、この人校長補佐だよ。あの噛んでた人だよ。こんな偉い人の名前と顔覚えてないとか私マジでやべえな。
「えっと、何か用でしょうか?」
よし、ごまをすれ。至急ごまをすれ。敬語よりも敬語、つまり超敬語でこの舞台を乗り切るっ!
「校長がお呼びですので、校長室に行ってください。大至急」
「はい、わかりましたっ!」
急げえええええええ。
………………………。
……………………。
…………………。
………………。
……………。
…………。
………。
……。
…。
「双先生、忍者だからって存在感を無くされるとビックリしますって」
「……私は別に無くそうとしてなくしてりゅ……無くしてるわけじゃありません。それでは私はここで」
「妙齢なのにかわいいって反則でしょう。はい、さようなら」
「年の事は言わない約束ですよ」
「はいはい」
さて問題。クエスチョン、つまりはQ。
私は試験から今日まで何回怒られることをしているでしょうか? またそれは具体的には何か?
正解? 私も知らんわ。知ってたらこんな問題しない。
というわけで正解が聞けるであろう場所。私は校長室の前に来ている。さて、どんなことで怒られるんだろうか。出来れば小さな問題がいいな。新聞のめっちゃ小さく二行くらいで終わる事件くらいの。
「ん゛ん゛」
汚い咳ばらいをして私はドアをノックした。すると中から「どうぞ」と若い女性の声がするのが聞こえた。校長先生、鹿苑寺要校長の声だ。
「しつれいします」
重いドアを開けて中に入る。はあ、ほんっっとうに重いな。
豪華な内装。中には一人の女性、鹿苑寺校長だ。
彼女は椅子に座って入ってきた私をまじまじと見つめた。その目はまるで若い女の子を視姦するおっさんのようになんか汚い。
「やあ、一対一で話すのは初めてだね。僕の自己紹介はーって、いらないよね。鹿苑寺要。君は暁夜空くんでいいよね」
「はい。質問があるんですけど」
「なんだい?」
「こういう時は一人称僕って言うんですね」
「ああ、これの事か。僕はね、あーいう大人数の場所で話すのが苦手でね。なんかかたっ苦しくなってしまうんだよ。まあ、許しておくれよ」
「いえ別に。それともう一つ。私何か悪いことしました?」
ここで本題。正直一人称が私だ僕だという話はどうでもいい。
私は、いつ、何をしたか。これこそが今日で一番重要だ。
「ああ、蛇喰くんが君に対しセクハラを訴えていたよ」
「マジですかっ!」
「嘘だよ」
よかった。正直この前の朝の事でありうる話だと思ってしまった。って言うかあれから蛇喰先輩と全然話してないな。
いっそデートにでも誘ってみようか?
「まあ、お互い冗談がお好きという事で、これからが本題の本題だよ」
お互いと言われましても。
「それで、本題って?」
聞こうと思うと校長は「いやまだだ」と答えを渋る。ここからが本題だったんじゃないのか…。
「まだ…というのは?」
「メンバーが、って事だよ」
メンバー?
メンバーというとやはり新チーム≪色彩指揮≫のあのお二人の事かな?
つまりは茉莉と鏡谷。
あの二人が呼ばれているのか。ってことは怒られるわけじゃないのか。だって鏡谷が怒られるような証拠を残すような真似をするとは思えないからね。
そんな風に思っているとドアが開く音がする。振り返ってみるとそこには二人、茉莉と鏡谷だった。
「えっと、呼ばれました鏡谷です……って、夜空早いのね」
「まあリーダーだからね」
わざとリーダーを強調して言ったら舌打ちされた。まあ、それはいいとして。
「これでそろったね。んじゃ話をしようかな。夜空くんはこのプリントを二人と自分分、持ってってくれないかな?」
そう言われてプリントを鏡谷と茉莉に渡す。茉莉、なんで最近ずっと無言なの? まあ、別にいいんだけれども。
茉莉から視線をプリントに移す。
「えっと、鉱山?」
そう呟くと校長はうんうんと頷いた。
そう、それは鉱山の資料だった。
場所、標高、そしてそこで採掘できる鉱物などが書かれている。
「えっと、この学校にいるってことは知ってると思うけど。ここは私たちが使う武器に用いられる鉱物、千号石が取れる希少な鉱山だ」
一応知ってはいる。千号石と言えばこの前椿さんが持っていたあの大太刀の材料になったものだ。なんとそれで切ればホリックから瘴気が出てこないだとか。
でもなぜそれを私たちに?
「なぜって? それはこれから君たちにしてもらう事に関連しているんだよ」
「関連ですか、どういう意味でですか? もしかしてここ、ジュミネイル鉱山に行くって事ではありませんよね」
「その通りだよ、鏡谷くん」
うえ、と鏡谷は露骨に嫌そうな顔をした。
いったいどういう所なんだ、ジュミネイル鉱山…。
そう思っていると校長はもう一種類紙を私に差し出した。そしてそれをそれぞれ茉莉と鏡谷に渡す。
今度の紙は複数枚が束になっていて表紙には題名のような形で、
『≪色彩指揮≫ 第一任務』
と書かれていた。またサブタイトルのように下に、
『鉱山での千号石調達ミッション』
と書かれている。ここで私たちは何となく察しがついた。
これはもしかして、
「自分たちの武器の材料は自分たちで取ってこい。そういうわけですか」
「ま、簡単に言えばそうなんだけど、言い方を変えてもらわないと教育ネグレクトと間違われるからやめてもらいたいな」
でもそれを受ける側からしたらそう言うよねー、なーんて考えながら私は束になった紙を一枚めくる。そこには詳しい概要が書かれてる。文字がぎっしりと書かれている。そこで私はこれを立ったまま読むのは苦痛と考えてそっと閉じた。
「実行日は明日の午後から。それから一日ほど移動して鉱山付近の村からのスタートとなる。えっと、何か質問はあるかな?」
はい、鏡谷が手を上げる。
「この鉱山はついこの前、ホリックが出没して騒ぎになった所ですよね。なぜ戦闘訓練もしていない普通の生徒三人だけで行かせるんですか? せめて何かしらの武器を持たせてくれるんですよね?」
「ああ、そこら辺は問題ない。それに君たちは普通じゃない、≪色彩指揮≫だ。特別ね。しっかりと準備もしてもらうし、ちゃんとそれ用に武器なども支給する。安心してほしい。それでホリック出没の件か、それは大丈夫。だって君たちはあの試練をクリアーできた。つまりはそれなりの実力があるってことだ、それに現地では待ってくれる現役の国防騎士もいる」
国防騎士。
その単語に鏡谷はピクリと反応した。私はそれを見てあの日の夜を思い出していた。
んー。
鏡谷はこちらに目をやる。私がこれをどう受けるかを見ているらしい。と言っても別に拒否する理由も特にないし、受けるけども。
「分かりました。明日ですね、はいはい」
少し投げやりに私は答える。すると校長は無駄な手間が省けて嬉しそうな表情を浮かべた。鏡谷の方をちらりと見てみるとパーッとした感じの表情だった。
と、まあこんな感じで私は、私たちはまた変な事に巻き込まれていくことになってしまった。ま、精々頑張ろうかな?
続く